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68・嫉妬

新年明けましておめでとうございます。

今年も何卒宜しくお願い申し上げます。

 優希が鬼一達と水の都で合流していた頃、帝都では建国祭に向けて準備が進められていた。

 皆が明日の祭典を待ち望みながら準備をしているというのに、王城の中、騎士団の屯所では緊張した空気が流れていた。


「以上が各員の配置と流れになる。何か質問は?」


 金色の髪を輝かせて、概括的な地図と分刻みのスケジュールが書かれた黒板を背に、鋭い眼光で眼前の騎士達を睨みつける。

 

 騎士団屯所の会議室。バスケットコートと同じくらいの広さの会議室は、入り口の反対側に壁の端から端までふんだんに使った黒板が取り付けられて、木製の長机がいくつも並べられている。

 部屋にいるのは五十二近くいる騎士団と、帝国軍衛兵の幹部達が、全席を埋め尽くしていた。

 獅子に睨まれるような瞳を正面から受けた騎士達は沈黙。作戦を全て理解し、自分の役割を判断した結果の対応。

 

「すみません団長」


 手を上げづらい重々しい空気の中、ハキハキとした少女の声が部屋の真ん中から際立って響いた。

 明るい髪色をしたポニーテールが、彼女の動きに合わせて左右に揺れ緋色の瞳が輝く少女。

 挙手された方を見たブロンドヘアの青年ウィリアムは、翡翠の瞳を少女に向ける。


「何だいティファ部隊長」


 名前を呼ばれたティファは、落ち着いた感じで立ち上がる。

 善意や純粋を意味する純白の騎士服を身に着けて、背中には穂先を下に向けてショートスピアを身に着けている。

 周りと比べても一際若々しい彼女は、最前列の左端に座る少年を睨みつける。


「団長のご慧眼を疑う訳ではないのですが……その男、本当に信用できるのでしょうか?」


「ティファ部隊長は彼がこの作戦に参加することが心配かい?」


「当り前じゃないですか。いくら召喚者とは言え護衛任務に関しては寡聞のようですし、私が申し上げるのもどうかと思いますが年齢も若い。戦力の追加としてはともかく、彼が担うのは姫様の護衛という重大な役目。作戦を危惧しているのは私だけではありません」


 力強く胸襟の意見を奏上するティファ。

 彼女が鋭い眼光で睥睨するのは、騎士服を身に着けていない爽やかな青年。

 

「そうか。では、彼の実力を証明できれば問題ないんだね」

 

 得意満面な笑みがティファと、曇った表情をした騎士たちに向けられる。

 ティファはその笑みに後退りそうになるが、ここまで言ってしまえば引き下がれないと覚悟を決める。


「団長! この男との決闘を承諾してください!」


 口を挟む隙も無く展開が進んでいき、話題の青年――逢沢薫(あいざわかおる)は時間の流れに置いてかれて、


「……ぇ、決闘?」


 間抜けな声が緊張した空気に溶けていった。




 ********************




「なんでこんなことに……」


「すまないねカオル。オレにもうちょっと人望があれば良かったんだけど」


 ウィリアムの軽い謝辞に薫はそんなことないよと両手を振る。

 場所は壁に挟まれて狭苦しい螺旋階段を長々と降りた末に辿り着く地下の修練場。城内にある修練場と違い、ここは避難施設も兼任している。

 緊急時に備え一ヵ月分の備蓄と最低限の施設が完備されていて、時々、騎士団が修練場として使用している。主な用途は公にできない決闘。今回のような事態が生じたときにこの場所を使用する。


 景観としては洞窟の中のような感じだ。ごつごつとした天井に埋め込まれた輝石の少し暗めの橙色が照らし、床は大理石の床で整備されている。

 その中心は、半径三十メートルほどの感覚を空けて、高さとしては薫の胸元くらいまでの高さがある石の柵で囲っていて、修練場と言うよりは闘技場に近い感じだ。

 

「まぁ軽く付き合ってもらうと助かるよ。今はつんけんしているが根はいい()なんだ」


「彼女の機嫌を損ねることしたかな……」


 溜息交じりに先行きの不安を感じる薫に、ウィリアムはティファを見据えて、


「ティファはオレに憧れて騎士団の採用試験に来てくれたんだけど、入団してからも若いし女性と言うこともあって他の団員から下に見られることが多かったんだ。ま、彼女は真面目だからね。人一倍努力を重ねて今は部隊長として信頼に値する存在にまでなった訳だけど」


「なるほど。自分が信頼される立場になるまで僕の想像が及ばないくらいの努力を重ねてきた彼女にとって、ぽっと出の僕が重役を担されることが気に入らないんだね」


「それもあるだろうけど、ティファは私情だけで行動するような()じゃない」


「分かってるよ。これは彼女なりの気遣いだよね」


 薫の存在をよく思わない人は当然いる。

 ウィリアムのお墨付きとはいえ、その実力を知るものはいないに等しいからだ。

 彼女は自ら名乗りを上げて、薫の実力を証明しようとしている。私情よりもそちらの方が彼女の行動理由としては大きいだろう。


「ま、僕の為と言うよりはウィリアムの為だろうけど」

 

「オレの為?」


「ウィリアムの眼が節穴じゃないことを証明したいんじゃないかな」


 魯鈍な表情を浮かべるウィリアムに薫は笑いかける。

 そろそろ行かないと、時間が経つにつれてティファは不機嫌になっていく。


「彼女は強いよ。実力だけで言えば騎士団でも三本の指に入るくらいだ」


「雰囲気で何となく察せるよ。幻滅されないように頑張らないと」


 ウィリアムは薫の変化を口調や表情から感じていた。

 以前の薫は自分に自信が持てず、余裕のない動作が如実に表れていたが、今は違う。

 冷静に、それでいていい具合の緊張感を持っている。

 実力に見合う心構えを薫は身に着けていた。


 石の柵を飛び越えて、いつでも初めてもらっていいと言わんばかりに立っているティファと相対する。

 ウィリアムの視線を背中から浴びつつ、薫は中央へと歩いていく。


「あ、そうだ」


 唐突に足を止めた薫は、何かを想起したのか、首だけで振り向いてウィリアムに笑いかけた。


「公の場以外では彼女の事部隊長じゃなくてティファって呼ぶんだね」


「……似合わないかい? 彼女は妹みたいなものだからね。もしかしたらティファを応援してるかもしれないな」


「アウェイ感凄い戦いになりそうだ」


 冗談を溢しつつ、薫は睨みを利かすてティファと数メートルの距離まで近づいたところで足を止めた。

 女性用に特注した騎士服。そして扱いやすい体躯に合った槍。

 黒い柄と銀色の穂先。それは衛兵などが使用している普通の槍で、屯所で彼女が背負っていた槍とは違うようだ。


「あれ、その槍でいくの?」


「武器の性能を理由に後でグチグチ言われたら面倒なので。あくまでこれはあなたの実力を図るための決闘。武器の性能よりも本人の実力を優先するなら、対等の武器を使わないと」


 ウィリアムの言う通り、彼女はとても真面目ようで。

 彼女の持っていた槍は部下と思われる一人が大切に扱っている。

 深紅の柄にはルーン文字らしきものが刻まれていて、同色の穂先は鋭く光る。禍々しい存在感を放つそれは、明らかに通常の武器より突出していて、何らかの神器であることを判断した。


「聴いたところによると、あなた天恵はまだ使えないみたいね」


 薫がその気になればいつでも天恵を手に入れる段階までは練度を高めている。

 “勇者の素質”を授けられた薫が本気で練度上げすれば彼女を追い越すことなど容易だ。

 

「ルールは至って簡単。範囲はこの柵の中。天恵の使用は禁止、恵術は構わない。時間無制限でどちらかが敗北を認めるまで終わらない。どう?」


「僕はそれで問題ないよ」


 薫が決闘の内容を承諾すると、彼女は手馴れた感じに穂先で円を描いて槍を構える。

 半身に構える彼女の覇気が、薫の五感を刺激する。

 背負う両刃の剣を抜いて、空気を切り裂く一振り。


 お互いに準備が出来たことは放たれる雰囲気から、この場にいる全員が理解し、エキシビションに近い決闘だが、本当の殺し合いのような殺気が感じられて、団員の何人かが固唾を呑んだ。


 薫の構えはどこかウィリアムの構えと似ていた。

 右の爪先は相手に向けて半身に構え、片手で剣を持って、もう片方の手は融通が利くように自由にしてある。


 一定のリズムで呼吸を刻み、剣を基準に彼女との間合いを計る。

 心理的に優位を確立させようとしているのか、薫から笑みがこぼれて、


「何時でもいいよ」


「では……遠慮なくッ!!」


 ――――――ッッ!!


 先に動いたのはティファだ。

 槍兵の機動力は理解していたつもりだが、狭い空間で間合いを詰められた時の迫力は凄まじい。

 容赦なく、彼女の切っ先が薫を射抜く。動作の緩急に眼が慣れなかったが、それでも彼女の一突きは視認出来て、両刃の剣でいなし軌道をずらす。


 修練場に絹を引き裂くような鋭い音が響き渡る。

 ティファの一撃眼は見切られて、鋭い穂先は薫の顔の横を貫いた。

 彼女の表情に動揺は見られない。ここまでは予想通りと言ったところか。


 槍出薙ぎ払おうとしても、薫の剣は微動だにせず、彼女は二、三歩後ろに下がり、もう一度鋭い突き。

 全て顔面に狙いを定めるも、彼女の突きは最小の動きで躱される。


「眼は良いようですね。防御ばかりで攻めてこないあまりまだまだですけど」


 突き、叩き、薙ぎ払い。

 穂先が円を描くように槍を扱いながら攻めの一突。点と線を活用した優雅且つ鋭い槍術に、薫は感心の一言。


「素早い戦闘に対応できるだけの勘の良さと、それに見合った身体能力。練度的には私が上と言っても、やはり召喚者の優位性は大きいようですね」


「部隊長に褒められるなんて光栄だよ。じゃあ僕の実力は証明されたってことでいいかな?」


 落ち着いた口調で言う薫。

 そんな彼にティファは一度距離を取って、最初よりもさらに低く構えた。


「まだこれからよ。準備運動はこれくらいにして、そろそろ本気でいきます!」


 言い切って、彼女は残像を刻んで優希の視界から姿を消した。

 僅かな跫音さえ、戦闘の緊張感で研ぎ澄まされた薫の五感は確かに読み取った。

 音の発生源は背後。身体を捻って横に避けると、薫のいた場所に針に糸を通すかのような精密な一突きが薫の残像を貫いた。


 初めて見た槍兵の【神速】。あまりの速さに今の薫の動体視力では時間が飛んだように錯覚してしまう。

 咄嗟の回避に崩れかけた態勢を細かい足取りですぐさま整え構えなおす。


「ふぅ~……槍兵の機動力。初めて対峙したけど厄介だね」


 安堵の吐息を漏らして、薫はティファに笑みをこぼす。

 言葉では危ないと言いつつも、彼から心の余裕が感じ取れる。

 召喚者の事は噂程度に聞いている。今回の召喚者はこことは比べ物にならないほど平和な場所から召喚されたということ。

 

 自分がこの場所に辿り着くまで、どれほど努力を重ねたか。

 彼は、彼らは何気なく生活をしていただけなのに、神に認められ、資質と才能を持っている。

 これは嫉妬だ。そんなことは分かっている。ウィリアムの判断が間違いじゃないと証明するために決闘を仕掛けたが、やはりどこか気に入らない。

 だからせめて、彼に一泡吹かせてやりたい。


「はぁあッ!」


「くっ――」


 【神速】によって視界から消えるティファ。

 完全に彼は私を見失っているはず。なのに――


「よっと――」


「たぁ!」


「危なっ!」


 何故彼に攻撃が当たらない。

 いなされ、躱され、隙が生まれれば容赦ない剣戟が彼女の首を刈り取ろうと迫りくる。

 一泡吹かすところか、彼はまだ剣士の恵術すら使用していない。【堅護】による補強で多少のマナを消費しているだけだ。


「はぁはぁ……」


 天恵は使わないと言った以上使う訳にはいかない。

 彼女は騎士だ。正々堂々と挑み、二言は許されない。だからこそ、今抱いている負の感情が更に彼女を苛立たせ、


「……ぁはぁあ――――――きゃあ!?」


 結果、この場にいる誰もが彼女らしくないと思うような単純な動きをしてしまう。

 薫が剣を振り上げて、接触の衝撃に耐えかねた彼女の両手が槍を手放す。

 後ろに崩れて尻餅をつくティファの背後に、宙を舞った槍が突き刺さり、床に弾かれて倒れる。


「いたたた…………」


 両目を閉じて、臀部の痛みを抑え込んだ彼女は、顔を上げて目を見開くと、鋭い剣先が彼女に向けられていた。

 眉間に鋭い感覚を感じさせる切っ先から、それを持つ少年の顔に焦点を当てる。


「僕の勝ちってことで良いのかな?」


 剣を引き、反対に手を伸ばす。

 一瞬だけ、悔しさを表情に表しながら、彼女は薫の差し出す手を無視して立ち上がり、


「私の……負けです」


 部隊長の敗北に、不満を抱いていた全員が、取り敢えずではあるが彼の実力に納得の意志を示した。


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