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65・生きて

 異変。

 それはいざ目の当たりにすると恐怖以外の何者でもなくて。


「…………」


「……ぁ、がっふ……ぅ――」


 心臓を貫かれた布谷は、気泡と共に血を吐き出しながら、着実に死の世界に足を踏み入れようとしていた。

 まだ息がある。心臓を貫かれているが、恩恵者の生命力と、魄籠を心臓の代わりとして機能させればまだ助かるかもしれない。

 恩恵者にとってマナは第二の血液、魄籠は第二の心臓だ。扱うものは違えど、循環器という点では同じ。

 なら、魄籠が心臓の代わりも務まるかもしれない。


 これはアルカトラの医学界で何度も論文を発表する者がいたが、誰一人実際に成し遂げることは出来なかった。

 だが、理論上は可能。なら、試すしかない。


 皐月は花江の異変を理解するよりも先に、布谷を助けようと行動に移していた。

 駆け寄り、布谷の身体を仰向けにすると、傷口を確認する。

 血肉の穴から見えるものは、潰されて決して治せるものではない。【治癒】を使っても傷は塞げるが失った血液は戻らず、潰された心臓を復活させることは出来ない。


 だから賭ける。

 やってみせる。心臓部に魄籠を移植。【治癒】で傷を塞ぎつつ行わないといけない為、集中力を求められる。

 当然、それはこの場所で、この状況で行えるものではなくて。


「…………」


「きゃぁ!?」


 手術を始めようとする皐月を、花江の脚が弧を描いて皐月を吹き飛ばす。

 倒れて喋ることすら出来ない布谷は、光を失いつつある瞳で、変わり果てた花江を見つめる。

 そして――――


「ッぁ…………」


 短剣を、今度は魄籠に抉り込ませた。

 生気が消え、息絶えるのを皐月は、腹に感じる鈍い痛みを耐えながら、自分のいたらなさで血が滲むほどに下唇を噛む。

 間に合わなかった。助けられなかった。

 また、自分は何も。


 後悔と自嘲の渦に飲み込まれながら、皐月はそのまま気を失う。

 下から呼びかける鬼一に、最初に返答を返したのは優希だった。


「花江さんの様子が! 突然暴れだして!」


「なに? ジークそっから飛び降りろ! 受け止めてやっから!」


 言われるがままに優希は水蓮石の橋から飛び降りて、鬼一のいる橋に移動する。

 鬼一に受け止められた優希は、焦っている風に状況を説明した。


「花江さんが突然布谷さんを! 皐月さんも気絶させられて!」


「どうなってんだ。アイツがそんなことする訳が――」


 受け止められない現実を、認めさせようとする一矢が、鬼一に襲い掛かる。

 咄嗟に躱す鬼一は、複雑な表情を浮かべて、矢を放つ花江を見る。

 無表情で、何かに操られているような彼女を。


「一体何があったってんだよ花江!!」


「…………」


 鬼一の呼びかけすらも彼女には届かない。

 上を取った花江は弓兵。地の利はあちらが上。この状況を活かした戦法は、鬼一を本気で殺そうとしていることの証明だ。


「くそっ! 何があったんだマジで!」


「そういえば、私達が会った敵が花江さんに何かしてました。もしかしたらそれで――」


 敵に何かされたなど嘘も嘘。何かしたのは敵ではなく優希自身。いや、優希を敵とするならば、あながち嘘ではないかもしれない。

 そんなことを思いながら、優希は鬼一と共に降り注ぐ矢から逃げ回る。


 このままだとまずい。どうにかして花江を落とし、一刻も早く無力化して正気を取り戻さなくては。

 鬼一は刀を抜く。ここはコルンケイブの中心部。つまり水蓮石の硬度はそれほどでもない。

 なら、


「斬り落とす!」


 軟質な水蓮石は鬼一の斬撃を受け入れた。

 マナを斬撃に変えて飛ばし、花江のいる水蓮石の橋を切り崩す。

 足場が崩れた花江は宙を舞い鬼一達のいる橋に着地する。布谷の死体を打ち付けて鬼一の表情を歪まし、気を失った皐月は優希によって受け止められる。

 水蓮石の瓦礫が、鬼一達の足場すらも崩そうとしており、小石程度に欠けた水蓮石の破片が、更に下にいるメアリーの頭に当たる。


「痛っ! アイツ、私が下にいることに気付いていないわけないだろうな。危ないしここからじゃどうなっているのかよく見えない」


 メアリーの視界には今にも崩れそうな水蓮石の橋。

 その上では激しい攻防が繰り広げられていた。間髪入れず飛んでくる矢を打ち落とし、徐々に近づこうとしている鬼一と、鬼一の救助を的確に狙い撃つ花江。


 鬼一の背後で見ていた優希は、動揺した表情を繕いながらも、心中では笑いをこらえるのに必死だった。

 優希が花江に送信(アップロード)したのは〖思考命令(マインドプログラム)〗という権能能力だ。

 〖行動命令(アクションプログラム)〗は肉体に命令を下し、自分の認識を無視して条件を満たすと身体を反応させる力を持つ。

 〖思考命令(マインドプログラム)〗は肉体ではなく、脳に直接命令を下す。〖行動命令(アクションプログラム)〗同様複雑な命令は出来ないが、精神を乗っ取る為に操られている自覚すらできない。


 〖行動命令(アクションプログラム)〗が肉体の反射を司るならば、〖思考命令(マインドプログラム)〗は洗脳だ。〖行動命令(アクションプログラム)〗と違い単純な命令でも、確実に実行できるよう考えて行動する。

 鬼一が苦戦しているのはそのせいだ。もし花江に仕掛けたのが〖行動命令(アクションプログラム)〗なら攻撃パターンが読まれて、すでに接近を許しているだろう。


 だが、洗脳されている彼女は鬼一を殺す為に知恵を使う。工夫をする。

 だから鬼一には、花江が自分の意志で襲ってきているように思えてしまう。

 そう思えても無理はない。彼女は本気で襲ってきているからだ。


「消えた!?」


 鬼一すら知らない天恵【次元透過(インビジブル)】。

 瓦解して視界を奪う水蓮石に紛れて発動すれば、天恵を発動させたという事実さえ隠してしまう。 気配すら消してしまう花江の天恵は、鬼一の動揺を容易に誘う。


「…………」


 四方八方あらゆる方向に目を凝らすも、彼女の姿は見えない。

 だが、突如として出現する鉄鏃には攻撃的な気配を生む。


「っ!?」


 後ろから迫った矢を紙一重で躱す鬼一。

 彼女の姿が消えたと思えば、矢だけは姿を現すという状況に混乱してしまう。

 彼女の手元から離れたものは天恵の効果範囲から外れるのか。便利だな。

 そんなことを思いながら、優希は事の成り行きを楽しむ。


「【穏姿(おんし)】……じゃねぇな。コルンケイブで天恵を得たのか。気配すら感じない天恵。厄介だな」


 次々と襲い掛からる百矢を躱しながら、何とか状況を打開しようと思考を巡らす。

 花江の弾切れを待つしかないのか。

 しかし、それまでこの掃射を躱し、防ぎきれるかどうか。


 圧倒的不利な状況。花江の天恵は、弓兵と相性が良すぎている。

 敵の攻撃は当たらず、自分の矢は実体化する。

 弓兵の放つ矢は自由自在。飛んでくる方向から場所を特定するのは難しい。

 

 打つ手がない――――訳ではない。

 一つ、賭けだが打つ手はある。それはこの場所に眠るであろう宝刀“蒼月”。

 アルミナの伝説では滝を切り裂いたとの音だが、本当にそれだけだろうか。

 正直、滝を切り裂くなど伝説で語り継がれるほどでもない。凄いことには変わらないのだが、それぐらい剣士の恩恵者である鬼一でもできる。


 それ以外に何か特別な力があるはずだ。

 それがこの状況を打開するカギになるかもしれない。

 そして、“蒼月”を探し出せるのはただ一人。


「ジーク! 俺が時間を稼ぐから、お前は“蒼月”を探し出せ! 早く!!」


 優希としてはもう少し見ていたいが、ここで“蒼月”を探すことを拒むのは怪しまれる。

 勿論、優希は花江に鬼一を殺させることを望むため、例え見つけたとしても鬼一には渡さない。

 どこかで捨ててしまおう。いや、探すふりして雲隠れしてもいいが、メアリーをどこかで回収しなくてはならない。


「は、はい! でも……」


 いや、“蒼月”は鬼一に渡そう。何故なら“蒼月”は鬼一なら一瞬で回収できる場所にあるからだ。

 優希としても“蒼月”は欲しい。それに、“蒼月”を手に入れて、鬼一と花江がやりあうならそれはそれで、


 ――面白いかも。


「鬼一さん上です! 上に“蒼月”が!」


「上? あの中か!」


 鬼一が頭上を見上げると、巨大な水蓮石の氷柱。

 逆円錐のそれは、“蒼月”の場所を示す水蓮晶石で出来たもので、所々に散らばる水蓮晶石がその場所に集まってきている。


「よっしゃ! 【七星剣】!」


 水蓮晶石の氷柱に、光り輝く七星の道筋。

 それを鬼一の白刃が斬り辿る。

 優希の強化された動体視力でも残像を追うしか出来ないほどの凄まじい剣速で繰り出された恵術。

 水蓮晶石の巨塊が、七星の切り傷から破壊される。


「あれが……」


「……“蒼月”か」


「……ふむ、まったく見えん」


 切り刻まれた水蓮晶石から白銀の光が漏れる。

 自然と目を引き寄せられる宝剣。中反りの鎬造の刀身に刻まれる乱れ波紋の輝き。

 輝きは洞窟内を照らし、鬼一達が立つ水蓮石の橋が大きな影を生む。勿論、その下にいるメアリーは一切見えない。


 光の根源に手を伸ばす鬼一。

 肌で感じるマナの波動。切られるような鋭い雰囲気。

 

「神器……宝刀“蒼月”。力を貸せ!」


 銀光の剣を掴む。

 分かる。伝わる。この剣が、この神器がどういうものなのか。

 鋭い切れ味。それに見合った硬度。マナの伝達が流れるよう。

 そんなものではない。大業物の剣ではなく、神器たりえる能力が秘められている。


「真実を照らせ――“蒼月”!」


 白銀の輝きが、マナの靄を映し出す。

 鬼一はそこを確信をもって切り裂いた。


「そこか!」


 右薙の一閃。

 【次元透過(インビジブル)】は物理攻撃どころか、マナの攻撃さえも透過する。

 そのはずなのに、


「――――やっと姿を見せたな」


 鬼一の一振りは彼女を切り裂いた。いや、彼女を別次元に隠していたマナの鎧の身を切り裂いたといった感じだ。

 優希は“蒼月”に【鑑定】を仕掛ける。

 脳裏に刻まれる文字の羅列。


 “蒼月”――使用者の斬りたいものだけを斬ることが出来る刀剣。聖なる輝きは使用者の求める物を映し出す。


 相変わらずシンプルな情報の提示。

 鬼一にとってはこれ以上ないほどの能力だ。唯一、彼女の天恵に立ち向かえる神器。

 もはや花江の天恵は鬼一に通用しない。そうなれば、鬼一は絶対に負けない。


 優希が愉悦の時間と思って整えた舞台は、予想よりも早く終幕へと向かった。

 魄籠からマナが枯渇した花江は立っていることすらままならず、鬼一は“蒼月”を片手に花江を睨む。

 殺意剥き出しの花江に対して、鬼一の睥睨が持つ意味は疑問。


「なんでだ。なんでお前が……」


 自分に襲い掛かるだけならともかく、布谷が、友人が死んだ。

 彼女の真意が読み取れない。彼女から言葉にしてもらわないと納得がいかない。

 勿論、どんな理由があろうと、仲間を一人殺されたことに変わりはなく、それを許せるかどうかも分からない。


 けれど――


「頼むからお前の本心を話してくれ……もう一度、お前を救うチャンスをくれよ」


 彼も苦しんでいたのだ。

 自分の軽はずみな行動で、花江は再び籠の中に閉じこもってしまったことに。

 鬼一は気付いていたのだ。彼女が屋上にいたことを。その理由も薄々気付いていた。


 だから鬼一は彼女を助けようと屋上へ向かった。

 偶然を装って。


 今思えば、ここで自分も本心を打ち明ければ、この状況も変わっていたのかもしれない。

 軽はずみな行動で、互いに気を遣うようになって、近づき始めていた距離が最初より遠くなって。

 その結果、自暴自棄になって、彼女が何も言わないことをいいことに好き勝手やって。


「わ……わた、わたし、は…………」


 涙が零れる。

 バグでも発生したかのように、記憶にノイズが走る。

 何故自分はこんなことをしているんだろう。何故自分は、大切な人を傷付けようとしているのだろう。何故、何故。


「あ、あな、たを…………」


 殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね…………………………………生きて――――。


「なッ!?」


「――――ぁっ!」


 護身用の短剣で鬼一に迫り、そして心臓を貫く。自分の心臓を。

 鬼一の肌を朱色に染める花江の血。生温かい感触が、この世界との乖離を感じさせていた。

 彼は私を殺さない。私は彼を殺したくない。なら、私を止めて、彼を救うなら――――


 私が私を殺すしかない。

 

「な、んで、こんな事……」


「…………フッ」


 血潮の床に倒れる花江。駆け寄る鬼一は混乱している。

 温かい感触と、冷たい肉体。死ぬ。死んでしまう。自分が救いたいと思っていた、助けたいと思っていた相手が、目の前で、死ぬ。

 

 指先が震える。

 考えることを放棄し、彼女の名前をただただ叫ぶ。

 そんな鬼一の腕に包まれて、花江は状況に似合わない優しい笑み。

 遠のいていく意識の中で、彼女は思い人に手を伸ばす。

 

 鬼一の頬を指先でなぞり、彼は頬に触れる優しい感触を掌で包む。

 彼が今、どういう心境でいるのか、自分の手を包む力強い感触で伝わる。

 

 男の子の手ってなんだか安心する。いや……翠人の手、だからかな。

 私はずっと、彼に大切にされてたんだ。 

 今度こそ伝えなければ。もう時間が無い。今しかない。

 私の、私がずっと言いたかったこと。

 ごめん……違う。これじゃない。私は、私が言いたいのは――――



「………………あ、りが、とう……――――――――」



 大好きな恩人の腕に包まれて、その言葉を最後に彼女は籠の外へと飛び立った。

 やり遂げたような、満足げな笑顔を浮かべて――――――――。

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