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74・絶対的優先権

 傷が増える。血が滲む。

 意識が遠のくとは反対に、集中力を切らせてはいけない。

 相手は二人。それも同一人物と言うだけあって連携に隙は無い。


「どしたぁ息が荒くなっているぞ」

「所詮は子供。俺達の相手ではない」


 剣を受ければマナが削ぎ取られ、躱そうにも二本の聖剣から繰り出される連携の取れた連撃は、必ず片方を防御しなければならない。

 練度の差はそこまで激しくないだろう。だが、装備の差、人数の差、基礎能力の差が、薫を少しずつ痛めつけていく。


「【炎竜刃】ッ!」


 灼熱の炎を纏う剣が空気を焼いて舞う。

 男の聖剣はその炎さえも斬り裂いて、鋭い切っ先が薫を貫かんと一突する。

 紙一重で躱すも、僅かに乱れた態勢をついてもう一つの聖剣が首を狙う。

 そして、それを防ぐとマナを激しく消費する。

 完全なる悪循環。


「はぁッ、【雷槌閃】ッッ!!」


 薫は壁を蹴り上がり、上空に舞い上がる。

 剣先を天に向け雷を宿して振り下ろす。雷鳴と共に振り下ろされる雷剣は、聖剣によって阻害される。

 おそらくだが男は剣士。つまり、薫が使う恵術は相手も使えるということ。

 手の内すら晒されている状況で、薫のやり方は愚策でしかない。

 

 ただ恵術を当てていても、相手も同じ恵術が使えるなら当然対策も出来る。

 練度の近い同じ恩恵を持つ者が戦う場合、勝負を分ける基本的な要因は天恵だ。

 しかし、薫にはその天恵が無い。なら、薫に出来る策とすれば戦場の環境を利用するか、何とかしてマリンと合流して戦うかだ。

 どちらも難しい話ではあるが、ただ闇雲に恵術をぶつけるよりはマシだ。


 だが、薫はそれをしない。

 男にはそれが愚行の極みにしか感じられない。だからこそ、幻滅して殺そうとする。

 

「惜しい男だ。この俺二人を相手に適応しだしている。あと少し鍛え上げれば中々のものだろう。さて、ここで再度問おう。“はい”か“いいえ”で答えろ。“貴様は眷属か?”」


 男からの質問。一度目は正直に答えた結果、男は二人に増えた。

 なら、薫の選択肢は二つ。嘘を吐くか答えないかだ。

 しかし、男は薫が正直に答えた結果を知って再度問いかけている。正直に答えるのがダメなら嘘を吐くという可能性を踏まえている。なら答えない方が安全だ。


「…………」


「黙秘……なるほど、貴様は卑怯者か」


 刹那、二人いた男が両方消えた。

 動揺する時間すら与えない程の時の流れの中で、薫は気配を感じ、殺気を感じ、脳の理解を終える前に身体が反応した。


「ッくぁ!?」


 身体を逸らしたが、脇腹を抉る聖剣。

 刀身が鮮血で彩られ、薫の体力を激しく削り取った。

 すぐさま聖剣と距離を取り、抉られた脇腹を抑える。

 手に広がる生温かい感触。指の隙間から零れる朱色の流動体は、痛み以上に薫の心を揺さぶった。


「正答は分身、黙秘は高速移動……いや、これは少し違うかな」


 薫が眼にしたのは槍兵の【神速】そのものの瞬間移動。

 しかし、【神速】と言うには少し違和感を感じている。


「たった一度見ただけでその反応。やはりその才は惜しいな。どうだ、俺の仲間にならないか?」


「生憎だけど丁重に断らせてもらうよ」


「それは残念だな。では変わりに貴様が感じている違和感を解決してやろう」


 男は剣を横に振るう。

 しかし、薫の眼には聖剣の刀身が見えないように見えて、


「なぁッ!?」


 視界の端に捉えた聖剣の刀身。

 薫の首を刈り取らんと刀身は宙を舞い迫りくる。

 薫は咄嗟に屈んで聖剣が頭上を越える。


「これは……」


「空間接続……【神速】などと言う陳腐なものではない。空間と空間を繋ぐということは、移動することなく貴様を切り刻むことが可能なのだ」


「くッ!」


 男が聖剣を振るう度、男の聖剣の刀身は消え、薫の周囲に男が剣を振るった軌道で刀身だけが斬撃を繰り出す。

 これがただ単に刀身を操っているだけなら、男の動きで予想は着く。この天恵の厄介なところは、空間接続と言うだけあって、軌道は操れなくとも方向や高さは変えられるということ。


 つまり、男が剣を横に振った場合、空間接続では横薙ぎであることに変わりはしない。

 振り下ろしや袈裟斬り、刺突などには変化しない。だが、横薙ぎは変えられなくとも、足元や頭位置などの高さや、対象の前や後ろには変えられる。


 男が横に剣を一閃したとしても、刀身は背後から足元を刈り取らんと横に一閃する。

 それに刀身だけということは気配はなく、視界の端に捉えることで何とか躱すことが出来ているが、必ず何処かに傷をつけている。


 状況を打破しようと、薫は男と距離を詰める。

 空間接続によって多方からランダムに現れる刀身を躱し、いなし、防ぎながら。

 しかし、ある程度距離を詰めると男は空間接続で距離を離す。


 それに対抗して薫は数少ない遠距離系の恵術で攻撃するも、その恵術は男も使える為当然対応できる。


「はぁはぁ……これはまずいな。条件が悪すぎる」


「卑怯とは言うまいな。戦いにおいて必ず勝利する手段を取るのは必然。対抗できない貴様が悪いのだ」


 傷だらけの身体を何とか起き上がらせている薫。

 呼吸が荒く、血が足りなくなって意識も薄くなりかけている薫を見て、男の表情に勝利を確信した笑みを刻む。


「もう何か質問は無いのかい?」


「能力が変わることを期待しているのなら残念だな。分身能力に適応しだしているのは気が付いている。それに、空間接続は俺が得意とする能力だ。だが、もう一つの能力が知りたいのなら教えてやろう」


 男は剣を地面に刺し、左手を背後に回す。

 

「貴様がもし嘘の答えをしていた場合、貴様は恵術を使うことが出来なくなる。これが俺の天恵【死の選択(トートヴァール)】。だがまぁ、虚偽の選択は天恵を待たない上に俺と同じ剣士である貴様には意味が無いがな」


 男は予想していたのだろう。薫が天恵を使えないことを。

 最初の質問は薫の恩恵を確定させる為。それからの対応で薫が天恵を使えないことを知った男は次の質問に進んだ。

 

 最初の質問内容と、黙秘か虚偽の二択の危険度と考慮すれば、黙秘を選択する可能性が高いことは予想できる。そして天恵を持たない薫にとっては恵術使用禁止能力は効果は薄く、黙秘は男が最も得意とする能力。

 それに空間接続はデュランダルと相性がいい。


「なるほど。やっぱり実践というのはまだ慣れないな」


「さて、種明かしも済んだことだし、死んでもらうぞ」


「生憎、まだ死にたくは―――――ッッ!?」


 衝撃。空を見上げている。

 一体何が。いや、男の空間接続と左手を後ろにして立っている体勢からある程度予想できる。

 最大限の【強撃】を親指に使い、デコピンするように弾き空間接続することで、薫の顎を砕く威力で攻撃することが出来る。

 薫も常に【堅護】で身体を纏っているとはいえ、最大の【強撃】で受ければただでは済まない。

 

 身体が宙を舞うほどの威力。

 幸運にも行動不能に至るまでの衝撃はいっていない。

 薫は空間接続に備えて防御態勢をとる。


「ッな!?」


 腕を掴まれる感覚。

 目を向けると宙を舞う手が薫の両手を拘束していた。

 空間接続によって男の手が薫の両腕の自由を奪い、


「死ね――――」


「ッぐぁ!」


 男は最大の【強撃】を足に纏い地面を踏み込む。

 空間接続を使い。男の脚は薫の腹部を踏みつけて、薫は血反吐を天にぶちまける。

 男の攻撃で薫は空気を割く勢いで落下する。

 

 男は聖剣を手に取り剣先を天に。

 剣先は空間接続によって、薫の落下位置に伸びる。


「ッく――」


 ――――――ッッ


 薫の落下と共に激しい衝撃と土煙が舞い上がる。

 男は空間接続を解除し、刀身を確認する。

 鮮血によって刀身が彩られている。


「深く抉ったようだが、致命傷ではないな。瞬間に身体を捻り串刺しは避けたのか。大したものだ。だが、もうお前に戦う力は無い……ん?」


 舞い上がる土煙から、飛んでくるのは遠距離系恵術【飛閃】。

 本来なら光の剣先が相手を貫くのだが、今の薫ではただマナを飛ばしただけの威力。

 男はその攻撃を受ける。避ける必要が無いのだ。それほどまでの低威力。


「終わりだな。だが、敵ながらその健闘ぶりは称賛に値する。名前だけは覚えておいてやろう。貴様の名は?」


「……逢沢薫。あなたを倒す者だ」


「ほぅ、まだそんなことが言えるのか。本当に素晴らしいぞ」


「それは違うよ。まだ言えるんじゃない。今だから言えるんだ」


「それはどういう――ッ!?」


 男の右手は電撃でも受けたように聖剣に弾かれる。

 痛みで右手を抑え、自分を拒んだ聖剣を睨みつけた。


「一体何がッ!」


「賭けに……勝ったってことかな」  


「貴様の仕業か! 一体俺に何をした!」


「僕と言うよりはあなたの聖剣だ。あなたは言った。聖剣“デュランダル”は選ばれた者にしか使えないと」


「それがどうした?」


「あなたは見捨てられたんだよ。その聖剣に」


「馬鹿なッ!? そんなはずはない! 俺よりも適している者が現れたというのか! このタイミングで!!」


 男は表情を歪ませて叫ぶ。

 さっきまでの冷静さは消えており、混乱と怒りで我を失っているように激昂している。

 

「その通り、適している者が現れたのさ」


 薫は手をかざす。

 すると、地面に落ちた聖剣は震えだし、磁気によって引き寄せられるかのように薫に飛んでいく。

 薫はその聖剣を掴み、


「ほらね」


 笑みを刻む。

 一体何が起こっているのか理解できないまま、男は思考を巡る。

 何故、奴が聖剣に選ばれたのか?

 何故、このタイミングなのか?

 何故、奴はこれを確信していたのか?

 何故、奴は平気な顔で立っている?


「さっきまで瀕死だったはずだ! 魄籠も枯渇していたはず。なのに何故だ! 何故貴様からマナを感じている!」


「単純だよ。大気中のマナを集めているだけさ」


 通常、恩恵者がマナを使えば、肉体は大気中のマナを集めて魄籠を満たそうとする。そうやって恩恵者はマナを回復させるのだ。

 しかしそれは微々たるもの。魄籠からマナが無くなる程、大気中のマナの吸収量は大きいが、それでもと言ったところだ。

 だが、薫が体内に取り込んでいるマナの量は異常だ。


「どういうことだ。まさか貴様、本当は天恵が使えて隠していたのか。マナを補充する天恵。だが、例えそうだったとしても、聖剣が使用者を乗り換えた説明にはならん。つまり、この土壇場で天恵が……いや、それこそあり得ない。練度上げは魔族を倒すか恩恵者を倒すかしないと出来ないはず。クソっ、何が起こっている!」


「何がって、さっきあなたが言ったとおりだよ。僕は練度上げしたんだ。あなたを相手にね」


「あり得ない!? 俺はこうして生きている。練度上げなど――っ!?」


 その時、男は薫の行動を思い返す。

 効かないと分かっていながら、無暗に恵術を行使する薫。その時は対抗手段がないからせめてもの足掻きだと思っていたのだが。


「いや、それもあり得ない。恵術発動による練度上げが効果を発揮するのは練度が100以下の時だ。それ以降は徐々に伸びしろは無くなり、練度2500を超えれば完全に伸びなくなるはずだ。貴様の今の練度が5000を超えたのなら、少なくともさっきまで練度4500は超えていたはず」


「確かに、普通ならこの状況で練度を上げる手段は無い。でも、僕は別なんだ」


「どういうことだ!」


「あなたの天恵を教えてくれたお礼に、僕も種明かししようか。聞いたことあるかな“勇者の素質”って言葉」


「なん――!?」


「知っているようだね。なら話は早いよ。僕にとって練度の成長速度は現練度に関係しない。だから練度5000手前だったとしても、恵術を使えば練度は上がる。ま、効率が悪すぎることに変わりないけどね」


 だから薫は言った。賭けに勝ったのだと。

 聖剣を持ち、天恵が使える相手に、この方法では時間がかかりすぎる。練度を上げきる前に殺される可能性があるからだ。

 

 薫は聖剣を構える。

 重さはそこそこ。だが、聖剣と言われるだけの力は感じる。

 刀身の先にある、男の動揺した顔を見据えて、


「その賭けに勝利して得た僕の天恵が、あなたが抱いている疑問の残りすべてを解決する」


 男はただ黙って薫の話を聞いていた。

 疑問を解決しようと脳を使い、喋るという行為に労力を回せていない。

 

「【絶対的優先権アブソリュートプライオリティ】。これが僕の天恵だよ。僕が望んだものはどんな状況だろうと優先される。それは大気中のマナだろうと、聖剣の使用権であろうともね」


 この時、男は理解した。

 聖剣が薫を選んだのではない。薫が聖剣を選んだということ。

 マナの回復速度が異常なのも、周辺にいる人が本来取り込むはずのマナさえも、薫に集まっていっているからだということ。


「クソッ、例え天恵を得れるとしてもそんな都合に良い天恵を得る保証などない。賭けに勝った……大した幸運だな」


「そうでもないさ。確かにどんな天恵を得るかは分からない。僕もまさかこんなにも良い天恵が授けられるとは思っていなかったからね。それでも確信はあった。僕の天恵は状況を打破できるものだってね」


「どういうことだ。易者の【予知】でも、天恵の内容を知ることは出来ない。【予知】で見れるのは断片的なもので、天恵を使っている状況は見ることが出来ないからだ」


「へぇ、そうなんだね。それは知らなかったよ。だけどそんな状況を【予知】してもらう必要はないんだよ。【予知】で確かめてもらえればいいのは生きているという確認が出来ればいい」


「だが【予知】で見たものが確実という保証はない。【予知】で見たものは確実に起こるとは限らない。未来を見たという事実が未来を変えるきっかけになることがあるからな」


「かもしれない。けど僕は別に【予知】で未来を見たんじゃない。ま、何で見たかは話すことが出来ないけどね」


 薫が未来を見たのはアテネの力だ。

 彼女は言った。薫が見えた未来は起こる可能性が高いと。

 恵術ではなく、権能による未来予知。確実性は確かに高い。

 その未来を変えるために薫は強くなろうとしているのだが、それに頼るとすれば薫はそれまで死なないということだ。

 

「援軍を期待できない状況であなたを相手にして生きているとすれば、僕の天恵は状況を打破できるものだということ。何せ僕には練度を上げて天恵を得るしかあなたに対抗できないからね。それ以外の不確定要素があるとすれば、あなたの自滅か幸運にも援軍の到着か。ま、どれだとしても僕に出来ることは練度上げということに変わりはない」


 選択肢は多い方が良いということはない。

 むしろ一つだけなら覚悟を決めてそれに縋るしかない。

 薫の行動に疑問を持っていたのなら、男は正解を選択していたのだろう。

  

「虚偽による能力は恵術の使用が出来なくなる。あなたが意味がないと言っていた選択が一番重要だったということだよ」


「クソがッ!」


 男のマナが急激に上がる。

 【覚醒】を使ったのは明白だ。

 男は最後の力を振り絞って三十秒に命を懸けた。

 冷静さを欠いた男の選択は、形成を逆転されたことに気が付いていない愚策に思える。

 練度差は小さく、使用武器は薫が上。そして何より、練度が近いということは男が使用できる恵術のほとんどは薫も使用できる。【覚醒】も同じ。


「さてと、あなたに質問する。“はい”か“いいえ”で答えてほしい」


 男は最大限の速度で薫との距離を詰める。

 男に武器は無く、剣士が剣を待たずに使用できる有効な攻撃恵術は【強撃】くらいだ。

 握り拳には大量のマナが集められる。

 そして、男は空間接続によって薫の背後に移動した。


「降参してくれるかい?」


 男は背後から【強撃】によって強化された拳で薫の後頭部を殴りつけた。

 激しい衝撃。だが、薫の頭部は微動だにしない。


「黙秘……どうやらあなたは卑怯者みたいだね」


「何っ!?」


 薫も【覚醒】を使い練度を上げる。 

 だが、男が驚いたのは攻撃が一切通用していないことだ。

 例え【覚醒】を使用して、頭部を【堅護】で防御したとしても、練度差は僅かだが【覚醒】している男の方が上。

 男は全力だった。だが、薫は蚊でも刺したかと言わんばかりの反応だ。


 それもそのはず。男の拳に集められていたマナは消えているのだから。

 

「まさか恵術を使用しようと身体から溢れたマナさえもかき集めるのか」


「【強撃】みたいに直接僕に触れるような恵術しか使えないけどね。それにかき集めると言っても魄籠が空に近い状況じゃないと大した効果は期待できないけど。でもま、今の僕に恵術は効かないと言ってもいいよ」


「っッ、クソがッ!」


 男は顔を歪ませながら脚にマナを集めて蹴る。

 結果は変わらない。回復力が高いと言ってもマナが少ない現状では、男から溢れたマナのほとんどを天恵で自分の物に出来る。【堅護】で身体を守れば全く効かないほどに。


「もう一度聞くよ。降参……してくれるよね」


 悔しさで顔を歪ませながらも、男は膝をついて俯き、


「…………降参だ」


「嘘じゃないか。あなたが正直者で良かったよ」


 薫は勝利を得た笑みを男に向けた。

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