走り屋とタクシー
この物語はフィクションであり、実在の地名や団体とは一切関係ありません。
自動車を運転する際は、実際の道路交通法を守り、安全運転を心がけてください。
最近、タクシーの仕事に不満を覚え始めている自分がいる。
元はといえば俺は、寝台特急の車掌になりたかった。
定峰峠のタイプR事件の翌々日、俺は勤務中に自分の今に疑問を覚え始めていることに気がついた。
黄色いクラウン・スーパーデラックスで走る東京都内。
勤務体制は隔日勤務。
俺はブルートレインに憧れていたにも関わらず、大学在学中にそのブルートレインが全部廃止されたのだ。
「夢を諦めない大学」と言うスローガンがウザイ。
大学に行く意味も無いと思った俺だったが、今の彼女に怒鳴り散らされ、無理矢理大学に通っていた。
そんな折、バス運転士やタクシードライバーという職種を見つけ、その中でもタクシードライバーは自分の仕事がそのまま給料になると言う点に魅力を覚え、タクシー運転手になったのだ。
最初は辛い面もあったが、徐々に慣れていった。
だが、ある時、フラリと立ち寄ったツインリンクもてぎで偶然目にした土屋圭市や織戸学と言ったレーシングドライバーの走りに衝撃を受けた。
車を自分の手足のように扱い、針の穴を通すようなドライビングテクニックに憧れ、自分もこんなドライビングテクニックを身につけたいと思った。
「頭文字D」「湾岸ミッドナイト」といった漫画も読み倒し、行き着いた場所が、走り屋だったのだ。
だが、走り屋のやっているのは暴走族のような物だ。
土屋圭市のように、走り屋からレーサーにまで駆け上れる人は、この世に数え切れない程居る走り屋の中には滅多に居ない。
だから、休日の気晴らし程度に走る程度で抑え、本業に撃ち込んだ。
それにも関わらず、本業に不満が溜まっていく。
旅客の安全確保もだが、その他にも、多種多様な旅客を乗せるためそれなりに神経をすり減らし、それなりに気を使う。
それが本業に関する嫌な事になって来たのだ。
確かに、レーサーも勝ち続ける事や家族と離れてレースに撃ち込むと言う辛い面もあるが、先日の事件のような事があると、例えこっちが悪くなくても事故って死ぬ可能性だってある。
准もあのとき、むち打ちで済んだから良かったが。
こんな所で、安全と旅客の命を背負って生きる割に、世間的には世の中の底辺的な仕事扱いされる生活を送って居るべきなのだろうか?
今日も、午前中は港区―大手町のピストン輸送状態が続く。
昼休みは国会議事堂裏で買っておいたコンビニのおにぎりとお茶で済ませ、軽く昼寝。
すぐ横はキャピタルホテル東急。
ここで優雅に昼食を取っている奴も居るが、こっちは、優雅さは愚か惨めにすら見える。
そして、時にその優雅な連中を乗せる事もあるし、そいつらの世間話や、くだらねえエロ話に付き合わされる事だってある。安全運行に気を使って居る時に。
同じ惨めな生活をするように見られるのなら、自分の好きなこと、つまり走り屋やレーサーとなって生きて行きたい。
午後も、ビジネスマンの旅客を乗せて走る。
そして、日も暮れて夜となり、ここまでぶっ通しで走った身体を休めるため、仮眠休憩を取った後、深夜営業なのだが、気が向かない。
このところ、深夜の営業をやると身体が持た無いため、やらずに引き上げる事が多いのだが、今日は違う。まるでやる気が起きないのだ。
21時に休憩を始め、23時15分に休憩終了。
仮眠を取って、深夜営業に向かおうとするがやはりやる気が起きない。
スマホを見るが、彼女からのLINEどころか、何のメッセージも無い。
(鳴らない電話、鳴らないスマホ。何を求めているんだ今の俺は。)
と、思いながら、休憩終了。
同時に、車を会社のある足立区の方へ向けてしまう。深夜営業は無しだ。
港区から内堀通りを、BGMを聴きながら駆け抜ける。
内堀通りを走り、御茶ノ水駅の上を通り、本郷通りを走る。
そして、途中で田端駅の方へ車を向け、田端駅の横を通過し、操車場の脇の道へ入り、少し道幅が膨らんでいる所に車を止める。
車の横には、JR東日本のEF81電気機関車が止まっていた。
赤い車体に白い太文字でEF81と描かれた機関車。EF81‐95号機。その前には98号機が止まっている。
かつて、寝台特急「北斗星」を牽引した証しである流れ星のエンブレムを纏うEF81だが、「北斗星」亡き今は、輝きを無くしてしまった。
(強者どもが夢のあととは、このことかな?)
と、溜め息を吐く。
貨物列車が発車していくのが見えた。
JR貨物のEF65が牽引する長い高速貨物列車だ。
JR貨物の機関車は未だ貨物列車を牽引するため、国鉄時代の生き残りの機関車も数こそ減らしているが活躍している。一方で、JR東日本を始め、旅客会社の機関車は牽引する客車列車も全くなく、あってもSL列車の補助機関車として運用される程度。
事業列車も設定されているが、それもいつまで残るか解らない。
(こいつらを見ていると、自分の姿を見ているようだ。ブルートレインという舞台を無くし、活躍の場も無く、事業列車で細々と活躍する機関車と、目指す目標を無くしてタクシー会社に入ったものの、やる気が起きず、身体も壊れそうになり、大好きな彼女にも滅多に会えず、寂しさ紛らわしに走って、サーキット行って、走り屋になるバカ。どっちも似ているな。)




