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Misericorde  作者: 浦辺 京
1st night ハイヒールと短剣
9/12

対峙

 車に揺られて詰め所に帰ってきたとき、そこに居た筈のアーロンがいなかった。

 バルダーはアーロンを常に気に掛けている訳でもないのだが、今日は二人であんな死体を見つけてしまったので気になったのだ。

 ハンスは今の時間帯、見回りで表に居る。他にいる奴と言えば……。

 そう思って見回した時、視界の端にちらりと姿が見えて。一人の青年と目があった。


 まだ20歳になって間もないぐらいだろう。黒づくめの青年だった。びっくりするほど真っ黒な髪と、それとは不釣り合いなぐらいに白く透き通る肌。緑色の瞳がただ静かにどこかを見据えていた。

「いたのか。シリウス」

 バルダーがその長身の青年――シリウスに声を掛ける。シリウスはほとんど声を発する様子もなく、こちらをじっと見ていた。

(……私のこと見てるみたいね?)

 バルダーの腕の中で丸まっていた黒猫がそう彼の心に問いかける。バルダーはスティレッタの顎を指で軽く何度か撫でてから、座っているシリウスの膝の上に猫を置いた。

(何するのよ)

 よっぽどバルダーの腕の中がお気に入りなのか、スティレッタが軽く抗議。シリウスは置かれた猫をじっと見て黙ったまま。

 こりゃだめだと思いながら、バルダーは再びスティレッタを抱え上げるとポツリと一言。

「……この黒猫が気になってるのかと」

 気になってるのなら抱きしめればいいのにと思ったが、そうはいかないようだ。相変わらずだなと思いながら、彼は本題を切り出すことにした。

「さっきちょっと用事があってモルガンと一緒に他の場所行ってたんだが、アーロンがどこに行ったか知らないか?」

 バルダーの問いに、シリウスは少し考えた後。ぽつり。と

「ここの猟師組合に行くって」

「……猟師組合、か」

(何それ?)

(名前の通り地域ごとにある、そこで猟をやってる人間が登録する組合だ)

(銃の登録でもするの?)

(そりゃティルア国外だったらあり得そうだが……そうじゃない。この国で銃なんぞ料理用ナイフ並みに簡単に買えるからな。ライフルや散弾銃も例外じゃない。猟をしない民間人でも銃の携帯許可を持つのは難しくないしな)

(じゃあ何で組合なんてあるのよ)

(禁猟の時期や禁猟区の場所を決めておくためだろう)

 猟には禁猟の時期と解禁の時期がある。解禁は大体十二月から二月頃と意外と短い。

 何故こんな短い期間であるのかというと、いくつか理由がある。

 まず農林業の実施時期と被らないようにするため。

 次に冬は木々の葉が落ちることで森林で見通しが効きやすい時期であるため。

 他にも動物の繁殖や渡りの時期を考慮したり、『冬は動物の身に脂が乗って美味しい』という理由もあるそうだが。

 とにかく、猟が解禁されるのは冬の話だ。だが今は四月。とっくに禁猟の時期である。

 それをバルダーは奇妙に感じだ。


 アーロンはバルダーの知る限りでも銃――特にライフルの扱いに長けた傭兵だ。

 だからひょっとしたら猟でもするのかと思ったが、今はその時期ではない。

「……ちょっと探しに行くか」

 アーロンは面倒くさがりとはいえ、サボってそこら辺をうろついている所を見たことはない。何か用事があって表に行ったと考えるべきだろう。


 ふと、妙に嫌な予感が胸を過る。

「シリウス、お前もちょっとついて来い」

 有無を言わさずシリウスを引き連れて、バルダーはその猟師協会へと向かうことにした。



 彼等が一時的な拠点としている詰め所から猟師協会へはさほど時間は掛からなかった。徒歩10分ほどの道のり。森の手前にある小屋がそれだった。


 しかし実際に小屋の中にいた組合職員に言われたのは。

「その人ならさっきここを出て奥へと入ってしまいましたよ」


 の、一言。これにはバルダーもびっくりした。

「奥?」

「ええ。さっき名簿をご覧になられて。それから『森の中に行きたい』とおっしゃったので」

 何を考えて山奥に。思わずシリウスと目を見合わせる。


「遭難したりは……」

「そりゃあ無いと思いますよ? 一応人が歩くための道もありますし。そこさえ歩いていればそう迷いは……」

 それを聞いて、バルダーは少しほっとした。しかし、アーロンの行方が知れないことには変わりはない。

「……ちょっと、森の中入ってみてもいいですか?」

 そう許可を取ってから、バルダーはシリウスとスティレッタを連れて森の中へと入ることにする。


 森への入り口には一応柵が設けられてはいるものの、申し訳程度に『立ち入り禁止』と立札が掛けられているだけ。これでは子供も入れそうだ。

 柵を飛び越え、森の中へと歩を進める。


 まだ昼間だと言うのに木々は鬱蒼としていて周囲は暗い。バルダーの腕の中のスティレッタも目を光らせ、きょろきょろと辺りを見回している。

(何か見つけたか?)

(いいえ)

 猫だから夜目が効きそうだと思ったが、今のところは発見はナシ。周囲に聞こえるのは自分達が土を踏み歩く音だけ。


 ……の、筈だった。


 突如周囲に響く、一発の銃声。バルダーとシリウスの神経にスイッチを入れた。二人は一目散にその音が聞こえた方角へと駆け出した。

(何!? 今の音!)

「ライフルだ!」

(音聞いただけで何の銃か分かるの!?)

 突然の爆音に驚くスティレッタを抱きかかえたまま、バルダーは頷きを返した。

(間違いない。……伊達に10年近くこの手の音聞いちゃいないさ)

 こんな葉が生い茂った森の中でライフルを撃つ人間など、そう居ない。

 ――恐らくは。

「バルダー。先に行く」

 バルダーの横を走っていたシリウスが、腕に着けた腕時計型の機械をいじり、そう呟く。

「そうしてくれ」

 バルダーの言葉に頷きを返す間もなく、シリウスの周囲を風が吹いた。

 ごうと音を立てて渦巻く突風は、シリウスの身体を大きく跳躍させてバルダーとの距離を離す。

(何アレ!?)

ANSEAアンシーだ)

 正式名称は対人NUXシステム搭載武器。英語にするとAntipersonnel NUX System Equipped Arms 略してANSEAだ。

 NUXシステムとはCOREコアと呼ばれる結晶が持つエネルギーをを光や熱などの他のエネルギーに変換させる技術の総称だ。

 ANSEAはこのNUXシステムを利用したものだ。単純に火炎を放つなどという使い方もあるが、今回のシリウスが使ったように風を用いて移動するという応用の仕方もある。

(……便利なもんね)

 感心するスティレッタをよそにバルダーもシリウスの背を追い、駆ける。


 その先に居たのは。予想通りというか。驚くべきことにというか。


 シリウスと対峙するアーロンがいた。

「アーロン! シリウス!!」

 バルダーの声に反応する気配も見せない二人。状況は深刻だ。

 アーロンの持つライフルの銃口は、何故かシリウスに向いている。シリウスもシリウスで剣を引き抜き、その切っ先をアーロンへと向けている。

 これにはバルダーも驚いた。

(あの二人、仲悪いの……?)

(まさか)

 スティレッタの問いをバルダーはバッサリ否定。バルダーの知る限りでは、二人の仲は良くも悪くもなくと言った感じだ。

 第一シリウスがあまり人の輪に入りたがらない性質なのだ。アーロンも学者肌で人と関わり合いを持たないもんで、二人の接点という接点はないようにさえ思える。

 どういうことだと困惑するバルダーは視線をアーロンの銃口からシリウスに向けて、そしてようやく理解した。

 アーロンを睨むシリウスの傍らには、一人のルプス族の幼い少女。


 これは、つまり。

「アーロン! お前民間人……しかも子供に銃を向けたのか!」

 バルダーは思わずそう吠えた。


 アーロンはその言葉にちらりとこちらを向いてから、そしてため息一つ。

「シリウスといいお前といい……」

 そこで言葉を切って、そしてアーロンは視線を木々の奥へと向ける。

「ちょっとぐらい仲間を疑わんでくれよ。僕が発砲したのはその子じゃない」


 そこまで言って、アーロンは銃を持たない左手を数回動かした。

 瞬間、赤い光の筋が暗い闇を走った。アーロンがANSEAを起動させたのだ。


 ジュッ、と確かに何かが焼ける音。それと共に聞こえた何かの悲鳴。

 アーロンはその闇の奥を、確かに見据えて一言呟いた。

「……その"奥"さ」


 闇の中にうごめくその"何か"はアーロンの攻撃にひるむことなく、むしろ怒りを覚えたようでこっちへと向かってくる。

 咄嗟にシリウスがルプス族の子供を抱き上げ、風を使って即座にその場を離れた。

 その直後だ。シリウスの居た場所目掛けて、"何か"が激突。

「おいおい……」

 バルダーが思わず困惑の声をあげた。


 ずるり、と。皮膚が剥けて落ちる音。ばたばたと血の滴る音。

 がくり、がくりと何度も崩れ落ちながらも、動いている"ソレ"は――


 ――イノシシだった。


 単なるイノシシではない。死臭が漂い、所々骨がむき出しになって動くそれは、まるで生ける屍。いや、まるでなどというものではない。生ける屍そのものだ。


 シリウスがANSEAを起動させ、イノシシ目掛けて風の刃を繰り出す。容易く肉が裂けたが、それだけと言った感じだ。

(気味が悪いわね……)

 げんなりといった感じでそうこぼすスティレッタをバルダーは地面に下ろした。

(お前はシリウス達の所に行ってろ)

 人間の姿なら戦力になっただろうが、猫ではできることなどほとんどない。素早くその場を離れていく黒猫にホッと胸をなでおろしつつ、バルダーはホルスターから拳銃を引き抜いてアーロンの近くへと向かった。

「……ホラ。だから言ったろう?」

 アーロンの言葉にバルダーは眉根を寄せるだけ。

 目の前のイノシシはシリウスの放つ風で順調に肉を裂かれている。最早痛覚さえないのかもしれない。

「……どうする。アーロン」

「僕も一発弾丸を喰らわせてやったが……あのザマだしな」

 アーロンが指さした先には、イノシシの眉間に空いた穴が。

「ライフル程度の運動量モーメンタムじゃあ食い止められんって感じだ」

 ライフルの弾速は大体秒速700~1000mとされ、音速をゆうに超える。弾丸そのものの質量は決して大きくはなく10グラム程度だが、音速を超えた速さで物が飛んでくるのだ。当たればひとたまりもない。人間の眉間にあんなものが当たったら死んでいるだろう。

 あのイノシシはそれが当たっても生きているのだ。尋常ではない。


 バルダーはその言葉に息をふうと吐いて、そして拳銃のスライドを引いた。



「……解った」



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