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87・老人の邂逅

 一度距離を取った優希は、敵の力を考察する。

 

 白衣の男の不敵な笑み。

 その足元には、優希が踏み込んだとされる地面が、粉々に砕けて抉れ、その隣には優希を襲う様に飛び上がった岩の形に穴が開いている。

 

 エイン・カール、一定範囲内の物体に意志を与える能力。

 奴の恩恵が魔導士でこの天恵の能力から、【創成】により土人形を作って操るものだと解釈していた。

 だから優希は自分の間合いにエインを入れると斬り込む行動に出れたわけだ。


 しかし、実際は少し違う。

 「物体」というのは道具のような一個体ではなく、地面といった空間的物質も含まれるという事。

 エインにとって、天恵効果範囲空間自体が味方だという事。


 地面、大地が味方ということは、先のように優希が攻撃をしようと踏み込めば足場が崩れ、追撃するように岩の弾丸が優希を襲う。

 足場そのものが優希の敵という状況は、この洞窟という戦場に置いて途轍もなく有利に働く。

 恐らくだが、一定の範囲というのは足場だけでなく、周りも含まれてある。

 つまり、壁や天井さえも天恵効果範囲ならエインの味方となるのだ。

 

 …………厄介だな。


 天恵は強力だが何かしら弱点のような要素が含まれる。

 優希の【神の諜報眼インテリジェンスエーガ】の、敵の情報を知ることが出来るが、ざっくりとしたももので、どういう解釈の仕方をすればいいのかは優希が考えなければならないという弱点がそれだ。


 つまり、エインの天恵にも何かしら穴がある。

 真っ先に思いつくのは意志の内容と数だ。

 一定の範囲に意志を与えるというのは、範囲全域に一つの意志、つまり命令を与えるという仮説。

 もしそうなら、複数の意志を与えることは出来ず、効果範囲に適応されている命令の内容が分かれば、それ以外を警戒する必要がない。


 例えば、今エインの天恵によって空間に与えられた意志が、『エインを攻撃する、もしくは攻撃しようとする奴を攻撃しろ』『エインを守れ』と言ったものなら、優希が攻撃した際に地面が抉れて、岩の弾丸が飛び出すように空間内の物体、今回で言えば地面がその命令の下に作用する。


 優希の仮説が確かなら、この意志が作用している間は他の意志を警戒する必要がない。

 つまりエインを守れと言うならば、攻撃しなければ反撃を受ける心配もない。

 勿論、意志を変えれば攻撃されることも警戒しなければならないが、その場合は攻撃にだけ警戒し、天恵上では無防備になったエインを攻撃できる。


 そして、エインが『自分を守れ』という意志にしたのも理由が思い当たる。

 もしエインの天恵があまり融通の利かないものだとしたら、『敵を攻撃しろ』という意志を与えると、天恵効果範囲に優希が入った瞬間、天恵は与えられた意志に従い攻撃を始める。

 そうなると、エインは優希に効果範囲を知られることになる。

 

 効果範囲を知られるということは、その外から攻撃されるということ。

 優希の仮説、天恵は単純で一つの意志しか与えられないのなら、外からの攻撃は防戦に回ることになる。

 優希の恩恵が分からない間は、効果範囲を知られるわけにはいかない。

 逆に優希は、天恵の効果範囲が分からないうちはメテオールを使う訳にもいかない。

 唯一の遠距離攻撃を効果範囲内で晒すわけにはいかないからだ。 


 優希が厄介と思うのは、その範囲の中心が動く場合だ。

 天恵の効果範囲にいる内はそう簡単に攻撃が出来ない。

 もし、効果範囲がエインを中心としたものなら、エインは堂々と出口へ向かって歩いて行けばいい。

 効果範囲に常にいるエインを優希は攻撃出来ないのだから。


「…………」


「おや、どうしました? もう攻撃は終わりですか?」


 睥睨したままの優希に、エインはティータイムでも始めそうな雰囲気で微笑み返す。

 今はまだ情報が足りない。


「ッッ――」


 優希は大地を踏み込んでエインに飛び込む。

 普通ならこの戦法は地雷原を走り回るようなものだ。

 だが、権能を持つ優希は〖行動命令(アクションプログラム)〗と〖再起動(リブート)〗による超反射と復活がある。


 何かイレギュラーな事態に落ちても大体は対応でき、例え対応できなくても一度くらいは復活できる。

 だからこそ優希はここまで大胆な攻撃に踏み出せるのだ。


 これは意表を突いたのか、エインから刹那の動揺を掘り出した。

 だが、垣間見えたその感情はすぐさま消失して笑みを刻む。

 それはエインが自らの天恵に抱く信頼からくるものだろう。


 敵意剥き出しの優希に反応して、岩の弾丸は乱方向から飛び交い、地面は優希のバランスを崩そうと抉れる。

 だが、それぞれの攻撃は視覚、聴覚に反応して〖|行動命令〗の超反射を引き出し、優希の速さを維持したまま回避が出来る。


 そうしてようやくエインから余裕が消える。

 顔を引き締めて、接近する優希に警戒心を抱いた。


「首、貰い」


 袖から伸びる銀剣を横に一閃したその時、エインの姿が忽然と消える。

 動揺よりも先に、優希は視線を周囲に巡らせた。

 エインの恩恵が魔導士なら、攻撃する岩の弾丸の一つに【標転】の刻印を刻んでそれを優希に反応させれば瞬間移動が容易にできる。


「どこに――ッ!?」


 瞬時にエインを探す優希を襲う岩の人形。

 恐らく【創成】で作り出したそれは数十にも及び、人間のような流暢な動きで襲い掛かる。

 動き自体は単純で、単調な命令しか出来ないことは間違いないだろう。

 一体一体は弱く、武闘家の恵術で粉々にするのうは簡単だが、これだけ数が多いとエインに集中することが出来ない。


 今はエインではなく岩人形に集中している。

 なのに岩の人形は優希を襲う。

 つまり、今は意志が変わってエイン自体は無防備だ。

 岩人形の猛襲に再び余裕を表情で刻むエインは完全に油断の隙を感じ取れる。

 今なら岩人形の隙をついてメテオールで奇襲をすれば、エインの額に穴をあけることが出来るかもしれない。


 それでも岩人形を破壊しても破壊してもエインは【創成】で補充し、岩人形同士が邪魔にならないよう数を調整しながら戦況を把握している。

 いきなり封魄弾を使えばエインに垣間見える隙さえも消し去る可能性があるし、特殊455弾を使えば一撃は与えられるが決定打にはならない。


 さらに優希はエインが出口から出ていかないよう死守しながら岩人形と戦うことになる。

 これが何もない平原で、出口の死守という条件がなければ練度は上でも優希は勝てる。

 だが今は場所も状況も優希にはとても不利だ。


 奴にとって今なら優希を倒せるには一つのパターンを繰り返せばいい。

 岩人形で攻撃し、優希との距離が縮まれば【標転】で距離を空ける。

 それを繰り返すだけで、エインは優希を倒すことが出来る。

 この作戦はエインの勝率を上げ、エインの方が練度が上なら勝利は確定する。

 武闘家の恵術で岩人形を壊す優希も、岩人形を作り逃げるエインも互いにマナを消費する。

 体力勝負、マナが先に尽きた方が勝てるこの勝負はエインは知らずとして優希に勝っている。


 優希との練度差を知れば、エインは茶でも飲んで見学しているだろう。

 だが、優希には権能がある。

 権能によって強化された身体能力と五感は、エインに練度の上乗せをさせる。

 エインから見て、優希は自分との練度差はないと錯覚しているだろう。


 プレートがない優希に自分の練度が低いことを証明する手段はない。

 優希でさえも練度は感覚で計っていて正確ではない。

 それに、優希が練度を公表すればエインを更に油断させ隙を生ませるかもしれないが、優希の動きと練度のギャップに余計警戒させてしまう可能性がある。


 だが、エインの性格から優希にも勝機はある。

 〖再起動(リブート)〗による奇襲だ。

 エインは自分の天恵に自信を持ち、狡猾に見えて油断しやすい傾向にあると見た。 

 〖再起動(リブート)〗は発動後十秒間は権能を使うことは出来ないが、敵が死んだというのは最も油断しやすく、隙を見せる状況だ。


 今までもこの方法で何度も敵を葬り、その手法は手馴れたものになっている。

 加えて、今の優希はメテオールがある。

 普通の優希ならば反動に負けて無理だが、恩恵者の優希なら正確でなくても銃弾を体に当てることは出来る。

 エインの近くでなら封魄弾は当たり、封魄弾が当たれば優希の勝利は確定する。

 

 問題はどうやって奴の下で死ぬかだ。

 優希が近づけば【標転】を使い距離を取られる。

 油断しやすいとはいえ、警戒している間は冷静だ。

 【標転】がある以上、優希の足ではどうやっても奴には近づけない。


 優希は一度出口から出てエインから距離を取る。

 最初は岩の人形が追いかけてきたが、途端で止まったのを確認。

 エインを中心に約半径30メートルが天恵の効果範囲だという収穫だけ得て、一度呼吸を整えた。


「どうしました? 逃げるというのなら私は追いませんが」


 洞窟にエインの声が響く。

 優希としては今ここで逃げるというのも手だ。

 エインが手にしている碧卵玉は計画を進める上で必要だが、手に入らないなら別の方法を考えればいい。

 碧卵玉は手段ではあるが目的ではない。

 エインを殺さなくても優希には害はないと考える。

 奪えそうだから仕掛けたが、ここまで戦況が不利なら、

 

 ――仕方ない。別の方法を……


 優希がそう思い踵を返そうとした時、自分の背後から気配を感じた。

 それは圧倒的な存在感を肌で感じさせるマナを持つ人物。

 恐らくエインも感じ取ったのだろう。優希を挑発する言葉は消え、優希よりも先の存在を睨みつけた。


「やはり反対の道でしたか。戦闘の音が聞こえて来てみれば、思わぬ邂逅ですな」


 洞窟の陰から現れる人物。

 顔に刻まれた深い皴から読み取れる老齢に似合わない屈強な肉体。

 青い髪を後ろにまとめ、右目は赤、左目は青のオッドアイ。

 執事服姿の老人は、優希に敬意を表す一礼をする。


「あんたは……」


 その老人には見覚えがあった。

 優希がメアリーと出会って最初に行った町。

 『リリナスの町』のとある酒場。

 べリエル亭の店主がそこにいた。


 名前――べリエル・レイクリッド

 恩恵――弓兵

 練度――10450

 天恵――【死神の運命(デス・テニー)】……相手の死因を操れる。


 練度の高さに優希は動揺を見せた。

 練度一万越え。宮廷眷属並みの実力を持つ男。


「なんであんたがここに?」


 零れた感情を押し殺し、優希が警戒心剥き出しで尋ねると、老人は井戸端会議で話しているかのように健やかな笑みを浮かべて、


「しがない酒場の店主だけでは生活がやりくりできない故、店の片手間で仕事を頂いているのですよ」


「仕事? 鉱石採取ならここじゃ無理だ。別の場所に行くんだな」


「いえ、この場所に来たのは鉱石採取ではありません。とある計画を阻むためです」


「とある計画――――ッ!?」


 べリエルの言葉に首を傾ける優希に、その存在は次元を超えて優希を抜く。

 既視感を覚えるそれは、何の気配もなく近づかれたべリエル亭での出来事を思い出して、優希は咄嗟に存在を目で追った。


 ただ速いとはまた違う。

 速いのは大前提とし、意識の外を掻い潜る歩法、呼吸法。

 それらすべてが静かで、流れる川のように滑らかで。


「貴方は――――」


 離れたところだったためその存在を目で追えたエインは、雷の如き速さで距離を詰める老人を睥睨し、岩人形を大量に向かわせた。


「――――スゥ、ッッ!!」


 優希はその光景に目を疑い、越えられない壁を感じた。

 襲い掛かる数十もの岩人形が、一瞬で粉々になったのだ。

 弓を取り出し、矢を装填し、狙いを定めて発射する。

 その工程が無駄なく、敵の死角に入り込む動きで連射され、岩人形が勝手に崩れたように錯覚してしまう。


 エインは動揺と混乱が露骨に現れ、べリエルはそんなエインに容赦なくマナの込められた矢を額に放った。

 意識の外から放たれた矢は、容易にエインの額に朱色の穴をあける。


「この歳になると急激な運動は厳しいですな」


 自嘲気に笑う老人を、優希の警笛は身体中に響かせた。

 恐怖がない優希は、本能による撤退ではなく、理性によって冷静に状況を把握する。


「あんた、一体なにもんだよ」


 優希は思わず投げかけたことのある質問をした。

 老人は軽く頭を下げ、



「我が名はべリエル・レイクリッド。酒場の店主と共に、暗殺業を生業としている者です」


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