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86・封魄弾

 得体の知らない威圧感が、その空洞から漏れていた。

 細い筒を向けられているだけ。

 ただそれだけなのに、妙な圧迫感がレッグとラリーニを襲う。


「結構痛いぞ。覚悟するんだな」


 白髪の少年が歪な笑みを浮かべ、赤眼に映る自分たちが、少し怯えているように見えて。


「ラリーニ、落ち着け。どういう神器か知らねぇけど、恐怖は反応を遅らせるぞ」


 この状況に、レッグは思いのほか冷静で。

 レッグの言葉にラリーニの表情は強く結ばれる。

 【堅護】でしっかりと肉体をマナの鎧で覆い、如何なる攻撃にも対処できるよう、観察と脳の動きを止めない。


 だが、優希にとって彼女らの心境の変化はさして問題ない。


「くるぞッ!」


 レッグの声に二人は身構えた。

 優希の指がトリガーを引くのをその眼が見逃さなかったからだ。

 しかし、彼らの警戒は意味がないと言ってもいい。


「――ッ!?」


「ラリーニ!!」


 ラリーニの頭部が後ろに弾けた。

 洞窟に響き鼓膜を揺さぶる火薬音。

 何が起こったのか分からない。

 その音とほぼ同時に、ラリーニは天を見上げるように仰け反った。

 

 ニ、三歩。

 彼女が後ろに退くと、頭部を抑えて優希を睨む。


「大丈夫。ちょっと痛いけど何もない」


 その威力は【堅護】をしているにもかかわらず、ラリーニに確かな痛みを与えた。

 だが、痛みは与えたが致命傷になる程のものではない。

 踏ん張れば何事もなく耐えられるし、痛みも我慢できるほどで、【堅護】を一部に集中すれば、その痛みすら感じない程だ。


 脅威と呼べるほどのものではない。

 恩恵者を相手にするには、明らかなハズレの神器。

 そう、二人が解釈したことに、優希は薄く笑みを刻んだ。


 ――ッッ、ッ!


 もう二発。

 優希はラリーニに発砲する。

 内蔵された魔石が作動し、火を噴いて弾丸が射出される。

 その弾丸が螺旋状に回転しながらラリーニの肩と足を打ち付けた。

 だが、踏ん張りを聞かせたラリーニは、痛みすら感じるものの、表情の変化は見られない。


 ラリーニは距離を詰めた。

 互いに遠距離での攻撃手段がある以上、ラリーニに距離の有利は無くなった。

 むしろ、優希とラリーニでは優希の攻撃の方が早く当たる以上、不利になったとも言える。

 

 ラリーニが天恵で攻撃しようとすると、結果的に【堅護】に回すマナも拳に集まり、防御力が下がる。

 その状態で攻撃を受ければ激痛は免れなくなる。

 優希の扱う神器が、どういう構造でどういう仕組みで攻撃されているか分からない以上、早さで劣る自分が遠距離で戦う意味はない。


 むしろ、自分の足元に落ちていた金属、向けられた筒と、音と共に発火する作用。

 これらを考慮すれば、吹き矢を強化したものと考えるのは容易だ。

 筒口を向けられなければ、攻撃が当たることは無い。

 

 幸い、【堅護】を使用していればダメージはない。

 【堅護】で身を守るながら近づき、ゼロ距離で攻撃を当てる。

 攻撃力はラリーニの方が上なのだ。近接戦なら有利に立てる。


 後退を示唆する優希に、レッグが天恵を使用する。

 壁に手をついて、壁を伝って切断能力のある赤い光線を疎らに引いた。

 優希との距離も開いている為、壁のように引いても避けることは可能なぐらいに隙間がある。

 だが、レッグの目的は優希が後ろに距離を取るのを遅らせることだ。


 レッグの作戦通り、優希の足は線を警戒して後退するのを止めた。

 その隙にラリーニは一気に距離を詰めた。

 すかさず優希は三発、ラリーニ弾丸をぶつけた。

 空を貫く弾丸は、ラリーニの肉体にぶつかると供に拉げて地面に落ちた。


 優希は懐に手を伸ばし、シリンダーに弾丸を二発だけ装填する。

 距離を詰めるラリーニはもう目前まで迫り、優希は赤光線ギリギリまで後退すると、装填し終わったリボルバーの銃口をラリーニに向けた。


 ラリーニは【堅護】で身を守る。

 優希の攻撃を凌ぎ、ゼロ距離で攻撃すれば、優希に確実なダメージを与え、後方に吹き飛ばせばレッグの天恵で優希を切断して殺せる。


 下手に避けるよりも、勢いを殺さず特攻した方がラリーニには最善だ。

 しかし、それは全て優希の思惑通りに過ぎないことを考慮しない最善だ。

 だから、ラリーニは何が起こったのか理解出来なかった。


 鈍い痛み、視界には洞窟の天井を見上げ、朱色の流動体が宙を舞う。

 全身から力が抜け、視界はやがて後ろにいたレッグを映す。

 鬼気迫る表情でこちらに走ってくるレッグ。

 何故か視界が上下逆転し、レッグが天井を走っているように見える。


「れっ……ぐぅ………せん……せぃ……にげ……」


 仰け反って額からを鮮血を吹き出すラリーニは、弱く細い声で名を言った。

 その声はレッグに届くことは無く、涙を流しながらラリーニの元に走ってくる。


 ラリーニはその明滅とした意識の中で、レッグも吹き飛ばされるのを捉えた。

 額から血が、ホースから流れる水のように宙を湿らす。

 理解が追い付かないままに、彼女の意識は完全に途絶えたのだ。


「…………」


 優希の後ろ。

 線が消えて、レッグの死を確認した優希は、空になったシリンダーを埋めた。

 

 優希が扱う漆黒の流星シュヴァルツァメテオールは、二つの弾丸が存在する。

 一つは特殊455弾。威力、弾速共に凄いが、恩恵者の【堅護】に弱く、痛みは与えるが致命傷にはならない、完全なる非恩恵者用の弾丸。


 もう一つは、対恩恵者用の弾丸、封魄弾。

 封魄石を粉末状にして、0.001グラム程弾丸に混ぜることで、発砲に必要な魔石の効果を消すことなく、触れたマナ、敵の【堅護】によって出来たマナの鎧を貫通して、恩恵者に致命的なダメージを与える。

 代わりに弾速が落ち、恩恵者なら裕に躱せることが出来るほどになる。


 だから優希は最初に特殊455弾を使用した。

 敵は痛みこそあるが、致命傷にはならないという印象を与えたかったからだ。

 最初はメテオールを使わず、敵の天恵の情報を集めていた。

 この作戦の肝は、いかに相手に特殊455弾の力を印象付けるかにある。


 敵は自分が有利な状況を選択できるくらいに戦闘経験は豊富だ。

 特殊455弾は視認できない程に早く攻撃できるが、致命傷にはならないことを理解させれば、ラリーニが距離を詰めることは予想がつく。


 優希は最初の発をその印象を強く与えるために使った。

 そして、ラリーニは優希の思惑通りに距離を詰め、そのタイミングで二発だけ封魄弾を装填した。


 封魄弾は弾速が遅くなる。

 だが、距離を詰めたラリーに対しては弾速はそこまで必要ではない。

 当たっても大丈夫という印象を植え付けられたラリーニは、弾速の変化に気付かない。

 最初から当たる気で近づくように仕向けられているのと、弾速の変化を感じられる程の距離がないからだ。


 優希の思惑通りになり、ラリーニの額に弾速の遅い封魄弾で風穴を開けることは容易だった。

 そして、レッグは味方の死に完全に冷静さを欠いた。


 レッグは今の優希でも殺せる相手だ。

 だが、冷静さを失ったレッグに警戒心は薄れ、予備で装填していたもう一発の封魄弾で仕留めることで、安全且つ確実に敵を排除した。


 優希は〖再起動(リブート)〗で受けたダメージを消し去った。

 残るは一人。

 ラリーニが最後に呟いた先生と呼ばれる人物がこの奥にいるはず。


 優希の足は奥に進む。

 魔石灯で足元を照らして、【嗅識】で道を辿った。

 恐らくだが、敵の目的は優希と同じ壁卵玉だろう。


 敵が何の為にそれを欲しているかは知らないが、壁卵玉の多様性なら別に敵が欲していることに不思議なことはない。


 だが、壁卵玉は一つだけ。

 敵に取られれば、優希の計画はとん挫する。

 優希の足取りは早く、その場所に辿り着くのはすぐだった。

 

「おや? その様子だと二人はやられてしまいましたか。残念です。彼らは私が育てた中でも優秀な人材だったのですが……ま、死んだということは所詮その程度だったということですかね」


 一瞬哀し気な表情を垣間見せたその男は、すぐにあっさりとした態度で優希と対峙する。

 広い空間。天には穴が開いて太陽に光が入り、魔石灯がなくても明るい。

 穴の下、空間の中心に位置し、手に持つ宝玉を光に当てる白衣の男。


 手に持つのは、卵のような楕円形をし、太陽光を藍色に変えて振らせる石のようなもの。

 間違いなく、男が持っているのが壁卵玉だ。


 名前――エイン・カール。

 恩恵――魔導士。

 練度――8850。

 天恵――【霊魂の人形劇(ソウルプレイ)】……一定範囲内の物体に意志を与える。


 【神の諜報眼インテリジェンスエーガ】が白衣の男を睨みつける。


「お前がさっきの奴らのボスか」


「ボス……うん、まぁそんなところだね」


「単刀直入に悪いが、お前が持ってるそれ、俺に譲ってくれねぇか?」


 優希の冷めた視線が、エインの白衣を貫いた。

 長い髪を揺らして優希をその片眼鏡で覗くと、大人びた笑みを刻んで、


「反対に、君が私の生徒にならないか? たった一人であの二人を相手にした実力、その若さ、良い素材だ。私なら君を宮廷眷属に匹敵する実力者に育ててあげよう」


 エインの申し出に、優希は鼻で笑い一蹴する。

 静かに距離を詰める優希を、エインは残念そうに溜息を吐いた。


 エインの天恵、物体に意志を与える能力。

 一定範囲とされるが、それがどこまでの広さなのか分からない。

 故に優希は距離を詰めた。

 敵意剥き出しで近づけば、エインは天恵を発動する。

 それがエインの間合いと仮定して、メテオールで正確な距離を測っていく。

 

 物体と言われていることから、エインが生物に干渉するのは難しいだろう。

 エインが魔導士なら【創成】で土人形を作ることも容易だろう。

 想定される天恵の用途に、警戒を強めて距離を詰めていく。


 一歩、また一歩。

 まだ動かない。

 相手は魔導士。練度差があるとはいえ、この距離なら近接戦を得意とする優希の間合いだ。

 一気に加速してエインの首を撥ねることも出来る。

 だが、依然として動かないエインに、優希は踏み出すことが出来ない。


「どうしたのですか? もう君の間合いだというのに」


 帰り道は優希が塞ぐようににじり寄る為、エインも優希を倒さなければいけないはず。

 何故、奴は動かない?

 そんな疑問を抱きながら、既に間合いは優希が銀剣を振るえば届く距離にまで近づいていた。

 

 確実に頚椎を切断する。

 そう踏み出した時だった。

 時間が凝縮され、横に振り抜く内手首から伸びる銀剣。

 その刀身がエインの首に入り込もうとした時だ。


「なッ!?」


 突然、優希の足元が崩れた。

 片足が地面に入り込み、鋭く正確な一閃を乱した。

 間髪入れず、大地から岩がはじけ飛ぶ。

 サッカーボール程ある岩が、優希の下顎目掛けて飛来する。


 優希はその身体を仰け反らせて、バク転しながらエインと距離を取った。

 避けた岩は、天高く勢いよく吹き飛ぶと、羽をもがれた鳥のように力なく落ちた。


 天恵を垣間見た優希が白衣の男を睨むと、すべてが分かっていたようにエインが笑みを刻んだ。


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