31・行動開始
試験を合格し、眷属の資格を手に入れてから何日経つだろうか。
優希は帝都の宿で自堕落に過ごしていた。
メアリーはそんな生活をしている優希に呆れて昼間はどこか出かけている。
「おい俺だ。あんたの欲しがってた情報持ってきてやったぞ」
強めのノックで呼びかける声に反応し、優希は部屋の扉を開ける。
そこにいたのは、勇ましい服装や髪形をした男。
ここ最近知り合った帝都一の不良のバジル。優希に喧嘩を吹っ掛け反対に袋叩きにされ、優希のパシリへとなり下がっている。
「結構早かったな。もうちょいかかると思ってた」
優希の言葉にバジルは鼻を鳴らして腕を組み、
「俺の情報網をなめんな。こちとら騎士団にも名が知れている不良だぜ。裏の情報調べるなんざ朝飯前よ」
自慢げに語るバジルを優希は適当にあしらい、
「で、どうだった?」
優希がバジルに頼んだのはクラスメイトの動向だ。
あれから割と日が経つため、『始まりの町』にはほとんどいないだろう。
アルカトラは途轍もなく広いため、適当に歩いていても出会う可能性は低いのだ。
「あんたの言う通り、『始まりの町』に召喚者は誰もいなかったぜ。全員他の都市に行ってるんじゃねぇの? けど、ここからがおいしい情報だ」
バジルが前かがみになり、優希に言い聞かせるように近づく。
「どうやら召喚者の眷属が帝都の庸人街、西区にいるみたいなんだよ」
現在優希のいる場所は南区だ。
庸人街は広い為、東西南北の四区で分けられている。
もちろん、同じ区でも遭遇する可能性は低いのだが、他の区ましてや別都市の場合は、更に時間がかかる。
バジルの情報を得て優希は考え込むようにしながら、
「分かった、もう行っていいぞ。またなんかあったら連絡する」
「おいおいそりゃねぇだろ? なんか報酬的なもんはねぇのかよ」
見返りを求めるバジルの手に優希は、朝食のパンの残りを提供した。
「裏の情報調べんのは朝飯前だろ? 朝食代わりにそれやるよ」
その対応に怒りよりも困惑の方が大きいバジルの表情はキョトンと目を丸くしていた。
そんなバジルのことなど放置して扉を閉める。
なにやら扉越しに遅めの反論が怒号となって飛んでいるが、気にせずに外に出る支度する。
行動を起こすには丁度良い時期。
クラスメイトは散り散りに行動を開始するも、まだそれほど遠くにいないはず。
それにまだ天恵を使える者など少ないだろう。
優希の方も権能の使い方やジークの身体に慣れ、今は一切違和感を感じない。
優希は準備を整えて部屋を出る。
バジルが乱暴していたのか、扉には少々傷が残っている。
受付はバジルにやらせていたので請求はバジルの方に行くだろう。
優希は宿を出る。
帝都南区は四区の中でも一番落ち着いている。
戦闘系ギルドが盛んの東区は殺伐としており、商業系ギルドが盛んの西区は人口密度が高い。
北区は食文化が発達しているため、西区同様人が多い。
対して南区は住宅地区のため、のどかな雰囲気に響く子供のはしゃぎ声が印象に残る地区だ。
そんな南区にはギルドや集会所はないので、他の三区に移動しなければならない。
竜車で移動してもいいのだが、やはり区間は離れているため、移動するなら魔道列車になるだろう。
魔道列車は、魔石や輝石を存分に使った帝都にしかない最大の魔道具だ。風竜種でも二時間かかる距離がこれに乗れば十分くらいで着く。
どこに行くのも一回銀貨三枚となっている。
これに乗り、優希はとりあえず商業系ギルドの多い西区へと向かう。
メアリーを呼ぶつもりはない。小遣い程度にいくらか渡してあるので北区にでもいるのだろう。
魔道列車は元の世界の電車ほど快適ではない。
揺れは激しく、屋根はあるが窓がないので風がダイレクトに当たる。やはりそこは発展途上なのだろうか。
だが、それほど贅沢は望まない。何時間の移動ではないからだ。
現に風景を楽しむよりも前に到着のベルが鳴る。
「ご乗車ありがとぅございぁしたぁ~」
懐古的な車掌の鼻声アナウンスに見送られながら駅を降りると、やはり南区とは比べ物にならないほど賑やかで、騒がしい。
優希の黒気味な服装の人は少なく、誰も彼も派手目な服装の人ばかり。この世界の流行ファッションを垣間見たところで、西区を散策してみる。
優希がクラスメイトを探すために西区に来たのだが、折角なので集会所で仕事を請け負うつもりでいる。
眷属資格は一定の成果がないと剥奪されてしまうからだ。
集会所の数はそれほど多くない。ほとんどの眷属はギルドに入るため、集会所を利用する眷属自体少ないのだ。
なので、いくら帝都といえども集会所の中は思ったよりも少ない。
石造りの建屋にいる眷属はやはり個々の特徴が強く明らかに集団行動は苦手そうだ。
そんな輩が集まる集会所で優希は依頼書が貼ってあるボードの元へと向かう。
そんな集会所でもやはり依頼はあるようで、黒板くらいある木のボードに敷き詰められるように依頼書がピンで止めてある。
護衛、討伐、ペットの世話、店番等々、危険なものからわざわざ眷属に頼む必要があるのか疑うものまで様々だ。
そんな依頼を選考していると、一際優希の視線を釘付けにしたものがあった。
目を見開き、心臓の音が跳ね上がる。
艶のある長い黒髪は動くたびに揺れ、和の雰囲気を漂わせる装備に右手に持った杖が他の眷属を警戒させる。
だが、他の眷属は杖を警戒しているが、視線は常に彼女の方を向いていた。
きめ細かく健康的な肌、輪郭がすっきりした小顔に二重の瞼。この世界でも彼女はとても美人なようで。
「……」
だが、優希が眼を引かれた理由は彼女の容姿が美しかったからではない。
その彼女が優希の記憶にとても引っかかったからだ。
「あ、こんな依頼とかいいんじゃないかな?」
「えーでも七人で報酬分けるには少なすぎない?」
そんな彼女の澄んだ声も、優し気な口調もすべて懐かしく、最初の標的が彼女らであると認識した。
出席番号十番の西願寺皐月。
文武両道、家事万能、才色兼備などなど、神格高校でも本人の知らないところで定着している肩書はどれもこれも良いものばかりで、特に後輩からの印象が良くラブレターを渡された回数は優希の知っているだけでも十回以上ある。
そんな彼女も、この世界では眷属として戦いに出ているようで、どこか逞しくなったように感じる。
「声をかけないのか?」
感傷に浸りながら、記憶の彼女と現在の彼女を重ねていると、背後から聞きなれた声が耳に入る。
唐突に不意をついた声に目を丸くしながら、優希は声主を横目で睨む。
銀髪の長髪を揺らしながら優希の肩に顎を乗せ、ソフトクリームのようなものを一舐め。
「いきなり話しかけんなよ。今までどこ行ってた?」
「ちょっと北区にな。美味いものがいっぱいあったぞ」
どこかテンションが高いメアリー。
彼女の言葉に優希は遅めの返答を返す。
「今は近づかない。ちゃんと向こうから声をかけてもらわないとな」
笑みを含ませながら呟くように言うと、そのまま西願寺と反対の方向に足を進めた。
優希が進んだ先には受付カウンター。
その様子を見て、メアリーはなるほどなと含み笑いをした後、優希の方へと歩いて行った。
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翌朝。
変わらず南区の別の宿で一宿していった優希の部屋に、荒々しいノックが響く。
「おいクソ野郎ッ! テメェ俺に扉弁償させやがって!」
目覚ましにしては煩く、汚らしい怒号は早朝の新鮮な気分には害でしかなくて。
「……黙らないと殺す、今すぐに」
「ぁあ!? う、え……あぁ、すんません……でした」
優希が扉を開けるより前に、その怒号は冷徹な声の前に消え去っていた。
優希の隣の部屋はメアリーが借りている。
因みに、眠っているところを無理やり起こされた時のメアリーは途轍もなく機嫌が悪い。
「なんだこんな朝早くに」
優希が扉を開けると、顔を真っ青にしながら困惑しているバジルが何かを握りしめて立っていた。
クリーム色の一枚の紙が巻物のように丸められて紐で結ばれている。
「何持ってんだ?」
「え、あぁアンタ宛のですはい」
たどたどしい口調のバジルは、震える声で隣の部屋の扉に視線を持っていかれている。
バジルが何に畏怖しているのかに興味を抱くよりも先に、バジルに渡された封書を開く。
~希少素材の採取~
練度:問わず。
条件:年齢二十歳以下の眷属。
最低五人以上。
報酬:金貨七枚
詳細:低級魔界に生息する骨百足から採れる白髄の収集。
これは優希が集会所に依頼した内容の依頼書だ。
依頼文に重ねるように大きく契約完了の印が押されている。
(これで受注完了ってわけか)
依頼は集会所に依頼内容を記載した文書を提出すると、こういった依頼完了届が渡される。それから何も指定がなければ一日以内に依頼主のところに担当する眷属が向かうわけだ。
つまり今回の場合、近々眷属が優希の方にやって来て、依頼について詳しく話す流れになる。
「ん、アンタ集会所になんか依頼したのか?」
恐怖から抜け出したのか、優希が読む依頼書に注目する。
優希は依頼書を再び紐で巻いて懐にしまう。
「まだ何か?」
いや、だからと言おうと依頼書をしまったコートのポケットを指さして口を開くが、言葉を発す前に優希の眼が黙れと言っているを理解したので、
「いやなんもないっす。そ、そんじゃ俺はこれで」
「おい、召喚者の情報は集めとけよ。次会うときに何の情報もなかったら殺すから」
早急に立ち去ろうとするバジルに追い打ちをかけるように言うと、バジルは反論したくても出来ない心境に嫌々ながらわかったよと返事を返すと、
「ったく、こいつと言い、さっきの銀髪ねぇちゃんと言いここにいるのは野蛮な奴ばっかか」
そう呟きながら優希の前から立ち去った。
そして、そんなバジルを見送る素振りなど見せず、優希は部屋へと戻る。
どのタイミングで眷属が来るのか指定はしていないので、いつでも会えるよう準備だけは進めておく。
地図を見て、武器を仕込み、作戦を立てていく。
肉体情報を更新し、ジークという人間を作り上げる。
気が付くと太陽は天頂を通過していた。
昼ご飯でも食べているのか、子供のはしゃぎ声は無くなり、窓から射す光が室内を心地よい温度に調整してくれる。
そして、その環境が良い具合に睡魔がやってくる。
昼寝でもしようかと、欠伸をしながら身体を伸ばして、ベットの上に倒れこもうと――
「すいませーん」
扉越しで籠った声が優希を襲う睡魔を完全に振り払った。
優希はようやくかと気怠さを感じる腰を上げて、扉を開ける。
最近は扉を開けるたびに、小汚いバジルの姿があったのだが、その面影を跡形もなく消し去る程の華麗な少女が、両手で抱えるように杖をもって立っていた。
不愛想な優希の顔を確認すると、少女はにこりと笑顔を振りまいて、
「は、初めまして。集会所から参りました、眷属の西願寺皐月と申します。あなたが依頼人のジークさんですか?」
「ぁ……えぇ、依頼人のジークです。この度は依頼を受けていただき感謝します。ささ、依頼についてお話いたしますので、中へどうぞ」
扉を開け、彼女の姿を見た時、一瞬表情を曇らせてしまったが、すぐに愛想よく笑い、初めてなのか緊張している様子の西願寺を部屋へと招く。
優希の目的、心の内を悟らせないように、ジークという人間を演じきる。
最初に出会ったとき、ジークは心優しく真面目な人間に感じられた。
ならば、いつものように不愛想に振舞うのではなく、好感を持たれやすいように笑みを浮かべる。
西願寺が入ると、他の眷属はいないようなので扉を閉める。
部屋の中には二脚の椅子と一脚の机。彼女をその椅子に座らせ紅茶と菓子で御もてなしする。
紅茶も菓子も少し高めのものばかり。やはり第一印象が大事ということで準備した。
会って数秒だが、彼女が優希を見る目は友好的で、優希の作戦は上手くいっているようだ。
そして、優希ももう一脚の椅子に腰かける。
そして、淹れ立ての紅茶で舌を湿らせると、
「では改めて、この度集会所に依頼を出したジークです。一応聞きますが眷属はあなただけですか?」
優希の依頼には五人以上と指定していたのだが、詳細を聞きに来たのは西願寺のみ。
優希の質問に彼女は笑みを浮かべたまま、
「いいえ、私の他に六人います。今回は私がお話を聞きに来たということで、全員で行くのもどうかと思いまして」
「そうですか、なら話を進めますね。僕の方ももう一人メンバーがおりますので後々紹介させていただきます。で、依頼についてなのですが……」
優希は作り笑いに多少の疲れを感じながら、西願寺と依頼について話を進めた。




