安曇野サーキットstage1
長野県の安曇野サーキットstage1。
一年前のちょうど今頃。それは、真夏の太陽が照りつける8月の最中だ。
こんな馬鹿な事のために、サーキットが熱気に包まれる。
レンタル車両のレーシングカートとは言え、その辺の遊園地のゴーカートとはまるで違う。
遊園地の物は出ても20キロから30キロ。だが、こちらはその倍である40キロから65キロ以上は普通に出る。
ベルトも無いから事故ったら、バラバラになってぶっ飛んで終わりだ。
ピットから先陣を切って、彼女の乗るカートが出る。
そしてその後から俺。
ポジションは、彼女は1番。俺は2番。
彼女の運命を見るため、彼女の友人やそれを聞きつけた連中。更には偶然居合わせてそれを聞いた連中で、サーキットは盛り上がっている。
だが、俺のほうが上手だ。
俺は、ツインリンク茂木で、レーシングカートで何度もレースに挑んでいるが、彼女はこれが3度目。
レースは全15周。
一周650メートル。ツインリンク茂木より100メートルほど長い。
そして、このコースを走るのは彼女と同じく3度目。
普段より長い上、慣れないサーキットだがそれでも、彼女に負けた事はない。今回も、俺は彼女に勝てる。そう思っていた。だが、このレースの条件は彼女が提示した物だった。
「カウント開始!5、4、3、2、1、GO!」
一気にアクセルを踏み込む。
ストレートを突き進み、僅かに右に曲がったら右のヘアピンに突っ込む。
先行する彼女は外へ膨らむ。
「刺せ!」
俺はイン側をついて彼女を抜きにかかる。
右ヘアピンの次は3連続のヘアピンカーブ。
最初のヘアピンで、彼女は外へ膨らんだ。そこを、インから刺した。もう決まったも同然だろう。
3連続ヘアピンの2つ目だ。しかし、その時、後ろにしっかり喰いついている彼女の姿が見えた。
「何!?」
こいつ、へばりついてやがる。
3連続ヘアピンの次は右に180度ターン。このサーキットで最もきついコーナー。
ブレーキを最小限に踏み、ハンドルを切りながらアクセルも踏む。
タイヤが「ギャッギャッギャーッ」と悲鳴を上げる。
だが、彼女はまだ喰いついている。それどころか、追い上げてくる。
(くっ。そんなに俺と付き合いたいのなら、なんで浮気みたいな真似をした!この二股クソ野郎!お前なんか、大嫌いだ!)
この先は緩いカーブが続いてメインストレート。
メインストレートに突入すると、彼女を応援する観客の歓声が聞こえるように感じる。レースはそれほど盛り上がっている。
「こっちだって、意地とプライドってもんがあるんだよ。」
ドリフトを決める。
観客を沸かせるパフォーマンスじゃない。勝ちに行くためのドリフトだ。
レースは3周目。彼女が俺に並ぶ。
だが、3連続ヘアピンの次の右180度ターンで、彼女は俺のカートにぶつけたために、マシンのスピードが僅かにダウン。その隙をついて俺は振り切りにかかる。
(追突してスピンさせようとしたのか―。)
4周目に突入。
メインストレートの次の右ヘアピンで、彼女の顔が見えるほど接近された。
ニヤリと笑っている。
「お前みたいな奴に絶対負けたくない。」
また僅かにぶつかる。
煽ってやがる。
5周目に突入。まだ彼女は喰いついている。
ここまで来て、彼女の状況が読めてきた。
どうやら、抜くにもマシンのパワーが足りないらしい。
俺も彼女も、マシンが出せる限界ギリギリのパワーで走っている。
それなら、振り切れないのも納得いくし、何度もコツコツと当てながら抜かさないで煽るような事をしているのも分かる。
つまり、俺が一つでもミスったら、それで俺は負ける。
「俺がミスしなければ良いだけだ。」
レースは最終周回に入る。
彼女は疲れがピークらしい。俺に付いてくるのがやっとになっている。
「ふん。一気に引き離して、ジ・エンドだ。」
だが、その時だった。
限界ギリギリ走行に加え、ツインリンク茂木より長いコース、そして、長いレース時間に身体の方が悲鳴を挙げた。
一瞬、ハンドルを回す腕が鈍った。
その隙をついて、彼女が抜きにかかる。
「まずい!」
アクセルを吹かす。だが、ここで吹かせば彼女にぶつかる。
ダブルクラッシュ。それは、俺も彼女も大怪我をする大事故に繋がる。
やむ無くブレーキを一瞬踏んで、ハンドルを切り、彼女のマシンから離れる。
それは、最終コーナーを曲がる時の、一瞬のことだった。
(だが、奴も速度が遅い。なら立ち上がりが早ければ!)
アクセルを思いっきり踏み込む。周りの流れる景色が大回転。俺は、マシンの右前タイヤが右にコースアウトして小石を踏み、マシンがスピン。更に、アクセル全開のマシンは止まることなく、左側の側壁に衝突し、コースとは逆向きにマシンが向いて、最後はピットレーンとコースを遮る壁のクッションにぶつかって停止。俺の体は左側壁にぶつかった衝撃で車外へ放り出され、コース上に倒れていた。
彼女が抜き去った瞬間、
「ワアーーーーッ!」
と、歓声が挙がり、彼女はメインストレートへ突っ込む。
目の前でチェッカーフラッグが振られた。彼女の勝ちだった。
俺は、愕然とした。
そして、マシンに歩み寄り、一瞬コースアウトした場所から、マシンが止まった場所までに出来たクラッシュの痕跡を見る。
たった一瞬、身体が悲鳴をあげた一瞬の隙に、彼女は俺を抜いた。
何度も、抜かれた瞬間と、クラッシュの瞬間がフラッシュバックする。
この場所にも、仕事が休みだった安斉一歩と坂口愛衣がいた。
クラッシュしてコース上に倒れる俺の所へ真っ先に掛けてきたのは、坂口愛衣だった。
「大丈夫?」
それに、俺は「痛い」と答えた。車外に放り出された時、背中をコンクリートに打ち付けた。プロテクターをしていたから骨折はしていないし怪我もしていないが、かなり痛い。
「このバカ!攻めすぎだ!怪我無かったから良いけどねえ!」
坂口愛衣が優しかったのは最初だけ。ここからは、マジギレだ。
クラッシュしたマシンも無事。俺も無事。だが―。
ピットに入ると、
「ほーい。お疲れ。旦那様。」
彼女、海老名芽美がジュースを押し付ける。
観客達が集まってくる。
「じゃあ、約束通り告白します!」
もう、こんな状況では振る事も出来ない。
なんて告白されたか分らないが、俺は流されるまま、「うん」と言った。
「お前、あんな事故起こした上、お前の気持ちガン無視で更に空気読まない告白する奴に「うん」って言うな!この告白は無かった事にしろ。」
安斉一歩が止めるが、もう、されるがまま。
無理矢理、俺は今の彼女と付き合うことになってしまったのだ。




