第14話 The World〜世界観〜
「着いたわよ。ここがユニオンのあるジャーガジャック地方に最も近い次元の狭間よ」
「3時間も休みなく歩かされてもうヘトヘトなんだが、ちょっと休もうぜ」
「キューッ」
ハンナは自分の肩に乗って楽でいいなとゼロは身をもって感じた。ユニオンに出勤したと思ったら、ティオが自分を連れだして2人きりで山を登り、次元が分かれているとされている狭間までやってきた。その間、ティオは身体強化の魔法で山を楽々超えていた。ゼロにも強化魔法をかけようとしたが、ゼロの能力がこれを拒絶した。
「いい景色だ。本当にここに次元の狭間があるっていうのか?」
「ええ。私たちはその調査のためにここにきたのよ。一般人には統計と地質調査、境界線を地図へ記入するといった仕事があるの。だけど能力者の場合は違う」
「何させるつもりだ」
「単純明快よ。次元の狭間に能力で攻撃するの。そしてどういう反応を示すかという実験を元に、人間以外でもこれを通過できるような道ができるかを日々研究しているの」
「人間なら通れるのに、おかしな話だな……一体いつからこうなったのか知りたいもんだね」
「あら、知らなかったの?じゃあ教えてあげるわよ。この世界がどう変わってしまったのか」
ティオは静かに語り始めた。ハンナは興味なさげに草の上で昼寝を始めた。
今から約8年前の2025年、この比較的大きな惑星の地球でヨーロッパからアジアの一部にかけて大きな光が大陸を包んだ。時間にして数十秒。ちょうどその時真上にあった人工衛星が観測した記録は、光が現れた直後にまたすぐ光が消えて、
大陸の形が変わった
と報告された。神の御手によるものだと思われるほど、地形はいびつに変わっていた。だが変わったのは地形だけではなかった。
文明までもが変わっていた
新大陸と称して訪れた学者はその文明の時代の古さに目を疑ったという。文字通り時代が「逆行した」と言わんばかりに、近世の西洋を想起させた。この時から本格的に地形の調査が進められた。
しかしいくつか問題があった。まず一つに移動手段の問題だ。車で調査しようにも、突然道が途切れて山脈が聳え立っているので前進できず、高い山を登るほか無かった。衛星写真を拡大してみると、平坦だった道の途中に山脈が生えているようだったらしい。
次に学者たちはヘリコプターで空からの接触を試みた。しかし不思議なことに、ヘリパイロットが異変を感じ取り見てみると、先ほどまでドイツ国境の北緯55度、東経15度あたりを飛んでたところ、突然ロシア連邦上空の北緯55度、東経35度あたりに瞬間移動したという。詳しい原因は不明だが、空から新大陸に干渉することは超常現象が発生するため不可能と判断された。
ある程度この現象の原因は推測できた。瞬間移動した座標的に見て、神の御手による世界の入れ替わりの境界線であろうと考えられた。
だがここで諦める学者たちでは無かった。最近、地中海を中心に活動している海賊が、何事もなく異世界の海を渡っていたと報告があったらしい。今度は海からの干渉を試みた。北極は置き換わってなかったから、北極に近いところから南へ航海すると、無事に新大陸に到着する事が出来た。
とてもではないが信じられないと感じた報告で聞いていた文明と本当にピッタリだった。現地の言葉の解読、地質調査、生態系の調査まで行われ、通訳を介して海の近くの国の王様に道路、線路開通の交渉をして、ゴーサインが出された。異世界側も同じように混乱していて、我々だけの問題では無かったらしい。
その時代、新大陸は戦争がもうすぐ終結するという時代だったのだ。異界からの訪問者の手も借りたいほど、彼らは人手に関して切羽詰まっていた。
結論として、この世界は間違いなく別の大陸と置き換わった。この事実は揺るがない。
そうして、ヨーロッパ側から、またロシア側から約40箇所にトンネルが突貫工事で開通された。余談だが、その際公共事業への投資と労働者の増加によって世界経済は活発化し、好景気と失業者の大幅な減少を記録したらしい。
ここで、トンネルを開通している最中に工事現場のとある労働者が気づいたそうだ。ティオは腕時計型ホログラムが映し出す世界地図をゼロに見せる。
「この世界地図のヨーロッパのところを見てみて。異世界とヨーロッパおよびロシアに引いた境界線なんだが、何かに気づかない?」
「うーん、別におかしなことはないと思うが…?」
「じゃあ、これが衛星で撮った写真を拡大して境界線に赤い線を引いた地図よ。北はノルウェーから南はキプロスまで変わっているけど、これならどうだ?」
「えーっと……あれ??」
「置き換わったにしては随分と不自然だよ。ただ置き換わるだけならまだしも……」
「ヨーロッパ側の国の国境ではちょうど境界線が入ってる。反対に、ロシア側の方は東経35度線で一律に次元の境界線が敷かれている⁉︎」
「その通り。私たちはこれの意味するところ、この新大陸の置換は国家ぐるみの犯行だと考えていた。主にドイツ、イタリア、スイスのね」
「その3か国がなぜ?」
「んーあくまで推測だから何も補足できないんだけど、ロシアと戦争おっ始めようにも、特に仲が悪いわけじゃないし、そこらの大国はそうそう簡単に戦争なんて始めないだろうし」
「それはどうかと思うけど、けど消えた国も多いよな。トルコの一部にオーストリア、ギリシャ、ポーランドにフィンランドまで……」
「それらの国がどこに消えたのか、本当にわからないのよ。国そのものが消えて無くなったから、文字通り消滅したのかもしれないし」
「どちらにせよ俺が介入できる余地は無いな」
「いいえ。能力をこの次元の境界線に使うのよ。休憩は終わり。仕事するわよ」
「はあ……」
2人は立ち上がり狭間の前まで近づいた。ゼロは両腕を狭間に向けて準備を整える。
「準備できたぞ」
「それじゃあ始めて」
そう言われてゼロは自分の手を出して狭間にくっつけた。すると、境界線は波打ち、ものすごいエネルギーがゼロの手元で爆発した。ゼロはあまりの驚きに腕を遠ざける。ハンナもゼロと同じように驚いた顔をした。
「何してるの?」
「すごいエネルギーだ。このまま続けたらなんかヤバそうだぞ」
「何がどうヤバいのよ。いいから続けて」
ゼロはもう一度両腕を近づける。相変わらず莫大なエネルギーが目の前で爆発している感覚を感じるが、ゼロはめげずに続けた。
ここから彼らの悲劇は始まる。
「ちょっと……嘘でしょ……」
「……おい……これってヤバいんじゃないのか」
境界線に穴が空きその空っぽで亜空間のようなものは人が1人通れるほどに広がっていった。中から『クルルルルル』と呻き声が聞こえてきた。
「ゼロ!こっちに来て!」
ゼロはその場から急いで距離を取る。数秒も待たずに、その『門』とも呼べるところから異形の生物が現れるのを2人は見た。
それは紛れもなく2足歩行の生物で、口も目も鼻も見当たらない、顔に赤と黒が混じり合っている不思議な生物だった。いや、よく見れば口だけは確認できた。呻き声も合わせて涎が滴り落ちているのだ。
「ハンナ……離れてろ……」
「こいつがあの……アビスコード‼︎」
「キュー‼︎」
聞き慣れない単語が出て来たがそれを気にしている余裕はなく、その生物の手のひらから、エネルギーを持った球が現れた。そしてそれを大きく振りかぶってティオに向けて投げられた。
「危ない!」
ゼロの咄嗟の行動でティオに飛びかかり、球はゼロの真上を行った。3秒後、ものすごい爆音が聞こえて来た。爆風が2人を襲い、その場に姿勢を低くすることしかできなかった。
「ちょっとゼ、ゼロ。顔が近いんだけど」
「なんの問題があるんだ。収まるまでこのまま動くなよ」
「わ、私が恥ずかしいのよ……ああもう離れて‼︎」
ティオがゼロを押し退けて立ち上がった後、振り返った先に見た景色は2人を恐怖を引き出すには十分だった。
後ろに見ていた山が無くなっていたのだ。
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