噂
会社に戻ってきた。
だが、この時間に一緒に帰ってきていた海南江は出雲に帰ってしまい、安斉一歩もオービス光らせた後、免停で出てきていない。
吉川准は時間が違う。
実質、俺は俺一人で勤務しているような状態だ。
黄色いクラウン・スーパーデラックスを洗車。
いつの間にか、夜風に秋の気配を感じるようになってしまった。
洗車を終えると、納金に向かう。
先に会社に戻っていた隔勤の熟練ドライバーと夜勤のドライバー、それに当直と他愛のない話をしながら納金をしていた時、ガラガラと事務所のドアが開く。
「お疲れ様ですって、あれ?」
「何だよ。ビックリしたか九重。」
入ってきたのは山川一輝ドライバー。
山川さんは、俺がドライバーデビューする最後の研修で、俺の教官を勤めてくれた。今は昼勤のドライバーで、こんな時間に来る事はないと思うのだが。
「俺な、次のシフトから隔勤に戻るんさ。だからよろしくな!」
ニャハハっと常に笑う山川さん。だが、こちらは微笑を浮かべるのが精一杯。本当の事を言うと、笑う元気もないくらいだ。
「ところで、随分と元気がないけど、どうしたんだ?」
「えっ。あっいや―。」
なんて言えばいいのか分らない。
「かっ彼女―。そう。彼女に最近会っていない、と言うより、会えない状態でそれで、寂しいって言うか―。」
「彼女?お前の彼女は年上で、短大辞めた後、バイトして金貯めて、今は山梨県の専門学校に入り直したんだっけな。専門学校なら、今、夏休みじゃないのか?だったら、会いに行ってやったらどうだ?」
「いやあえっと、会いに行きたいのは山々なんですけど、ちょっと家の事情で会いに行けなくって―。」
「そうか。ところで、お前の部署の駐車場に、お前の車が居なくなって、代わりに真っ白いナイフみたいな車が居るんだけど―。」
「ああ、車買い換えたんですよ。」
「へえ。スポーツカーとは、しかも2人乗りのオープンカー。そりゃあ、早く彼女を助手席に乗せて突っ走りたいよなあ。」
正直、彼女も乗せたいのだが、峠攻めたり、サーキット走行をしたりするほうに夢中になっている。元気がないのも、それが出来ない期間が続く上に、峠に、真っ白なS2000APと、真っ白なEK9シビックタイプRとDC5インテグラタイプR。通称ホワイトインパルスが現れた事が気になっているからだ。
「そういえば、会社に、レーサーが居ると聞いた。お前そっくりの。」
「えっ?」
山川さんは携帯で写真を見せる。
「坂口さんが、メールで教えてくれた。お前だろ?」
それは、秩父サーキットで坂口さんが撮った俺とS660だった。
「あいつ―。」
「大方、仕事とサーキット走行のギャップで元気が出ないんだろお前。」
「―。」
図星だった。
「もし、本格的にレーサーになりたいと思うのなら、そっちを目指すのも良いかもしれないな。お前はこんなとこに収まっている器じゃないように見える。だが、安全運行は基本だからな。レーサーでもそれは同じだぞ。」
「はい。」
「それからな、このサーキットのホームページから引っ張ってきた写真なんだが―。」
と、また別の写真を見せる。
「このS2000AP1の横、レーシングスーツを来ている女の子がどうも、坂口さんに見えるんだよ。」
「えっ?」
それは、ホワイトインパルスのS2000AP1だったが、その横に今、まさに運転席に乗り込もうとしているドライバーが写っている。
遠くてよく解らないし、顔もこちらを向いていないが、確かに似ている。
「別の日には、フラッグ降ってる写真があるんだ。」
それは紛れもなく、坂口さんだった。
「どういうことだ?」
「お前、まさか知らないでこのサーキットで走っていたのか?」
「はい。今知りました。」