第8話 Follower〜付き従う者〜
「ソフィ、この子の能力は?」
「再生能力見たいです。傷ついた箇所を頑丈なべールで回り一帯を覆うと、内部にいる生命体はみるみる内に再生し、数十秒で傷は綺麗さっぱり無くなります」
「他にわかったことは?」
「……いえ、これ以上は視れませんでした」
「そうか……」
セィレーンはソフィの陰に隠れている少女に近づいてしゃがむ。か弱い小さな喘ぎ声が、女の子の怯えた様子を表している。
「この子の名前は『ラルルラ・ロゼリア』と名付けられたみたいです。新大陸と地球の境界線の側で発見され、親とも離れてしまったようで。両親は行方不明で、身元引き受け人がいません」
「そう……この子をどこで拾った?」
「おそらく、ゼロを買った時にドサクサに紛れて一緒のカゴに入ったのでしょう。この屋敷に侵入された形跡はありませんでした。」
「だとすればゼロが気づくはずだし、真っ先に僕にそれを言うはずだ。何か他の方法で侵入したに違いない。どうなんだ?」
彼女は口籠っていた。何を言えばいいのか分からないというより、覚悟を決めかけているといった様子だった。
彼女は俯いて呟くように話す。
「………………………………あそこにいるのがイヤだった。にげだしたかった。だから………………にげた」
「奴隷育成船で学べることなどない。正しい選択だ。このままいれば、君は心を閉ざし二度と開けなかっただろう」
セィレーンがそう言うと、彼女はポケットから2つのペニーを取り出す。
「………これをつかったの。『握りしめてお願い事を唱えれば、些細なお願いなら何でも叶う』って、これをくれた男の子がいってた」
「これを?一体誰が?」
「………うんうんわからない。だけどねがいはかなったよ?」
「ここから出たい………ってか?」
「うん。………………ねがったら、じぶんが見えなくなって。オリもとおれちゃった」
合点がいった。だが、彼女は誰からそのペニーをもらったのか。そんなことをする物好きはあの船の中では1人しかいないのだが、では何のために?彼女が能力者であることを知っていた?そんな連絡は来ていない。
「しかし不思議なコインですね。願い事を唱えればどんぴしゃり、願いが叶うなんて」
「このコイン、使い方次第で無敵になれるけど、こんな能力者は見たことがない。本当にこのコインは………………不思議だ」
「………では私はこの子の戸籍登録を済ませてきます」
そう言って、ソフィはラロを連れて屋敷を出た。
その場に一人残されたセィレーンは、一人で物思いに耽っていた。
(心に焼き付いた印は、彼女の能力でも決して治らないだろう。特に幼少だと、これから吊り下げて行く錘は重くなる……だが、それをどのように克服するか。それは彼女の成長次第だな)
セィレーンはゼロのいた部屋まで歩き続けた。
(絶望とは死に至る病だが、生きることへの絶望なしに生きることへの愛はない。絶望は己の成長の機会と知るべきだ。そう考えたら彼女の成長が楽しみだ。もちろんゼロも)
セィレーンはゼロを呼びだし、その場から立ち去った。
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「全員席につけ」
と鶴の一声。この協調性の感じられなかった空間の中に、鋭い声で命令が響いたお陰で全員が姿勢を正した。
「これよりOXT定期連絡を行う。まずはナンバー1、カルタルタ地方での紛争の調査結果を報告しろ」
そう言うのは、10人に囲まれ、赤いドーム状の小さな建物の中にいる、姿を表さない男の声である。
「威力偵察を適当にやって来たが、このままじゃカルタルタの反政府軍は滅びるな。まあ、王国の一精鋭部隊なら勝てない相手じゃないし、特に期待してなかったけど、まあしょうがないっしょ」
「ならばデカルト、お前に反政府軍の援護を命じる」
「……はぁ⁉︎」
「貸しを作れ。あの軍は、精鋭部隊こそ少ないが、あれを我々の駒にすれば後々大きい。北への圧力にできるだろう」
「それはこの国に貸しを作りたいって言いたいんだな分かったよ。気が進まねえけど、まあ、イデアがどうしてもって言うならやるわ」
このOXTのボスと思わしき人物『イデア』
姿さえ見せないが、一部を除いた協調性の感じられない10人を統一できるだけの知力を備えている。そのドームの側に携えている老人、彼の側近で、執事といったところか。
「ナンバー2。奴隷船での活動を報告しろ」
「あれは……奴隷船というより、奴隷育成船だな。拉致されて来た若い男女40人くらいがエピクロスのもとで一から教育してた。当然中では男に重労働をやらせてはいたが、寝床はハンモックだったし、トイレする場所もちゃんとあった。女は強姦もされなかったね」
「随分と生温い船だな。奴隷達を競りに売り出さず、直販売しようとするとは。何が分かった?」
「そもそも船で育成する必要はないと感じた。訓練するなら地下でいいんだが……やはりヨーロッパから新大陸への運搬だろうな……」
「金稼ぎという面で船の方が効率的だな。奴は?」
そうイデアが言うと、カントは後ろに控えさせていたメイドを呼び寄せる。そのメイドのそばには、両腕を体の前でガチガチに拘束されたエピクロスがいた。
「ナンバー9。こいつの罪状を」
デカルトが“ナンバー9”と呼ばれるものに返答を促す。
「OXTへの背信行為、僕が蓄えていた財産の一部を勝手に使用、これは略奪行為だな。それから指示もなしに船で戦士を育成しようとした。OXT保有軍のほかに持っておきたかった。これもだな」
「……なぁ⁉︎待て待て‼︎俺は別に軍を作りたかったわけじゃ……」
そうエピクロスが口を開いた途端、エピクロスは膝から崩れ落ち、頭を地面につけて四つん這いになり悶え苦しみ始めた。
「誰が口を開いていいって言った?お前の口はこの場の汚い床を舐めるためにあるんだろうな。そのまま床とキスしてろ」
「やめたまえゼノン。我々はそういう話をしに集まったわけではあるまい。時間が無いのだ続け給え」
「ふん」
白髪の顔に古傷がいくつもある老年の男に諭されたゼノンは、かざしていた手を下ろした。すると這っていたエピクロスはフラフラしながらもなんとか自力で立ち上がり、荒い息を吐く。
「イデア様。この者の裁量をお願いします」
「では言い渡す。エピクロス、貴様はマキャヴェリの統括するOXT保有軍の特攻部隊隊長に最高司令官権限により任命する」
この発言にメンバーは皆静まり返っているが、納得がいかないものが2名。声を荒げて反論した。
「イデア様‼︎これはあまりにも不服です‼︎なぜこいつが相応の罰を受けないのですか‼︎今までの裏切り者は皆処刑して来たのに‼︎」
「そうよ‼︎それになんで私の軍にこんなおっさんを入れなきゃなんないのよ‼︎」
「なら聞こう。ゼノン、お前の部下の管理ミスで失った財産は誰が返却するのだ?それにマキャヴェリ。私はこいつをいつでもサイコロステーキにできるのだぞ?なぜ私がこうしたか分からないか?」
いつでもサイコロステーキにできるというイデアの発言に、10人全員の空気が一気に張り詰めた。静かに話していたボスが突然声を荒げ緊張状態に陥る。ボスが出す威圧とはこれほどのものなのか。姿も見えていないというのに。
「な、なんですか……全員黙って……」
ゼノンは空気がまだ読めていない。読み方を知らなかったと言った方が正解か。
「ゼノン。座りなさい」
「まだ話は終わってません。イデア様。こいつに僕の莫大な財産を返すアテがあるんですか?」
「それを今からさせるんだ。エピクロスに給料は与えん。だが、一個隊を率いる責任を与えるのだ。ゼノンは知らないだろうが、マキャヴェリの軍は大事な役目を背負っている。この責任は……貴様が失った財産よりも価値が有ると思わないかね……?」
「そ、それは……」
ここで肯定すれば自分の財産の件は水に流され、否定すれば軍を否定したことになり、マキャヴェリを敵に回すことになる。ジレンマに陥ったゼノンはまだ青二才、すぐに結論が出せるものでは無かった。
ゼノンは大人しく座り、エピクロスに敵意と怨みの目を向けた。
「貴様……覚えてろよ……」
「それでイデア様、このおっさんに私の軍の、しかも特攻部隊の隊長が務まるの?」
「エピクロス。できるよな?」
「はいイデア様。このご温情、決して忘れず、死ぬまで責任を持って務めさせていただきます……なぁ。」
「だそうだ」
「あっそう。イデア様が言うなら?逆らうつもりは無いけど?これだけは覚えていなさい。私の可愛い部下たちを一人でも殺させたら許さないからな」
マキャヴェリの結膜が黒く、水晶体が黄色くなった右目が大きく開き、威圧感をエピクロスに向ける。この時、マキャヴェリはこの威圧に怯えるようなら今この場で処刑するつもりだったのだ。だがエピクロスはその目を見てもビクともしない。舐められているのか、仮にも中年のおっさんだからか、経験で乗り切っているか。
「ほかに報告はあるか?」
誰も手を上げない。今日の会議は執事の終了の合図とともに解散となり、皆それぞれ軽い足取りで出ていくものもいれば、重い足取りのもいた。
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「良かったなマキャヴェリ。恋人ができたじゃん」
「ちょっとカント!私はあなただけにしか興味無いよ!」
「エピクロスの信用は既に落ちきっているというのに、あいつに軍の、それも特攻部隊隊長なんて務まるのか?」
「…………無理よ。あそこにはルートヴィヒもいるのに。あいつのせいで殺されたら絶対殺してやる」
マキャヴェリの、普段風を肩で切るような態度とは一転して、部下を深く心配する気持ちはカントにしか見せない。
そうこうしているうちに、後ろからカントの肩に手が置かれた。
「カントさ、お前船でなんかいいことあっただろ?」
「デカルト……」
マキャヴェリが唾を飲み込む。彼は唯一ボスと直接情報を交換でき、ナンバー1しか知らない秘密もたくさん持ち合わせている。いわば特別な存在である。極端な話、彼の前でOXTの悪口なんか言えば、ボスにほんとにサイコロステーキにされるかもしれない。
「ああ。これから滅茶苦茶強くなる男がいた。多分今は修行中だろうな」
「まじかよそいつ女?紹介しろよ。闘いてえ!とにかく強え奴と闘いてえ!」
「男だっつってんだろ。悪いが今修行中なんだ。まだお前には到底敵わねえよ」
そういうと、デカルトは肩をわざとらしく落とす。カントはゼロのことを思い出し、今後どのように成長していくのか考えていた時、デカルトがカントに顔を近づけて命令する。
「カント、俺の目見ろ」
と言うと、カントもデカルトも、見つめ合う片目同士がカントは青い炎、デカルトは赤い炎を出した。何が起こっているかは分からない。
「こいつか。ゼロって名前なんだな。覚えたぜ」
ナンバー2からすればデカルトは友達みたいに喋れるが、ナンバー6のマキャヴェリは少しヒヤッとした表情を見せた。だとしても、会話の中に一言もゼロという名前はなかった。どういうことだろうかとマキャヴェリは不思議に思う。
いくら友達みたいに喋れるとはいえ、油断は決してできない相手ではある。
デカルトはそのまま足早に去っていった。
「やっぱり、自分より目上の人と喋ると緊張するわね……」
「Take it easy。あいつは自己中心的なんだ。命令にさえ従っていればどんなに態度が悪くても大目に見てくれる」
「そういえばゼロっていった?しかも男。船で知り合った友達っていうには彼のことなのね」
「その話を二度とするな。OXTの連中に知られるのだけはマジでやばい」
「…………そう」
マキャヴェリはこれを聞いて、少し肩を落とした。自称恋人である自分にも話せない隠し事を持っているということに、対等さを感じることができなかった。だが彼女はこんなもので折れる女ではない。まだ16歳だが。
2人は一緒に帰り道を歩んで行った。実態の掴めず、組織の行動さえ知られていないこのOXTは、これからゼロをどう動かすか、気になるが楽しみでもあるカントの顔が、マキャヴェリには少し不気味に見えただろう。
マキャヴェリはカントのその表情の奥に焦りを感じていた。