第15話 grotesque〜目の前の敵〜
「クルルルルル………………」
両手をぶらり下げて、なにかを待っているように見える異形の生命体。2人は先程のエネルギー弾に恐怖していた。
「今あれを放置したらジャーガジャック地方なんて数分で吹っ飛ぶわよ。私たちがここで止めないと」
「あれを?どうやって止めるって言うんだよ」
「門に押し込む以外方法はないわ。そしてあの門をあなたが閉じるの。ほんとうにこれ以外方法は無い」
「やるしかねえのか。あんな奴相手に」
「私たちの死=滅亡だと考えれば緊張感高まるでしょ」
「おい待て、あいつ今動きを見せたぞ」
前屈していたそれは、顔だけをゼロたちの方に向け、体から何かをひねり出すように上半身を揺さぶった。次の瞬間、驚くべきものが2人の目に飛び込んで来た。
エネルギー弾が体から出て来たのだ。それも5つ。
そのうちの一つは、やはりこれもティオに向かっていった。
「なめてんじゃねぇ!」
それをゼロが左手で握りこぶしを作って飛んでくるエネルギー弾を迎え撃つ。とてつもないエネルギーが後ろに逃げるかと思われたが、その弾は少しづつではあるが小さくなっている。
「消えてきてるわ!あなたの能力はこれに対しても例外では無いようね」
「でも全然消えねぇぞ。いつになったら消えるんだよこれは‼︎」
「あーゼロ、恥ずかしいから耳塞いで」
「わりぃ、塞げるのは右耳だけだわ」
その生物はゼロがエネルギー弾を消し去っていくのを見たのか、その場で膝を曲げて大きくジャンプした。上から撃ち落とせば絶対に2人に被害は行くだろうし、飛んでくる弾が4つなのでゼロの腕が足りない。
「鉄くずの黒翼、神の右の手、抗うものを喰らい、断つ筋は天に仰ぐ。見境なく正される自己愛、鉛空を引き裂く血の風。限りなく白くあれ。『空間断絶』‼︎」
長い詠唱を読み終えた終わりに、ゼロは既視感を感じた。それは裏道で喧嘩が起こったときのあの魔法、バリアだ。あのときは無詠唱でやっていたと聞いていたが、詠唱すると、こんなにも大きくこんなにも厚いバリアだったのか。
4つの弾はその見えない壁に阻まれ、壁の向こうで巨大な爆発を起こす。4つ分の爆風を喰らったそれは、空中で大きくバランスを崩し、高高度まで吹っ飛んでいった。境界線に爆炎が触れたが、バチバチと音を立てるだけで通さなかった。
「完全詠唱は長くて恥ずかしいのよ。だから耳塞いでって言ったのに」
「なんだよ今の。爆風どころか音まで遮断したぞ」
「今のは次元を切断して何もかもを遮断する最高ランク10の防御魔法『空間断絶』よ。前回のあれは簡易的で無詠唱だったから威力が落ちて音が通っちゃったりしたのよね」
「それにしてもあれ見ろよ。あれだけぐるぐる回ってたら上下感覚わからなくなってんじゃねえか?」
「そうかもね。じゃあこのバリアを攻撃に変えてみましょうか」
そう言ってティオは空に向けて腕を翳した。勢いよくその腕を振り下ろすと、先程まで空を飛んでいたそれは一瞬で彼女の真上まで移動して来た。
「吹き飛びなさい‼︎」
それは体重が軽いのか、ティオがとても短い時間で作った魔法の突風に当たり、門の方まで押し戻される。それは尖った指で地面を指し、突風にギリギリのところで持ちこたえている。
「ゼロ‼︎出番よ‼︎飛びなさい‼︎」
「外したらとんでもないことになりそう……そらよ‼︎」
「歪み瞬き天罰を巻き戻せ‼︎『迅風』‼︎」
ゼロは彼女がある程度詠唱して出した突風に乗り、勢いを利用して肘打ちをする。反動でゼロもバランスを崩しそうだったが、風は途端に止み、それは門の中へ飛んでいった。
「門を閉じて‼︎」
すかさずゼロは門まで行き、これを閉じようとするが、不思議なことにそれは一向に閉まる気配を見せない。むしろ……
「おい、段々広がって来てねえか……?」
そう、広がってきているのだ。流石にゼロは門から手を離すが、それでも門は開き続けている。そしてついに……
「また出てきやがったぞ‼︎」
「早くそこから離れて‼︎」
ゼロは再び距離を取る。再び彼らは会敵するが、門に戻す前と明らかに敵の様子が変わっているのだ。それの体にどす黒く、赤く光る血管が浮き出て見えているのだ。モードが変わっているのである。
「本気出してきたな」
「気を引き締めていくわよ。ハァッ‼︎」
ティオは無詠唱で突風を起こす魔法を発動させる。が、それは微動だにしない。むしろ、ふつうに歩いてきているのだ。
「冗談でしょ……」
「もっと出力上げろ!最大火力だティオ!」
「腐り落ちる空の魂を呼び起こし、零れ上がる地の肉体を蠢かせ、歪み瞬き天罰を巻き戻せ‼︎『迅風』‼︎」
完全詠唱の迅風と思われる魔法を発動させ、何百キログラムもあると思われる大きな岩を吹き飛ばしているほどの威力、ゼロも後数歩歩けばこの突風の犠牲になりかねないというところ、それは尚微動だにしなかった。
「まだまだよ‼︎」
そんなティオの掛け声とともに、幾数もの火球が飛んでいく。これは攻撃魔法ランク1の火球だ。単体では弱いが、彼女はそれを一瞬で、それも何百個、何千個も作っていた。約10分掛けてそれに降り注ぐ。
ティオは質より量を選んだ。とても威力の高い一撃より、反撃させない間髪入れない攻撃の方が効果的だと感じたからだ。実際のところそれはハズレではない。それは、一瞬でも隙が生まれればあのドス黒い弾を撃とうとしていた。が、今も尚続く吹き飛ばされそうな風に、微力ではあるが後ろへ戻そうとする火球が、暴風雨の中を歩いている感覚を覚えさせたのだろう。だが、それでも尚、それは動かない。鉄塊の如くピクリとも動かない。それを見るティオも、流石に焦りを感じていたら。せめて今ここに彼がいてくれたらと。
「ティオ、あんたの右手の甲、紋章か?輝いているように見えるんだが」
ゼロは彼女の右手の甲の紋章にある種の親近感を湧いてみせた。集中しているのか、彼女は一切答えようとしない。しかしその紋章が光り始めてから十数秒、火球は心なしか量が増えているのである。
ゼロはふと自分の足元に違和感を感じた。ティオが出しているような魔力の質とは比べ物にならない、足からでもはっきりとわかる、濃度が限界まで濃くなった魔力の質を感じた。ふと振り返ると、そこには見知らぬ男がこちらに向かって歩いているのをゼロは目視した。
「無詠唱を使えるとはなかなかやるな。本来ならこんな泥臭い所じゃなくて、エクスの王宮にいるべき魔導士だと思うが」
「誰だよあんた」
「おしゃべりしている暇は無いな。君たちはあの門の閉じ方を知らないだろう。私が閉じてやろう」
「……できるのか?」
「まあ見てろ」
そういうと茶髪の男は全身に魔力を覆い始め、髪の毛が宙に浮くほどのオーラを身に纏ったのち、ティオを強制的に押しのけてそれに向かって走り出した。ティオはあまりの集中っぷりに周りの声も聞こえてなかったのか、その男が自分を押しのけた時はとても驚いていた。
「帰れ」
その男は誰に向けたのかわからない一言を発した後、ゼロの目の前から姿を消した。ゼロとティオは、数メートル先からおぞましいほどの魔力の質を感じ、原因となる方向を見ると、そこには異形の魔物に発勁をしている男がいた。
前方向に爆発するそれは、衝撃波だけではなく魔力の波をも生み出し、門にそのままぶつけてられていた。ティオの完全詠唱の迅風でさえも動かせなかったそれは門の中に吹っ飛ばされ、魔力の衝撃波によって門は一気に閉じられた。
「莫大な量の魔力をぶつけてやるんだ。やはりこの世は量より質だな」
「あなたは……一体……」
ゼロはちゃんと男のことを見ていた。だが何故だろうか、気付いた時にはティオの首を右腕だけでつかんでいるのだ。ティオは一気に気道が塞がれ、掴んでいる右腕を必死に引き剥がそうと両腕で暴れてもがいている。
「ミル。ジョン・スチュアート・ミルだ。君に用はない。用があるのはあっちの男の方だ」
「何……ですっ……て⁉︎」
その時、ミルの右手から魔力が溢れ始めた。ティオは次に降りかかる自分への危険を身に感じたのか、両足をもバタバタさせて一刻も早く拘束から逃げようとした。だが、それは叶わなかった。
ティオの首を巻いていたミルの濃い魔力が破裂し、ティオは泡を吹いて吹っ飛んで行ったのだ。
「ティオー‼︎」
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