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80・盗賊の襲撃

 左右どちらに視線を移動させても木々が生い茂る道。

 地肌が露出されているその道は、竜車が一台走ればほぼほぼ埋まるくらいの幅だ。

 風竜種がその足で駆け抜ければ、砂埃が後方に流れていく。


「もうすぐ鋼の都『メタリカ』に着くぞ」


 御者席から荷台に声がかかる。

 その声に反応して、顔を出したのは短い黒髪が靡く西願寺皐月。


「ジークさんごめんなさい。メアリーが眠っちゃったまま全然起きないんですけど……」


「ほっといて。その内勝手に起きるから。それよりメタリカまでもうすぐだから、荷卸しの準備しといてくれる?」


「分かりました。すいません、ジークさんばかり御者を任せてしまって」


「別にいいよ。そんな言葉もかけず寝てるだけの人もいるから」


 荷台で寝てるメアリーに聞こえるように言うが、返事は一切返ってこないあたり熟睡中のようだ。

 

「メタリカでは主に水蓮石を売るんですよね」


「だな。出来れば全部メタリカで捌きたいから、在庫確認としといてくれれば助かる」


「はーい」


 荷台にはコルンケイブで収穫した水蓮石が大量に積んである。

 そのほか薬品や素材なども積んでおり、一番金になるのは神器“蒼月”だろう。

 “蒼月”は鬼一に渡す予定だったが、あっちには偽物を渡している。

 〖思考命令(マインドプログラム)〗によって洗脳された鬼一は、偽物を“蒼月”と認識するようにした。


 “星返の棍棒”は水の都で売却した。

 武器を売るなら水の都より帝都の方が高値で売れる。だが、“星返の棍棒”は何より重い。

 優希が竜車に乗っていれば【質量無視(ポンドネグレクト)】によって質量を消すことが出来る為問題ない。


 だが、優希が竜車から降りた時、【質量無視(ポンドネグレクト)】の効果が切れて、風竜種では運ぶことが出来ない。豪竜種の力が必要になってくる。

 少し勿体ないが、運搬の不便さと天秤にかけた結果、アクアリウムでの売却となった。


 そして、優希達は鋼の都『メタリカ』に向かっている。

 炭鉱業、鉄鋼業が盛んで、このファンタジー世界で唯一の元の世界に近い文化が根付いている。

 

「んっ、なんだ?」


 優希は竜車を止める。

 いきなり竜車が止まったことの気付いた皐月は、荷台から顔を出した。

 

「ジークさん、どうかしました?」


 荷台から顔を出せば、優希の雪のような髪が眼に入る。

 だが、今注視すべきはそこではない。

 その周りだ。


 武器を持った男達が竜車を囲んでいた。

 清潔さなど感じさせない獣の身なり、それぞれの武器からは血の香りが残り、人を狩ることを慣れ親しんだイカれた眼。


「盗賊ですか?」


「みたいだな」


 皐月はすぐに状況を確認し、杖を手に取って戦闘態勢に入る。

 綺麗な顔立ちの中に現れる勇姿に、男達は何やらそそるものがあったようで。


「嬢ちゃん可愛い顔して勇ましい表情するんだなヒヒッ」

「その顔が泣き顔に変わるところも多分良いよなぁ~」

「決めたぜ。そこのガキ、積み荷と嬢ちゃん置いてここから失せな。そうすりゃ命だけは助けてやる」


 男達が下劣な笑みを浮かべた。

 そんな男達に優希は冷酷な眼を向けて、【神の諜報眼インテリジェンスエーガ】を発動する。


 囲んでいるのは二十三人。

 内、恩恵者が十人に天恵遣いが一人。

 天恵遣いの練度は6730で優希と同じくらいだろうか。


「問題ないか……皐月、ちょっと中で積み荷を見ててくれ。あと、メアリーを起こしてくれると助かる」


「で、でも大丈夫ですか? 数が数ですけど……」


 憂慮の視線を送る皐月に、優希は笑顔で返した。

 

「大丈夫です。俺は商人だ。これくらいの危機は何度か経験してる。大人の対応で解決してくれよう」


 余裕を感じさせる振舞に、皐月は少し笑顔を零して荷台の中へ。

 優希は竜車から降りて、囲う男達と対峙する。


「大人の対応? ガキが言ってくれるじゃねぇか。ほれほれどんな話術でこの状況を乗り切るんだ?」


 男の一人が獣臭漂う顔を嘲笑の笑みを作って優希に近づける。

 優希はそんな男の嘲笑に満面の笑顔で返して、


「ぶふぉうッ!?」


 男の顎を蹴り上げた。

 男は唾を吐きながら宙を舞う。

 盗賊の集団の中に男が落下すると、盗賊のほぼ全員が青筋を立てた。


「何しやがんだテメェ!」

「つうか大人の対応どこ行った!」


 盗賊達から怒りとツッコミの声が飛ぶ。

 そんな声に優希はとぼけ顔を浮かべて、


「俺、ガキだから分かんなーいっつって」


 台詞に似合わない冷たい表情。

 優希は言い切って野党達と距離を詰めた。

 先手必勝、最初に目に付いた男の顔面を膝蹴り後ろによろめいた男を踏み台にして跳躍すると、落下地点で構える一人に、


「【炎踏(えんとう)】ッ!」


「ごふぅッ!?」


 炎を纏う優希の足底が男の顔面を踏みつけた。

 男の顔を踏みつけたまま地面に着地。

 そんな優希に飛び掛かる三人の盗賊に、優希は地面で顔面を踏みつけている男の事など考えず、踏みつけた足を軸に一回転。


「ぐぎゃぁ!?」


「【旋刃脚(せんばきゃく)】」


「ごふっ!?」

「がぅ!」

「がごぁッ!」


 優希の脚が刃となって、襲い掛かる三人を斬り付けた。

 血を宙にぶちまけて三人男は倒れる。


「さぁ、俺が相手だ。【対武】ッ」


 男達の怒りが最高潮に達する中、優希は武闘家の恵術【対武】を使う。

 【対武】を使われた相手は使用者以外を相手にすることが出来なるなる恵術だ。

 荷台の方へ向かう盗賊達も、優希の方にやってくる。


 今回優希が盗賊に真っ向から向かった目的は実験だ。

 先日の戦いで優希は武闘家の恵術を得た。

 今までは契約者の身体能力を主体としていたが、今後は攻撃系恵術が主になってくる。

 恩恵者が数人いる大勢を相手にどこまでできるか、盗賊ほど適している実験体は無い。

 

 ――なんせ殺しても問題ないからな。


 次いで次いでと襲い掛かる盗賊。

 その悉くを武闘家の恵術で応戦する。

 次第に、憤怒から畏怖をと面を変えた盗賊達。ようやく主格たる恩恵者が参戦するも、天恵の使えない相手なら問題ない。


「何やってんだテメェら! こんなガキにこの有様たぁ情けねぇ」


 死傷者が相次ぐ盗賊達。

 その光景を見ていた天恵遣いの大男は、全員倒れたところでようやく動き出したようだ。

 首を鳴らして出てきた大男は、その体躯に見合った鉄槌を担いでいた。


「おいガキ、テメェなにもんだ。その若さでこれだけの人数を相手に出来る恩恵者など少ない。それにテメェからは何か異質なものを感じる」


 血飛沫を纏う優希の姿。

 見た目の年齢から感じ取れる瞳の冷たさに、男の背筋が凍てつく感覚を覚えた。


 名前――グラドール・エルモ。

 恩恵――獣使。

 練度――6730。

 天恵――【魔獣一槌(ビーストハンマー)】……破壊したものを魔獣に変える。


 クマの毛皮を裸体の上から羽織、分厚い靴は重厚感を訴える。


「どうした? このオレ様を見てビビったか、ハッハッハ」


 大口を空けて笑声が飛ぶ。

 その槌を振り回すその姿は、武闘家や剣士のイメージを与えようとしているのだろうか。

 残念だが、優希の天恵によって、グランドールの恩恵は獣使だと判明している。

 そして、破壊したものを魔獣に変える天恵。もし生み出した魔獣がグランドールの思うがままに動くとなれば脅威だ。


「味わうがいい、我が必殺の一撃をッ!」


 咆哮と共に振り下ろされる大槌。

 優希はバックステップで華麗に躱すと、爆撃のような轟音が響いて地面が崩れる。

 そして、衝撃で舞い上がった地塊から、蛇が生まれて優希にその牙で食らいつこうと迫りくる。


「――――ッッ!」


 優希の【神の諜報眼インテリジェンスエーガ】が蛇を睨む。


 

 邪蛇鬼(ジャジャンキ)……毒性のあるマナを持ち、噛まれると毒性のマナが魄脈を通って、やがて魄籠を破壊する蛇の魔物。



 簡単に言うと、噛まれたら終わり。

 それを判断した優希は、“銀龍(ヴィート)()白籠手(シルヴェル)”を変化させ、ウチ手首から銀剣を伸ばした。


 コートの袖から突如現れた刀身三十センチほどの小剣が、襲い来る蛇をミンチにする。

 細切れになった蛇の血肉が風で流されて、グランドールの眼が優希の袖口を睨む。


「隠し武器……神器か。いいもん持ってんじゃねぇか。それ、俺が貰うぜぇッ!!」


 大槌が優希の脳天をかち割るが如く振り下ろされる。

 大振りなその攻撃を躱すことは容易いが、その後に生み出される魔物が非常に厄介だ。

 恐らく、本来はあの大槌で攻撃し、武器や盾で防がせて破壊。その破片から毒蛇で攻撃が常套手段なのだろう。

 

 優希は大槌を防ぐような手段は無い。

 故に速さであしらうのが優希のやり方だ。

 だが、優希も攻め切れていないのも事実だ。


 本来なら大振りの攻撃を躱し、一気に距離を詰めることで攻撃に転じることが出来る。

 だが、グランドールの天恵によって生み出された魔物が、優希をグランドールに近づけさせない。

 そして、今のところ突発的な機動力と攻撃力を重視した邪蛇鬼しか出ていないが、グランドールが生み出せる魔物が分からない以上、迂闊にも近づけない。

 

 そして、【神の諜報眼インテリジェンスエーガ】で見たグランドールの天恵、破壊したものを魔物に変える能力。

 この破壊というのは、破片から生み出されるのか、完全に粉砕されて生み出されるのかという疑問もある。


 前者なら攻めにより慎重を期す必要があるが、後者なら多少強めにせめても問題ない。

 粉砕されなければ魔物が生み出されないからだ。


「ふッ――、【千竜脚(ちりゅうきゃく)】ッ!」


「くぬぅッ」


 大槌を最低限の動きで躱し、生み出された蛇を警戒しながらギリギリまで距離を詰めて、蛇を切り刻んだ後に、グランドールの分厚い胸板に蹴りの連打を与える。

 グランドールの【堅護】で守られた肉体は、優希の武闘家恵術を耐えきった。

 後方に数メートル吹き飛ばされるが、グランドールは効かぬと言わんばかりの笑みを浮かべた。


「いい蹴りだッ。今度はこちらから行くぜィ!」


 大槌を頭上で振り回し、槌に遠心力が加わっていく。

 そして、その勢いを殺さないように、槌は大地を抉って幾つもの地塊が優希に向かって飛来する。


 ――――【神の諜報眼インテリジェンスエーガ】ッ。 


 

 風斬鼬(カゼキリイタチ)……風の刃を纏い横を通るだけで敵を斬る鼬の魔物。

 猪楯天(チョジュンテン)……鋼の剣すらも破壊する盾を頭部に持つ猪の魔物。

 我豹獣(ガヒョウジュウ)……高い敏捷性と鋭い牙が敵を喰う豹の魔物。



 現れた魔物を確認。

 そして、刹那の中で優希は数も確認した。

 風斬鼬3体。猪楯天2体、我豹獣1体。


 次に優希は脳内でこの魔物の対処を思考する。

 だが、それよりも早く魔物達は陣を汲んで、計画的な戦いを始めた。


「なにっ!?」


 風斬鼬が疾風の如き俊足で優希の身体を斬り付ける。

 急所は外すも腕や足に切り傷をつけられ、捕まえようと手を伸ばすも、既に通り過ぎた後で。

 風斬鼬に目を取られ、猪楯天が壁のように並んで突進していることに遅れて気付く。

 

 猛進する猪楯天を跳躍で躱し、その背後に控えているであろう我豹獣に注意を払うが、どこに目をやっても確認できない。

 だが、契約によって強化された五感は我豹獣の居場所を読み取って、


「ッ、らぁ!」


「グギャンッ!」


 背後から食らいつこうとする我豹獣。だが〖行動命令(アクションプログラム)〗によって優希はその眼で確認せずとも攻撃を回避。

 我豹獣の頭を抑えて空中で華麗な回避を決めると、そのまま背骨を砕かんとする強い踏みつけ攻撃を食らわす。


 唾液を吹き出しながら地面に叩きつけられる我豹獣。痙攣している我豹獣を上から銀剣で止めを刺す。

 方向転換して再び突進する猪楯天。だが突進しかしない猪楯天の動きを読むことは簡単で、〖行動命令(アクションプログラム)〗を使い絶妙なタイミングで軽く跳躍。

 身を捻り、通り過ぎる猪楯天を上から見下ろす位置、優希の銀剣が一閃する。


 頭部を撥ねられた猪楯天は身体が勢いを殺しきれずに血を宙に舞い上げながら転げて進む。

 切断した2体分の頭部を掴んで、優希に第2陣を切り出す風斬鼬から身を守る。

 頑丈な魔物の盾が、風斬鼬3体の突進を防ぎ、風斬鼬自体は盾との衝撃で身を揺らす。

 動きが止まった風斬鼬3体の身体を銀剣が貫き絶命。


 多少傷を残しながらもグランドールの生み出した魔物を片付けると、すぐさまグランドールを視認する。

 魔物との戦いを一部始終見ていたグランドールは、次の攻撃に踏み出していた。


 大槌を天高く掲げ、巨大な鉄塊が優希を睨む。

 そして降り注ぐ落雷のような轟音を響かせて、優希の立っていた大地を粉砕した。

 大槌が振り切った空気が頬に触れるほど、最小限の動きで躱し、砕かれた大地の破片を確認。

 そこから生み出されるであろう魔物を予測して、先に攻撃を仕掛けた。


 魔物の誕生と同時にそれらを斬り刻み、優希はグランドールの大槌の柄を握って持ち上げた。


「んなッ!?」


 グランドールに比べれは細腕の優希が、自分の巨躯と大槌を片手で持ち上げる姿に驚きを隠すことは出来ない。

 地に足がついていないグランドールは踏ん張りを利かすことが出来ない。

 【質量無視(ポンドネグレクト)】によって持ち上げられたグランドールは、身を振って大槌に振り子の力を加えるが、質量を消し去っている優希には何も感じず、持ち上げられた大槌は微動だにしない。


「なっコイツ、なにもんだよ!」


 手を離して応戦すれば優希に攻撃できるが、それだと大槌を奪われることになる。

 獣使のグランドールは他の恩恵に比べて肉弾戦を得意とせず、ましてや相手は武闘家の恩恵となると、尚更武器を手放すわけにはいかない。


「のらぁあッッ!」


 グランドールは足にマナを集めて【強撃】の踏みつけ。

 体格に見合った巨大な足が押し寄せる優希は、その足底に目掛けて【米利堅メリケン 破】を当てる。


 グランドールの分厚い靴が粉砕されて――――


「ッッ!?」


 そこから現れた邪蛇鬼の牙が、優希の腕に噛み付いた。

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