椿祭り
こんな夢を見た。
私は一人の女であった。
私は友人と電車に乗っていた。
車窓から景色を眺め、旅を楽しんでいた。
電車は寂れた駅に止まった。
無人のように見えた。
私達は電車を下りた。
改札を出ると小さな町が駅前に広がっている。
今日は祭りがある。
私達はそれを見に来たのだ。
昔ながらの町並みをゆっくりと歩く。
角を曲がろうとした時に私は人とぶつかり、しりもちをついた。
相手の女性も転んだようだった。
「大丈夫?」
友人が心配そうに私を起こした。
相手の女性は大丈夫だろうか?
そう思って視線をやると、女性は立ち上がり走り去るところだった。
何も言わずに立ち去る女性に私達は唖然とした。
謝るくらいはするだろう?
それもしないとは、何て失礼な人なのだろうか?
そう思って女性のいた位置を眺めると、扇が落ちていた。
慌てて落としたようだった。
私はため息をついて扇を拾うと開いた。
美しい椿の絵が描いてある。
「わぁ、綺麗ね」
友人の言葉に私は頷く。
こんな高価な扇を落としたと知ったら、あの女性は驚くだろう。
だが、届けることも出来ない。
どうしようか?と悩んでいた時だった。
一人の男が慌てて走ってきた。
「こちらに女性が来ませんでしたか?」
「はい、向こうに走って行きましたが」
友人がそう答えると男は頷いて走り去ろうとした。
しかし私が持っている扇を見ると走るのを止めた。
「それをどこで?」
「その女性が落としたものなんです」
知り合いなら返せるだろう、と私は扇を差し出した。
男は扇ではなく、私の腕をつかんだ。
「お願いがあります。
一緒に来てくれませんか?」
え?と思う間もなく私は引っ張られる。
呆然とした友人を置いて、私は男と走った。
連れてこられたのは神社だった。
「ここは?」
「これから祭りがあるのです」
椿祭りだ。
私達もそれを見に来た。
「その扇を持っていた女性が祭りの主役でした」
主役がいない祭りを行うことは出来ない。
でも祭りを中止することも出来ない。
「お願いします。
代役をやってくれませんか?」
「代役?」
「はい、衣装を着て、隣にいてくれるだけでかまいません」
「私は旅行者で!」
「お願いします。
もう祭りが始まってしまう」
男はとても焦っていた。
「わ、わかりました!」
私は仕方なく、代役をやることにした。
どうせ、今日だけだろう。
男はホッとしたようだった。
「助かります。
とりあえず、衣装に着替えてください」
そうして差し出された衣装を見て、私は絶句した。
「これって、花嫁衣裳ですよね?」
「そうです。
婚礼の祭りですから」
主役ってそういうこと?!
そういえば、椿祭りは婚礼の祭りだったと今更気づく。
「ちょっと待って!
婚礼なんて無理なんだけど!」
「隣にいてくれるだけでいいですから」
そういう問題じゃない。
それに祭りは3日間行われるはずだ。
祭りの後はどうやって逃げればいいのだろうか?
「心配する必要はありませんよ。
ただ、今だけはお願いします」
もう逃げれない状況に私は花嫁衣裳を握り締める。
「…着替えてきます」
一度引き受けてしまったのだ。
ここはもう腹をくくるしかない。
私はそう自分に言い聞かせたのだった。