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Misericorde  作者: 浦辺 京
1st night ハイヒールと短剣
4/12

黒猫

 昨夜の"ひと悶着"のせいでゆっくり眠ることができなかったバルダーは大きなあくびを噛み殺した。

 しかし見回りはまだ続いている訳である。

「……おい。大丈夫か?」

 案の定アーロンが声を掛けてきた。

「さっきも言ったが……ドクに診てもらわなくていいのかよ?」

 バルダーはその問いに肝を冷やした。

 当然である。診てもらって『寝不足ですね』とでもあの医者に言われたら、どう言い訳をしろというのだ。



 ――酔っぱらって崖から落ちたら美人に助けられました。その美人とひと悶着あったけれど誘われてしかも同じベッドで寝ました。

 ついでに言うと今朝起きるときも彼女にくすぐられました。何でかは分かりませんがとにかくくすぐられました。



 果たしてこの言葉を聞いたとき、大抵の人はどう思うだろうか。

 どう贔屓目に考えても「昨夜はお楽しみでした」状態であるどうもごちそうさまでした。

 あとくすぐられて起こされたとかどう考えてもバカップルですごちそうさまですもうおなかいっぱいです。


 そんなセリフを女日照りのあの職場で言ってみよう。

 浮ついた噂など今まで一切なかったバルダーの受ける被害はどう考えても甚大だ。

 したがってバルダーはアーロンの提案に首を横に振った。

「大丈夫だ。大したことない」

「ならいいんだがな……僕等の仕事は身体が資本だぜ? あんま無理すんなよ?」

「分かっている」

 今回の見回りも状況が状況である。確かに身体の不調でヘマでもしたらまずいのだ。


 こののどかな町は、見た目通りののどかな状況にはなかった。


 なぜならこの町には奇妙な化け物がいるからだ。

 数週間前から全身の血を抜かれた奇妙な動物―ネコやイヌなどの小動物から家畜は牛に至るまで―の死体ばかりが目撃されている。

 幸い人間が被害に遭ったというケースは無いようだが、それにしてもただ事ではない。だからバルダー達が雇われたわけだ。


 しかし、問題はその被害状況だ。

 そう、血を抜かれて死んでいるのだ。バルダーがそれに違和感を抱かない筈がなかった。


 当然、バルダーは昨晩スティレッタに聞いた。

 吸血鬼のお前があの事件の犯人ではないか、と。


 しかしそれに返ってきた答えはNOだった。

 あまりにきっぱりと言われたのでバルダーもその当時どうコメントしていいか分からなかった。

 しかし、バルダーがスティレッタと居た昨日の晩にも血を抜かれて死んだ動物の死体が新しく上がっていたのだ。


 つまり皮肉にもバルダーと一晩共にいたおかげで彼女のアリバイは証明され、スティレッタは無実だと分かったわけだ。



「しっかしよ。ほんとに吸血鬼なんているもんか?」

 アーロンが辺りを見回しながら、そうバルダーに聞いてきた。その言葉はどこか吸血鬼の存在を信じていないといった感じだ。

 その"吸血鬼"に昨晩血をたっぷり吸われて尊厳まで奪われたバルダーは、ため息一つ吐いてから肩を竦めた。

「さあな。分からん」


 吸血鬼は実際いる。しかも美人だ。おまけにそいつに血を吸われた。

 しかしそのことを言うには勇気が必要だったのでバルダーは分からんと返すしかなかったのだが。

「化け物は居ると僕も思ってはいるんだがな」

「吸血鬼とどう違うんだ。それ」

「……見れば分かる」

 アーロンは再びにんまりと笑う。バルダーは何だか知らないが、はぐらかされた気がした。


「……とはいえ、吸血鬼がいるかどうか……いずれにせよ、実際に死体が上がってる時点で問題だろう」

「そん通りだ」

「人が被害に遭ってないだけマシってわけでもあるまい」

 家畜がやられればその動物の飼い主が経済的打撃を受ける。その時点で大問題だ。

 バルダーの指摘にアーロンは頷くばかり。

「うんにゃ。そん通りだ」

 そんな返答をされて、バルダーはため息を再び吐いた。

「……お前、真剣に考えてるのか?」

「ああ。面倒もなくその吸血鬼が捕まればいいと思ってるよ」

「…………」

 アーロンの「面倒」発言は基本的に「本当に何も起きないことを心から願っている」と同義である。

 まあ要するに今回の仕事も「面倒くさい」とアーロンは考えているのだろう。

 今度はそんな彼を相手にしている自分が面倒くさく感じてきた。

 舌打ち一つ。早く見回りを済ませてやろうと踵を返したその時のことだった。


 ――かさり、と。足元の草が揺れる音。

「……?」

 何だと思って彼がそちらを見てみれば、そこには。


 一匹の可愛らしい黒猫がいたのだ。

 つやつやの黒い毛。そして、真っ赤な瞳。

 猫は、なぁん、なぁんと甘えた声を上げながら、バルダーの脚に身体を何度も何度もすり寄せた。

「ずいぶんなつっこい猫だな」

 アーロンは微笑まし気にニコニコと笑いながら、その猫の様子を眺めていた。


 しかし当のバルダーはと言えば、その猫に嫌な予感を覚えた。

 黒い毛。そして赤い瞳である。


 ……まさか。


 バルダーのその予感は当たった。

 猫はまるで何かを分かっているかのように、バルダーに思いっきりウィンクをしたのである。


 その瞬間、彼は悟った。

(クロスケ、おはよ)

 突如彼の頭の奥で響いた声。それを感じ取った瞬間、バルダーは今回三度目のため息を吐いた。


 間違いない。当の吸血鬼スティレッタ様である。

 何かは知らんがこの女、テレパシーまで送れるらしい。

 便利なもんだと彼は皮肉たっぷり、呆れの表情を浮かべた。


 ――何で猫に化けてやってきた。

 バルダーはスティレッタにそう話しかけようとしたが、しかし相手が今猫の姿であることを思い出して口をつぐんだ。


 ……しかし。

(だって人の姿で貴方に話しかけたら仕事の邪魔しちゃいそうなんだもの。それにここら辺にいたら怪しまれそうだし)

「!?」

 スティレッタが彼の心を読むかのようにこちらに言葉を送ってきた。動揺を隠せず一瞬身体をびくりと震わせる。

「……どうしたバルダー?」

「あ、ああ。いやなんでもない……」

 アーロンに問われ、彼はとっさに首を横に振った。

 果たして今日――いやこの数時間の間に何度アーロンにごまかしの表情を見せただろうか。何だかそろそろ怪しまれそうだ。

 現に彼は眉根を寄せてこちらをじっと見ている。

 まずい。そう思った瞬間。 


「猫が嫌いなのか?」

 幸いなことに返ってきた反応はそんな言葉だった。

 バルダーはそこで初めて心臓がバクバクと鼓動を打っていることに気が付いた。

「いや、好きでも嫌いでもないがな……?」

「んじゃ、アレルギー?」

「そういう訳でもない。ただ、ちょっとここまで人懐っこい猫に会ったのは初めてでな。驚いているだけだ」


 ……その猫が実は知り合いの吸血鬼だったから尚更驚きだったんだがな。その言葉は心の中だけで言うことにした。

 しかしアーロンはバルダーの説明に納得したようで、にんまりと笑っていた。

「そうか。猫はいいぜ? 僕ぁ犬も好きだけど猫もいいよな。何せあの身体の柔らかい感じが好きでな。あのしなやかな動きは犬にはないよな」

 特に疑問を抱くこともなく、アーロンは自らの好みを語り始めた。


 良かった。本当によかった。

 バルダーは自分の運の良さを心の奥底から噛みしめて安堵した。

 まあ、「猫がテレパシーで話しかけてきます」なんて話はよもや誰も想像しえない事実だ。

 いくら時に鋭いアーロンとはいえ、そこまで見通す訳がないか。


 ……それにしても。

 自分がさっきからこんな災難に遭っているのも元はと言えばこの"黒猫"のせいだ。

 バルダーはちらりと恨めしげな視線を黒猫のスティレッタに向けた。

 彼女は黒猫らしく、「何にも分かってませんよ」と言わんばかりに小首をかしげてみせた。

(そんなに驚くことないじゃない。貴方と私が霊的に繋がってることは昨日説明したでしょ? その応用よ)


 猫はそうテレパシーを送りながらごろごろとのどを鳴らし、彼の足元にごろんと横になった。

(つまり貴方も私に"話しかけられる"ってワケ。試してみなさいな)


 バルダーは彼女の説明にしばらく黙っていたが、しゃがみ込むとその耳の後ろを少しふかふかと触ってから"送ってみた"。

(……同僚と一緒だから怪しまれんように触っているだけだからな?)

 猫はそのテレパシーに満足げに「にゃぁん」と鳴く。

 直後、女の満足げな「ふふっ」という微笑みが脳裏に響いた。

(人の姿の時もこれぐらい積極的に触ってくれてもいいのに)

(それは願い下げだ。怪しまれんようにするためだと言っただろう)

(じゃあ今度触らざるを得ない状況に追い込んじゃうわよ?)

(それはやめろ)

(じゃあせめて今おでことのど触って。あっ、こする感じでね?)

 なぜか注文まで付けられた。

(自分じゃそこまでこすれないのよ。だから触ってもらえると嬉しくって)

 猫のその心境は、背中の中心がかゆい時に誰かにかいてもらうと嬉しいようなものなのだろうか。

(……ハイハイ)

 本日四度目のため息を付きながら、黒猫の額を指でこするように撫でてみる。

 指がふかふかとした毛の中に沈む感覚。ごろごろとのどを鳴らして機嫌のよさそうな猫の表情。バルダーの頬が思わず緩んだ。


 これがスティレッタでなかったら猫を撫でることに夢中になっていたかもしれない。

 現に彼はスティレッタを撫でることに夢中になりかけていた。

 彼女を撫でて嬉しいのだと自分で気づいたその瞬間、彼は思いっきり首を横に振り、理性を呼び戻した。


 屈強な傭兵でさえ夢中にさせる猫。

 この女が魔性を持っているのではない。おそらく全ての猫が魔性を持っているのだ。


(ふふっ。まんざらでもなかったくせに)

 落ち着いたバルダーに、目の前の猫は意味深長なセリフを得意げな様子で呟いた。

 バルダーはそれを聞いて、ばつ・・が悪くなった気がした。

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