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Misericorde  作者: 浦辺 京
1st night ハイヒールと短剣
10/12

不穏

「作戦はあるのか?」

 アーロンの問いに、バルダーは肩を竦めた。

「……あるにはある。だがどう転ぶか俺にも分からん」

 そう言いつつ、彼は先ほどのイノシシとシリウス達に視線をやる。

 風の刃は威力は低いものの手数は多い。シリウスの攻撃は順調にイノシシに傷をつけて後退させている。

 しかしあのイノシシが傷を物ともしない以上、この状態もいつまで続くか分からない。

 考えている暇は、無さそうだ。

「ANSEAの残量も弾丸もあるだろ?」

 バルダーの問いに、アーロンは頷く。

「ああ。リロード無しでも余裕だ」

「……ならいい」

 その言葉を聞いて、彼はアーロンに耳打ちをした。アーロンはバルダーの意見に小さく笑った。

「了解」


 バルダーは銃を構えた。アーロンはライフルだが、バルダーのそれは拳銃だ。アーロンの持っているライフルと比べればその威力は格段に劣る。


 ――だが。バルダーがその引き金を引いた瞬間。


 森の中を、とんでもない爆発音が響いた。

 威力が低いのであれば、高くしてやればいいだけの話だ。

 バルダーの持つANSEAは主に力学的エネルギーに作用する。もちろん、弾丸の速度を爆発的に上げて殺傷力を高めることなどたやすいことなのだ。

 鼓膜さえをも音でぶち破り、びりびりと空気ごとごっそり抉るようなその弾丸の一撃は、容易くイノシシの右前脚を粉砕したのだ。

 シリウスに突進をかまそうとしたイノシシはたまらず横転し、地面に転がる。

 そこに襲い掛かったのは、先ほどの赤い光の筋。アーロンの攻撃だ。


 じゅ、と。地味な音。しかしそれはイノシシの身体の半分を容易く熱で削り取り、そしてその身体を二度と動かなくさせたのだ。


「……ちょっと勿体無いことしたな」

 レーザーを発動させた当の本人であるアーロンが、ぼやくように一言。


「保存状態のいい死体だったら色々と手がかりになったんだが」

 しかし人が襲われていたのだ。安全とは引き換えには出来ない。

 シリウスもルプス族の子供を抱きかかえてやってきた。一応彼なりの配慮なのだろう。イノシシのグロテスクな死体を見せないようにと片手でその少女の目をふさいでいる。

 バルダーはそれに少し安堵しつつ、アーロンの方を向いて聞いてみる。

「それでも何か分からんか?」

 今朝のアーロンの造詣の深さを見る限りでは、何か彼なりに気づく物があると思ったのだ。

 アーロンは地面に膝をつき、注意深く死体を見てから一言ポツリと言った。

「……まあ、この段階で分かるのはこいつがメスだってことだ」

「メス?」

「ちなみに今朝見たのはオスだ」

「何で分かった?」


ついてた・・・・


 その言葉にバルダーは「あ」と一言だけこぼした後、何だかばつが悪くなってアーロンから視線を逸らす。アーロンはそれに愉快そうに笑った。

「ま、今回は牙の大きさで分かったがな。メスの方が牙が小さいのさ」

 死体に触る気にはならないのだろう。アーロンはそう言いつつライフルの銃口でイノシシの牙辺りをして指摘する。

「あと、ほれ。こいつにも犬の噛み跡がついてる」

 そう言われてバルダーも改めてイノシシの死体を観察した。確かに何かの噛み跡が見られる。今朝見た傷と似ているようにも思えた。

 だが、それ以上にシリウスが放った風の刃や自分が放った銃弾のせいで損傷が酷い。おまけにアーロンのレーザーで焼け焦げている。


「にゃぁん」

 直後、猫の鳴き声が後ろから聞こえた。スティレッタだ。

 当然ながら彼女も無事だったようで、バルダーの足元をうろうろうろうろ歩き、まとわりついてきた。しかしあまりに邪魔なので胴体を掴んで持ち上げ、抱きかかえることにした。


(あら。後ろからいきなり抱きつくなんて強引ね?)

 相変わらずであるが、人間の女に言われたらうろたえるような台詞である。

(……うろついて邪魔するお前が悪い)

(そんなこと言ってこのスケベったら。私のおっぱいとお尻触っちゃって。意外と大胆じゃない)

(…………)

 確かに今、黒猫のスティレッタを抱えるために猫の下半身に手を添え、胸の辺りで抱きかかえている。だがそんなことを言われると思っていなかった。

 咄嗟に落っことしかけたが、猫がわざとうっとりとした表情で頭を彼の胸に預けてきたのでもう無視することにした。

 ……こいつ、さっきの俺のアーロンとのやり取りを見ていたからこういう露骨な話題を選んだんだな。そう思いもしたのだが。


 バルダーが腕の猫とそんな会話をしているとはアーロンもつゆ知らず。どういう訳か彼は再びイノシシの死体を見ていた。

 そしてゆっくりと口を開いて一言。

「……今日晩飯に豚肉いいな」

 その言葉に、バルダーは思いっきり眉根を寄せた。


 尚、断っておくとイノシシを家畜化したのが豚である。アーロンの言いたいことはつまりそういうことだ。

 アーロンの言葉を聞いたスティレッタが腕の中でにゃーんと鳴いてから一言呟くように。

(私もベーコンとかポークステーキ食べたい)

 これにはバルダーも眉間のシワを深くした。

(お前等揃いも揃って……)


 もうちょっと「デリカシー」とか「繊細さ」と呼ばれるものを持っとらんのか。


 そんなことを考えているバルダーをよそに、黒猫はアーロンににゃあにゃあと甘えた声を上げた。

「お。やっぱり嬢ちゃんも食いたいか」

 案の定、アーロンは猫に反応してくれた。

「にゃぁん」

「元気でいい子だ」

「なぁん。なぁーん」

 遂にオッソ族の男とメスの黒猫の間で言語を超えて意気投合したようである。


 呑気な一人と一匹にため息を吐き、バルダーは少女を抱えたシリウスに声を掛けた。

「……怪我はなさそうか?」

 シリウスは少女の目から覆っていた手を放すと、彼女を下ろした。

「大丈夫か?」

 シリウスの言葉にルプス族の少女は頷きを返したが、バルダーはあることに気が付いた。

「肘、擦りむいてるな」

 先ほどのイノシシ騒動で怪我をしてしまったのだろうか。バルダーは猫を地面に下ろすと、膝をついて少女に視線を合わせてから口を開いた。

「イノシシにやられた、って訳じゃあないよな?」

「うん」

「見せてもらっていいか?」

 少女の右肘を見てみたが、土がついている。彼女の言う通りあのイノシシにやられた訳ではなさそうだ。多分アーロンが彼女を助けた際か、シリウスが彼女を保護した際に傷ついてしまったのだろう。

 ハンカチを取り出してとりあえず傷の土だけ払い、バルダーは彼女の手を引いた。

「一応詰め所に連れてって傷の手当てをするか」

 バルダーがふと何の気なしにつぶやいた言葉。

「そうしてくれ」

 それに反応したのは、意外にもアーロンだった。


「……は?」

 思わず聞き返す。そんな彼にアーロンは軽く肘鉄を食らわせる。一瞬何のことかわからなかったが、次の瞬間。

「そのまま素知らぬフリしてろ」

 その言葉に、バルダーは真意を悟った。

(……何? 何の話?)

 状況をいまいち呑み込めていないスティレッタが再びバルダーの足元をうろうろする。今度は空いた片手でスティレッタの胴を抱え、肩に担ぐように持ち上げた。

(……誰かこの森の中に不審者がいるって話だよ。この様子だと複数じゃない。一人だ)

 あの時折聞こえる音の感じだと、不審者は一人だと考えていいだろう。バルダーにもそれは分かった。

「シリウスも来い。頭数は多い方がいい」

 アーロンの指示にシリウスは再び無言で頷く。


 それを見ていたバルダーは、敢えて隙を装うようにひらひらと二人に手を振った。

(あの二人、大丈夫なのかしら?)

 猫がバルダーの肩の上で彼等がいた方角をじっと見ている。少女も二人の様子を見て案じたらしいが、バルダーは彼女の手を軽く引いて歩くよう促した。


 アーロンとシリウスは不審者を探す。そしてバルダーは猫と少女を無事な所まで連れて行く。そういう役割だと暗黙のうちに了承していた。

「……安心しろ。俺達はあくまで"傭兵"だ。物騒な事には人一倍慣れている」



 そう呟いて森の中を出た直後のことだった。


 再び、森の中から一発の破裂音が響いた。


「…………」

 その破裂音の正体が、アーロンの持つライフルのそれとすぐに悟ったバルダーは、しかし振り向くことなく詰め所へと戻ることにした。


「……シリウス、お前が先に近寄れ」

 バルダーと別れた直後、アーロンはシリウスに指示を出すと、下ろしていた銃を構えて歩き始めた。

 こちらに向かっていると相手に悟られるとまずい。一応遠巻きながらも円を描いて接近するつもりではあるが、念には念を入れるべき、だろう。

 ベルトにぶら下げたANSEAの残量を確認し、小さく息を吐く。場合によっては光線も数発使う可能性も考えると、この感じではリミットは10秒という所だ。


(……コンマ1秒も使えんよかマシって感じだな)


 幸いにも、ターゲットは接近されていることに気づいていない。

 アーロンとシリウス、先に近づいたのはシリウスだった。

 いきなり駆け出すと相手を徒に刺激しかねないと判断した彼は、ゆっくりと近づいていく。

 その様子を見ていたアーロンは、いよいよライフルを構えた。

 殺すつもりなどはない。

 だが不穏な動きを見せれば、その時は。


「……!!」

 ターゲットはシリウスの気配に気づき、彼の方を見た。剣を携えている辺りで明らかに一般人と違うと判断したのだろう。

 次の瞬間、ターゲットは携えていた拳銃を即座にシリウスに向けたのだ。


 それを、アーロンは見逃さなかった。

 彼はすぐさま銃口を"そちら"へと向けて、


 迷いもなく、引き金を絞った。

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