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Misericorde  作者: 浦辺 京
1st night ハイヒールと短剣
11/12

疑惑

 アーロンが放った一発の弾丸。それはターゲットの足元の地面を大きくえぐり、土を派手にばらまいた。

「!?」

 シリウスに注意が向いていたターゲットとしてみれば、これは予想外の襲撃だったのだろう。

 当然だ。こっちの姿はあいつには見えていない。光学系ANSEAを応用した光学迷彩。それを使っていたからだ。

 もっともいくつもの光を解析し、それを複雑に組み合わせてこちらの姿を隠している以上、レーザーによる攻撃に比べると遥かにエネルギーを食う。しかし不意打ちさえすればいいのだ。ほんの十秒、姿を隠せればよかった。

 アーロンは木の後ろに隠れ、ライフルのボルトハンドルを跳ね上げて薬莢を排出する。

 直後、ターゲットはこちらに銃口を向ける。アーロンが身を隠していた木が弾丸で抉れた。


 丁度頭があった辺りの幹に、数発の弾丸が埋まったようだ。

「……ヒュウ」

 数テンポ遅れていたら、弾丸のめり込んでいた先は自分の頭蓋骨だったのだろうか。

 だが、ターゲット側もアーロンにばかり注意を向ける訳には行かない。それはアーロンもよく知っていた。

 アーロンがボルトハンドルをライフルに押し込めている間、シリウスがターゲットに向かっていたからだ。


 文字通り風の如くターゲットに肉薄するシリウス、手に持ったその刃はターゲットの急所を切り裂かんと襲い掛かる。しかしターゲットも上手だった。手に持った銃で防ぎ、もう一挺の拳銃の銃口を向ける。

 だがそれを見逃すシリウスではなかった。

 一発の銃声。身をよじりその凶弾を皮一枚で回避する。

 そこに蹴りを飛ばす。だがターゲットはそれをのけぞって回避した。

(……いい反応だな)

 ターゲットの男を見てアーロンはつくづくそれを思った。

 ANSEAを用いたあのシリウスの反応速度に、あのターゲットは辛うじてながらもついて行っている。それだけでも驚きだ。

 だが、そうも感心してられまい。

 ため息一つ。


 まさしく丁々発止と言った様子の二人の攻撃。回避の繰り返し。決定打となる一撃が当たらない。

 だが決着の付かない様子に、水を差したのは。

「ストーップ」

 アーロンのレーザーだった。

 ターゲットの青年の喉元に、赤い筋が迫っている。青年はそれに動きを止めた。

「ホーゥ。やっぱりいい反応だ」

 その上ライフルで彼に狙いをつけ、しかしアーロンは笑う。

「だがそこまでだな」

 そう言いつつ、アーロンはそいつを見た。

 銀色の瞳、そして青味がかった灰色の髪。そして目立つのがその眼鏡と――耳につけた特殊な形のイヤーマフか、あるいはヘッドフォンか。何よりとにかく目立つ。背丈はシリウスより若干低い程度だ。

「その光が何かは分かってるだろ? 飾りじゃあない」

 軽口は叩きつつも青年に向けた銃口は逸らさず、言葉を紡ぐ。

「数ミリも動けばジ・エンド。それぐらいは察しが付くだろ」

 アーロンが望んでいるのはこの男の投降だ。殺す気などさらさらない。だがここまでドンパチやられた以上、この程度脅さないと無駄だと思ったのだ。

 青年は二人にも聞こえるようにあからさまに舌打ちをすると、アーロンの方をその銀色の瞳でねめつけた。攻撃は止めているが、かと言って大人しく武器を下ろすつもりはない。隙あらばこちらに危害を及ぼそうとする目だ。

「……動くな」

 シリウスもその剣を青年の首の後ろに突き付ける。それを見てからアーロンはさらに言葉を続けた。

「大人しく武器を捨ててくれよ? 僕等もこれ以上手荒な真似はしたかぁないんだ」

 アーロンの言葉に青年は、持っていた銃をゆっくりと下に下ろした……







 ……かのように見えた。


 次の瞬間、アーロン達の視界は閃光で覆われ、爆音で聴力を奪われた。

「!?」

 想定外の事態だった。

 もろに光を食らって視界を奪われ、気配さえ追うことができず、アーロン達がようやく辺りを見回せた時には、既に青年の姿は無く。

 アーロンはただため息を吐いた。

「……まあ、あの隙に殺られなかっただけマシ、か」

 ぼそりと一言。地面に視線を落とすと、消し炭のような何かが目に入った。

 拾い上げて観察してみる。かんしゃく玉の一種だろう。あの青年が咄嗟に目くらましに使ったのかもしれない。


 その傍らで、駆け出そうとするシリウス。それに気づいたアーロンは彼に視線を向けぬまま、しかし腕を掴んで食い止めた。

「深追いはよしとけ。アイツは僕等と互角かそれ以上だぜ?」

 もしあいつがANSEAを持ってて、それを使われてたらまずかったもしれん。アーロンはそう付け加えたが、シリウスはおかまいなしだ。

「あいつは俺達の包囲を抜けたんだ。そんな危険人物を――」

「危険だから一旦戻って報告する。場合によっちゃ警察にも協力を求める。定石だろ」

 反論に対して押し黙るシリウスに、アーロンは肩を竦める。

「第一あれを『完璧な包囲じゃない』と見破った辺りでかなりマズいしな?」

「なっ……」

 完璧な包囲じゃない。その言葉にシリウスは珍しく感情を露わにし凍り付いていた。

「お前、銃を撃つ気が無かったのか?」

「んー……まあ。結局威嚇にとどめたしな?」

「レーザーだって……」

 そこまで言って、シリウスは感づいたようである。

「まさか……」

「そ。生憎ありゃ単なる飾り。僕のブラフだ」


 ――その光が何かは分かってるだろ? 飾りじゃあない。

 ――数ミリも動けばジ・エンド。それぐらいは察しが付くだろ。


 先程アーロンはハッキリとそう言ったが、まさかあれが口から出まかせの言葉だったとは。アーロンは単に、あの青年の投降を促すために無害なレーザーを張っただけだったのだ。

「何で殺すつもりじゃなかった?」

「殺して警察言いくるめれば正当防衛で無罪はまあ行けるかもしれんがー……積極的に殺す理由もないだろ。あいつ自身、僕等を殺すつもりなかったしな?」

「何でそれが……」

「じゃ、何で今僕等は生きてるかね?」

 その言葉に、シリウスは遂に言葉を失った。

「さっき、あいつが目くらましのかんしゃく玉投げつけた時点で僕等にゃ致命的な隙が出来た筈だ。なのにあいつは僕等を殺さなかった。……それで十分じゃないか」

「…………」

「第一、ハナっから殺す気だったら僕だって手加減なんぞせんよ。最初に光学迷彩で姿隠した時に頭狙ってるぜ?」

 そこまで言ってアーロンはシリウスの背を叩き、詰め所に戻るよう促した。


 その時彼はふと、奇妙な違和感に襲われた。

 頭の中を過ったのは、イノシシを殺す前。バルダーが銃を撃った瞬間だ。

 何故、彼はあんな命中精度の低い拳銃――しかもANSEAで無理やり弾速を上げた弾丸を使って――で、イノシシの前脚を砕くなどという離れ業を涼しくやってのけたのだろうと。


 ライフルとは勝手が違う。安定性も低い拳銃を扱って当てるなど、よっぽどの強肩じゃあないと……。

「……気のせいか?」


 そこまで思って、ぽつりと呟く。シリウスが不思議そうな顔でこちらを見てきたが、アーロンはそれに首を横に振った。

「うんにゃ。特に関係ない。……こっちの話だ」


 一方その頃バルダーはと言えば。

「……特に大した傷ではありませんね。単なるかすり傷です」

 詰め所に設置された医務室で、『Doc.ドク』こと医師のアルベルトに少女の傷を診せていた。

 アルベルト・シラーはこの傭兵団に雇われた専属の医師であり――バルダーの知り合いでもある、ミカニ族の男だ。

 ミカニ族は身体の一部に金属が露出していたり、機械に近い技巧ギミックを持つ部品を生まれつき持つ人種だ。彼も左目が機械と化している。


 少女の膝の上にいた黒猫が、にゃあんと鳴いた。彼女はどうやら黒猫のスティレッタが気に入ったようである。スティレッタもスティレッタで大人しく少女の膝の上で丸まり、撫でられ続けていた。


(この子、猫を撫でる才能があるわね)

 とは少女が撫でる手にうっとりしたスティレッタの弁である。

「一応近くの民家の水道借りて傷口だけ洗ったし、あの程度でいいとは思ったんだがな」

「その程度の処置で正解ですよ」

 アルベルトが申し訳程度の傷の消毒を終えた後、バルダーの腕を軽くつついた。

「……少佐殿」

 少佐殿。アルベルトはバルダーをそう呼ぶ。いつもの事だと思いつつ、あまり愉快な呼び名ではない。

(少佐?)

 案の定スティレッタが反応を示す。しかしバルダーはそれにさらりと一言。

(俺が軍辞める前の階級だよ)

(何!? 30ちょいで高級将校!?)

 あまりの衝撃だったのか、勢いで立ち上がるスティレッタ。

「猫ちゃんどうしたの?」

 ルプス族の少女がびっくりしたのを見て、スティレッタはばつが悪くなり、膝の上で転がってみた。

(……ちゃんと猫らしく大人しくしてろよ)

 お腹を出して少女に甘える猫。それにため息を吐き、呆れるバルダー。一つ話に決着がついたところで、バルダーはアルベルトに向き直る。

「……で、何だ?」

「ちょっとこっちへ」

 よっぽど深刻な話なのだろうか。アルベルトに促され、バルダーは彼と共に隣の部屋に行く。


「人払いまでしておいて何なんだ?」

 どうせあの部屋には少女と猫ぐらいしかいないのだ。そんな二人に聞かれて不都合なことなど、何があるのだろうか。

 そう感じるバルダーに、アルベルトは重々しく口を開いた。

「少佐殿。確か今回吸血鬼退治なさってるとか……」

「退治、なんて仰々しいもんじゃあないが。まあ」

 彼もこの傭兵団に雇われた身だ。モルガンから経緯は聞いているのだろう。

「今の所、被害はどれほど出ているのですか?」

「家畜数頭と……多分イノシシ2頭だ。後者はまだ同一犯と決まった訳じゃないが」

 何故、そんなことを聞くのだろう。首を傾げつつもバルダーはアルベルトの問いに答える。しかしどうしても納得がいかず一言。

「……それが一体どうした?」

 バルダーからの質問。それにアルベルトは目をすっと逸らして、しかしこちらを向き直ってから口を開いた。

「……月蝕病、というのをご存知ですか?」


 月蝕病。


 その名前に、バルダーは思わず眉根を寄せた。


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