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56・出発

 それから三日が過ぎた。建国祭の賑わいは激しく、今もその余韻が残っている。

 建国祭から一夜明けた今も、アクアリウムの住民は建国祭の後片付けに追われ、違う意味で賑わっている、

 そんな中、優希達は超級魔界『コルンケイブ』に水蓮石を採りに行くため、ココルル山脈へ出発していた。

 

 竜車が使えない都内は徒歩で移動し、外に出てからは竜車で向かう。

 先頭から布谷と花江、そして優希達三人と最後尾に鬼一と一夏といった形で竜車を準備している場所に歩いていた。

 

「おい一夏……なんかゲッソリしてっけど大丈夫か?」


「ダイジョウブ……モンダイナイ」


「メアっち屋台何軒制覇してたっけ?」


「二十七軒。それぞれ全メニュー完食。ただでさえ金遣い荒くて貯金のない一夏が全部奢りの条件飲んだ結果ね」


 持ち金が消え、最後尾でとぼとぼ歩く一夏に、布谷と花江が昨日の出来事を思い出しながら解説を加える。

 鬼一に同情の眼差しを向けられる一夏に、その前を歩いていた優希が首だけで振り返って、


「遠慮知らずな奴ですまないな。コイツが食った分は請求してくれて構わないから、仕事はしっかりやってくれよ」


「遠慮知らずとは失礼な奴だな。最初から全部奢りの約束だったんだ」


「にしても限度ってもんがあんだろ。ちょいちょい見てたけどあれは軽く引くぞ。焼きそば屋のおっさんなんか逆に笑えてきたのか滑稽な表情してたぞ」


「そんなものは知らん。三日前にいろいろあってむしゃくしゃしてたから祭りで晴らすって決めてたんだ。それに、不用意に発言したアイツの問題だ」


「まぁメアリーの見た目で大食漢なんて想像つかないからね。なんていうか……お疲れ様日向君!」


 建国祭で上手く距離感を掴んで少し軽い口調に変えた優希の言葉に少し不機嫌気味になるメアリーと、同じく同情の眼差しで慰労の言葉を投げかける皐月。

 そんな彼らの反応に一夏は「同情するなら金をくれ」とでも言いそうにするが、そこはぐっと飲み込んで、


「むしろ、こんな美人とデートできたんだ! 安いもんだぜハッハー!」


「血涙出てっけど……まいいや。それより、本当に西願寺達もついてくるのか?」


 一夏の問題はさておきと、鬼一は前を歩く皐月とメアリーに向けて訊ねた。

 優希の同行は“蒼月”の入手に必要だ。だが、皐月とメアリーに関しては必要ない。皐月の恩恵は魔導士で回復要員としては役立つが、布谷も魔導士で回復要員には不足していない。

 メアリーに関しては恩恵不明の少女。何が起こるか分からない超級魔界に連れて行きたくないのが本音だ。

 それについて二人は、


「自分の身は自分で守るから気にするな。少なくともこいつよりは強い」


「私もジークさんが危険なところに行くのに一人残るわけにはいかないから。それに練度的にはジークさんより強いよ」


 二人が二人とも優希よりは強いと公言する。皐月に関しては眷属プレートを見れば強さは分かる。だが、メアリーに関していえばプレートは書類によって作ったものだ。マナによる自動更新がない以上、簡単な昇格試験を受けなければプレートは最初の銅色のままだ。練度も当然書かれていない。


 つまり、メアリーには強さを証明する手段はない。メアリーが持っているプレートは試験の内容から判断された銀色のプレート。練度で言えば1000から5000の実力だ。

 そして、マナではなく手続きによって作成した眷属プレートには練度は書いていない。銀から金に変更するには簡単な昇格試験を受けなければならない。

 金色なら問題ないのだが、銀色の場合練度3000以下の場合もある。当然3000以下なら連れて行かない。瘴気にやられて邪魔になるだけだからだ。

 

「瘴気に関しては問題ありませんよ。正確な練度は分かりませんが、魔界には以前は言ったことがあるんで。もちろん、メアリーも一緒に」


 判断に困っている鬼一に優希が問題ないことを話す。勿論、ノマルドでも一緒にいた皐月が瘴気に関しては大丈夫だと証明も出来る。

 練度3000以上なのは理解できた。後は実力の証明だ。


 魔界に行くのに練度3000は当たり前。だが、超級魔界に行く以上練度3000では当然死ぬ。

 そして、メアリーの言っていることが本当だとしても、ジークの強さが基準な以上なんとも言えない。

 

 鬼一の中で優希という少年は、鑑定士の商人だ。戦闘面は考えない方がいい。

 超級魔界に出向くならそれなりの心得はあるのだろうけど。


「なぁジーク、メアリー。お前ら天恵って使えるか?」


 天恵が使えれば練度5000以上は確定だ。

 鬼一の質問に優希は、メアリーは、数秒黙考してから、


「いいや、残念ながら天恵の方はまだ……」


 優希の言葉にメアリーも首を振って同調する。

 だが、優希は「それでも」と繋げて、


「彼女の実力は大丈夫ですよ。むしろ、連れて行かない方が面倒なので……」


「……はぁ、わぁったわぁった。ただ危ないことだけはすんなよ」


 諦めるように鬼一は歩いていく。優希の隣を通り過ぎ、足を止めていた他のメンバーもそれに続いた。

 ただ一人、優希のみ足を止めて先に行く彼らの背中を見つめていた。

 そして、それに気づいた皐月が振り返り、


「ジークさん、行きますよー」


 その呼びかけに優希の足は動き出した。

 その緋色の瞳は全員の背中を映し出し、


 ――【神の諜報眼インテリジェンスエーガ


 優希の天恵が静かに発動した。




 ********************




 ココルル山脈は、かなり遠くだが肉眼でも確認できた。空の色に溶け込むように聳える。

 そこへ砂煙をたたせながら向かう一台のワゴネットと並走する二匹の竜。

 ワゴネットは優希が御者を務め、後ろには皐月とメアリー、花江と布谷が向かい合うように座り、足元には荷物が積んである。

 そして、挟むように鬼一と一夏が風竜種に騎乗して手綱を握り操る。緑の鱗を纏い、爬虫類似の勇敢な顔つきの風竜種は騎手を送る。

 風の音と後ろで繰り広げられる女子トークを聞き流しながら竜を操る。

 そんな中、鬼一が優希の操るワゴネットに竜を寄せて、


「休憩を取りながら数時間で宿駅に到着だ。一泊して朝に出発、昼には山脈前の村に着く。そこで準備してから魔界攻略だ」


「了解。宿駅まで先導お願いします」


 これからの予定を確認して、鬼一は優希達を先導するために前を走り、それと同時に一夏は後ろに回る。

 すると、雑談の最中から抜け出したのか、メアリーが後ろから声をかけた。


「あとどれくらいだ? そろそろ身体がしんどくなってきた」


 優希達が走っている場所は特に整備などされていない平地。竜車が走るごとに車体は揺れ、乗っているだけで体が痛くなるのも無理はない。

 それに加え、座席は薄い布が敷かれているだけの為、振動が直で伝わる。


「もうすぐ休憩だからそれまで我慢しろ」


「大体何故こんな安物を借りたんだ。コルンケイブまでの距離なら安さより乗り心地だろ」


「これしかなかったんだ。祭りの後でほとんどの竜車は貸し出されてる。身体が痛いなら荷物の中に織物が入ってるから座席に敷いとけ。そもそも……」


 優希が前方から数秒だけメアリーの方に視線を送る。その動作にメアリーは小首を傾げて「なんだ?」と返した。

 風竜種の駿足から作られる風圧を身体に感じながら、ふとした疑問を投げかけた。


「なんでついてきた? お前は都にいても良かっただろ。あん時は面倒だと思ったからフォローしたけど、実際の所お前の実力は知らないわけだし、これから行く場所で正直お前を守りながら過ごせる自信はない」


「それについては問題ない。あの男にも言ったが、自分の身は自分で守る。それに、今回は貴様一人では心もとなくてな」


「……どういうことだ?」


「詳しいことは話せない……が、一つ忠告しておく。今回は第三の勢力が加わる可能性がある」


 第三の勢力。優希とメアリー、鬼一達に加えて不確定な連中が加わるということ。それを聞いて即座に浮かんだ疑問は三つ。

 メアリーの発言に、前方を走る鬼一に視線を向けたまま、


「第三勢力とはどんな奴だ? 何故そのことをお前は知っている? 狙いは召喚組か? それとも“蒼月”か?」


「待て待て一度に畳みかけるな。そうだな……最初の二つは答えられないが、最後の質問には答えてやろう。恐らく奴らは“蒼月”を狙っている。“蒼月”だけじゃない。奴らは全ての神器を狙っている」


「神器コレクターが相手か。ま、神器は性能も高いし、高値で売れるからな。そんな奴がいても不思議じゃないか」


 神器の力は恩恵者ではない者でも恩恵者と同等の戦闘力を誇ることが出来る。使用者の不幸な死という呪い染みた概念を除けば誰もが欲する産物だ。

 そして、売れるか売れないかの問題はあるが、売れるとすれば一市民一生分の金は手に入る為、神器を集めようとする者の存在は然程不思議ではない。

 優希の言葉に、メアリーは風で乱れた髪を軽く整えて、優希と背中合わせになるように座り、

 

「少し違うな。奴らは神器を集めてはいるが、目的自体は神器収集ではない。むしろ神器集めは目的の為の過程に過ぎない」


「神器集めのその先……帝国にクーデターでも起こす気か」


 冗談交じりに呟くと、それに関して彼女から肯定の返事が返ってきたことに、優希は一瞬だけ目を見開いた。


「そうか……で、遭遇した場合どうなる? 競争か? それとも争奪戦か?」


 帝国に反乱分子が存在するとして、その相手は召喚者と一商人をどう見るかだ。

 召喚者という立場自体は帝国の味方ではない。魔族の敵ではあり人類の味方ではあるが、帝国の味方ではない。

 そして、優希も商人としては帝国市民になるわけだが、帝国政府支持者とは一概に言えない。


 なら、確実な敵にならない相手と目的が一致して遭遇した場合、どちらが手に入れても恨みっこなしと競争することになるのか、邪魔者は排除すると抗争になるのか。

 

「そうだな……それは遭遇した時の状況次第だな。奴らにとって召喚組は味方にはしたいが、敵になった場合は殺害対象になる」


「状況か。因みにどんな状況だ」


「そうだな? 奴らと敵対関係にならない為には、この世界の秘密を知っていることだ」


 世界の秘密。それについて、彼女は一向に答えようとしなかった。断片的な情報でもと、質問の内容を変えたものの、


「今はまだ、答えることは出来ない」


 その返答しか返ってくることはなかった。

 そうこうするうちに、休憩時間だと鬼一たちは速度を落とし、優希も同じ行動をとる。

 ひたすら走り続けた風竜種は桶ごと食らうかのように水分を摂取し、優希達も腰を据えて軽食を取っていた。

 いつものように携帯食料に不満げな表情のメアリーに小声で、


「少し話したいから寝る」


 傍から聞けば矛盾したその言葉はメアリーにのみ理解できた。

 言い終えると優希は瞳を閉じる。メアリーも手に持った軽食を一気に頬張り飲み水を口に流し込んで、膝を抱えて瞳を閉じる。

 だが、優希と違って睡眠をとる為に瞳を閉じたわけではない。 

 優希の意識が睡魔によって奪われて生き、導かれる場所は夢の世界ではない。


 ――純白の園へ溶ける意識は導かれていった。

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