再会
「写真良いですか?九重君!」
えっ?
走行を終えて帰ろうとした時、聞き覚えのある声に呼び止められた。
それは、坂口愛衣だった。
「お前、なにしてんだここで。」
「ちょっと遊びに。」
「観光案内所の仕事してんじゃねえのか?」
「休みだから来た。」
ルーフを外し、ボンネットに格納している時、S2000AP1の姿は無かった。
「帰りのバスまで時間あるんだけど、乗せてくんない?なんなら、その足でちょっとドライブする?」
「別にいいけど―」
S660の助手席を見る。出来るなら、この助手席には、本命の彼女以外、誰も座らせたくないのだが―。
「本当に?じゃあ、乗せてもらうね―。」
と、坂口愛衣は助手席側から乗り込む。
後ろめたい気持ちもあるが、こうなったら仕方が無い。
S660βのエンジンをかける。
「エンジン音が後から突き上がるように聞こえる。」
「エンジンが真後ろにあるからね。」
「座席もなんか、妙な感じ。」
「バケットシートだからな。バケットシートは目線が低くなるから、そのためだろう。まあ、慣れればなんてことはない。」
アクセルを少し踏んで走り出す。
なんだろう。この物凄く後ろめたい感じは。
「ミッドシップの車って初めて乗るなー。」
と、坂口愛衣が感心する。
「ミッドシップ車は、あまり実用的ではないからね。速く走れるし小回りも効くが、エンジンがケツに付いているから、トランクも後部座席もつけられないし、運転もそれなりの技術を要する。」
「そんな車を乗り回せる技術を見せつけてる事が嬉しいんじゃないの?」
「バカこけ。」
坂口愛衣が笑う。
「九重君も知っていると思うけど、私、3人姉妹じゃん。お姉ちゃんも妹も、私も、車持っているよ。でも、中古車だから、新車でこんな車に乗っている九重君が羨ましい。」
「そうか。」
「お姉ちゃんも、妹の知恵もタイプR。車種はちょっと忘れた。」
「でもとにかく、タイプRじゃHONDA車だろ?HONDA党なんだなお前ん家。それで、お前は?」
「えっと―」
「あっまさか一人だけインプレッサとか?あるいはS2000AP1だったりして。」
S2000と言った瞬間、一瞬、彼女はビクっと反応したように見えたが、
「パレット。」
と、言い思わず「ブッ!」と吹いてしまった。S2000とパレットでは月と鼈だ。
正直、今、隣に乗っている坂口さんの方が、俺の好みに近い。
それに、車の話もそれなりに通じる。
タイプRと言う単語が出てくるだけでも、俺にとっては上出来だ。
酷い車オンチは「タイプR」と言われても何のことか分らない奴も多いし、挙句の果てには「なんでそんな車に乗っているの?」と言った事まで言うのだ。例えば、シビックはれっきとしたスポーツカーでもあるが、同時に小型自動車と言う側面も持ち合わせており、シビックタイプRと言っても「同じシビックじゃないか」と言われてしまう上、「高いだけで騙されているんだよ」と言われる事もある。
「お前も、タイプRにしようとは思わなかったの?NSX‐Rは確かに手が出ないけど、アコードユーロRとか―。」
「探したけど、いい車が無くって。それで、九重君の乗っていたNワゴンに似た雰囲気のパレットが目に入って、これでも良いかなって。」
ミューズパークから秩父市内へ降りて行く道を走っていると、前方に秩父市が見える。
今日は天気が良く、武甲山が空にそびえていた。