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88・狼

「べリエル・レイクリッドか。俺はジーク、よろしく」


「こちらこそ」


 警戒心剥き出しの優希に、べリエルは落ち着いた対応。

 優希自身も、警戒心こそ持っているが、敵対心は一切なかった。

 べリエル・レイクリッド。この男を敵に回すのはまずいと判断したからだ。


 優希が自身の練度に権能の力を上乗せして相手に出来るのは精々練度8000程度の相手だ。

 べリエルはそれを遥かに上回る。それだけでなく、戦闘における経験値が圧倒的にべリエルが勝っている。


 動きにフェイントを混ぜ視線を誘導し、生まれた視覚認識外の所に緩急をつけた動きで入り込む。

 構えから攻撃までのタイムラグも少なく、相手からはべリエルが突然消えて攻撃されたように錯覚する。


 練度一万越えの身体能力による暗殺技術は、今の優希に手に負えるものではない。

 だからこそ、優希は決して敵対心を向けることは出来ない。

 下手に相手にするのは愚策でしかないからだ。


「暗殺業……つまり、あんたは暗殺者ってことか。標的はエイン・カール」


「おっしゃる通り。この男は神器に匹敵する魔道兵器を作り上げ、帝都へと放つ計画をしておりました。その情報を手に入れた我々は、この男を抹殺し、計画を食い止めるために行動。その任を授かったのが私という訳です」


「なるほどな。碧卵玉がその神器の原動力になるって訳か。で、あんたさっき“我々”って言ったが、他にも仲間が?」


 優希が尋ねると、べリエルは優希を観察する。

 

「この数か月で随分と成長なされていますな。いいでしょう。あなたは話を聞くに値すると判断しました。我々は反乱軍特殊精鋭部隊“(フェンリル)”。暗殺、工作、潜入などをこなす、言わば恩恵者による部隊」


「反乱軍……」


 何かと闇の深いシルヴェール帝国は、反乱軍が存在している。

 勿論、帝国に恨みを持つ反乱分子は多数存在するが、中でも帝国が敵として認識している組織が存反乱軍として暗躍している。


 優希が知っているのはそこまでだ。

 反乱軍と帝国のいざこざなどどうでもいいと判断していたが、まさか反乱軍から声がかかるとは思ってもいなかった。

 

 最初にべリエルにあった時、優希と話すために場を設けた。

 当時はまだ契約者の感性を扱いきれておらず、尾行によって情報取集されていてもおかしくない。

 だが、べリエルの反応からここで会ったのは偶然なようで、今は尾行されている可能性が低い。


 なんの接触もなく尾行が外れる可能性は低い。

 つまり、優希とべリエルの出会いは恩恵者の力によってもたらされたと考える。


「んで、そんな組織が何故俺に興味を持ってる? いや、お前個人の意志か?」


「反乱軍には易者によって選ばれた者を勧誘することで確実且つ隠密に組織を拡大してまいりました」


 組織に敵対心を持つ者は勧誘しやすい。

 だが、そういった人物は戦力になり辛い。帝国は弱者に厳しい国で、敵対心を抱く者はその弱者が多いからだ。


 だが、帝国に興味がない者を勧誘するのも難しい。

 反乱軍に勧誘するということは、誰かが接触する必要がある。

 力がある者は、接触されたという情報を資金源に帝国で出世を狙える。

 そうなれば帝国の戦力は増し、反乱軍の情報は少なからず敵に流れる。


 だからこそ、易者によって適任者を探し出すのだ。

 その内に優希も含まれていた。

 帝国に興味がなく、実力もそこそこある人材。


「白い髪、緋色の瞳、黒コート。その容姿をした青年があの日、私の店に現れるという占いが出ました。私は店から人を払い、あなたを招き入れたという訳です」


「だが、俺には力がなかった。だからあの時何も言わなかったわけか。で、俺は晴れ晴れその(フェンリル)って組織にスカウトされるに値したってわけ」


「そういう事でございます。(フェンリル)の中でもあなたはまだ未熟ですが、伸びしろは感じられます」


「お前ぐらいのが集まってるのか……そいつは恐ろしいな。だが返事はまた今度でもいいか?」


 優希は取り敢えず答えを先送りにする。

 帝国と反乱軍の問題などどうでもいい優希は断りたいのが本音だ。

 だが、話を聞いてしまった以上バッサリと断るわけにもいかない。

 情報漏洩を恐れる反乱軍。その片鱗、いやむしろ(フェンリル)の情報はかなりの秘匿情報の可能性もある。

 その存在を知ってしまった以上、下手に断れば口封じされるのは眼に見えている。


「ふむ。では今日の出会いは絶対に他言無用。それが約束できるのであればいいでしょう」


「他言無用ねぇ……俺が黙っていることをどうやって監視するんだ? 尾行でもされたら目障りで仕方がないんだが」


「それは問題ありませぬ。こちらを常に携帯願います」


 べリエルが渡したのはチェーンで通された指輪だ。

 手に取った優希は【鑑定】を仕掛ける。


 “誓約の指輪”――互いに指輪を持ち、片方が誓いを破ると指輪は壊れ相手に伝わる。


「神器……契約書ってわけね」


「誓いは、“今日の事は他言無用”。指輪を手放すと契約破棄とみなされ私にそのことが伝わります。影の都『シャドウリア』。返事はそこでお聞かせ願います」


 べリエルのオッドアイが優希を映した。

 右目は赤、左目は青。中でも赤い瞳は、どうにも奇妙に優希を映す。


 優希の【神の諜報眼インテリジェンスエーガ】でも特に情報は無かった。

 だが、優希の直感はどうしてもその赤い眼が気になってしまう。


「あんたの眼……」


「ほう、中々鋭い感性をお持ちのようですな。私は“魔眼の素質”を持っております。この眼は見た相手の練度、身体情報を数値的に見ることが出来るのです」


 どうやら優希の天恵は素質までは見えないらしい。

 天恵の欠点を突き付けられて落胆しながら、優希は指輪を通すチェーンを首にかける。


「では私はこれで。ジーク殿でしたな。シャドウリアでお待ちしております」


 軽く頭を下げ、べリエルは洞窟の出口に歩いて行った。

 本当にエインの始末だけが目的のようで、何故ここに優希がいるのか、そこには何も触れはしなかった。


「べリエル・レイクリッドに(フェンリル)ねぇ……」


 そんな独り言を零しながら、優希は目的である碧卵玉を回収した。




 ********************




「あ、ジークさん戻ったんですね」


 目的である碧卵玉を回収した優希は集落に戻った。

 時間は夕方。集落では仕事を終えて各々家に戻る光景が映る。


「ジーク殿ではござらぬか。このような時間まで一体何処に?」


 優希の戻りに気付いた皐月と新尾が声をかけ、優希は若干の疲労を感じながらも笑みを刻む。


「少し野暮用で。それより例の件は順調ですか?」


 話をすり替えるように優希は新尾に問いかける。

 

「ああ順調でござるよ。ジーク殿が提供してくれた資材のおかげで明日には試作第一号が出来上がるでござる」


「あの、何の話ですか?」


 話の内容が分からず、皐月が首を傾げていた。

 

「あぁ、皐月にはまだ話していなかったな。今俺達はとある物を作っている最中だ。漆黒の流星(これ)が作れるならってな」


「とある物? 拳銃と何か関係があるんですか?」


「関係大ありでござる! 今までは材料が少なく、拳銃程度の規模しか作れなかったでござるが、今はジーク殿が材料を用意してくれているおかげで拙者たちは火砲の制作に踏み出せるでござるよ!」


 新尾の迫るような語りに皐月は圧倒される。

 漆黒の流星シュヴァルツァメテオールは六連発リボルバーの様相を呈している。

 その技術力があるならば大砲の制作は可能だ。


 アルカトラでは火砲の類が使用されていない。

 魔道砲と言われるマナを凝縮し放つ兵器は存在しているが、一度放つと再装填まで時間がかかり、マナの弾丸は恵術によって防がれやすい。


 対して火砲は恩恵者でなくとも扱え、連発は出来ないが魔道砲よりも再装填のタイムラグは短い。

 一つでも出来上がれば、鍬しか振ったことのないこの集落の住民だけでも十分戦力になる。

 さらに技術力が上がれば、機関銃なども制作していく予定だ。


「武器を作る……あまり気乗りしないね」


 本件は、皐月にはあまりいい話ではない。

 武器を作っているのだ。平和主義者の皐月としては止めてほしいだろう。


「誤解してほしくないんだが、俺達は別にテロを起こそうとしてるわけじゃないんだ。この世界はマナによる文明発達によって持つ者と持たざる者の隔たりが大きい。この集落では盗賊の支配から免れ、武力による盾を失った。この集落に必要なのは、誰でも扱える護身用の武器だ」


 これは完全なる建前だ。

 誰でも扱える武器というのは、軍にでも高値で売れる。

 恩恵者が戦闘の柱となっているこの世界に新たな勢力を生み出すのだ。

 新尾達はその先、おそらく一国の王にでもなろうとしているんだろうが。


「で、錦さんは?」


「あぁ司殿ならメタリカの研究室に籠っているでござるよ」


「研究室か……俺も行っていいか? そういえばまだ行ったことないし」


「あぁ良いでござるよ。我ら自慢の研究室に案内するでござる」


 優希としても今どれほど計画が進んでいるのか確認したい。

 優希の頼みを快く承諾した新尾は、メタリカへと足を進めた。

 優希も後に続こうとするが、思い出したように足を止める。 


「そういえばメアリーはどうしてる?」 


「あ、メアリーなら少し用事があるって何処かに行ったけど。てっきりジークさんは知ってると思ってて」


 メアリーの自由奔放な振舞は今に始まったことではない。

 だが、カルトとの一件以来、メアリーの一挙手一投足が引っかかる。

 メアリーの居場所を知る術はない優希は、メアリーを追うことを諦めて、代わりに溜息を吐いた。


「んじゃ、メアリーが戻ったらじっとしているように言ってくれ。俺達もすぐに戻る」


「はい。夕飯の支度して待ってますね」


 メタリカに向かう勇気を皐月の笑顔が送り出した。

 

新作を投稿しました。

こちらが行き詰った時に気分転換で書いていたものですがよかったら読んで下さい。

『天界の神様が下界で勇者の御供として世界を救うそうです』

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