婚約破棄したら、甘美な夢から覚めた男の話
【ご注意】
①主人公の性格が最悪です。
②「ざまぁ」も禁じ手かもしれない内容です。
③主人公の脳内がR-15です。
以上2点、ご確認の上お読みください。
メンタル強い人向けかもしれないです。
「タトゥール伯爵令嬢。悪いが、君との婚約は破棄する」
俺が言うと、タトゥール伯爵令嬢は大きな藍色の瞳がこぼれそうなほど見開き、すっと顔色をなくした。
すっげーショックそう。
ま、無理もないか。
本当なら、今日のこのパーティで、俺と彼女の婚約を発表する予定だったんだ。
俺が17歳になって成人するから、今までは内々の決定だった婚約者を公にするって趣旨のパーティな。
あ、紹介遅れたけど、俺はこの国の皇太子のサイネル。
自分でいうのもなんだけど、顔面レベルカンストで頭もキレる、カンペキ王子ってヤツ?
付け加えるなら、異世界転生した奇跡の男です☆
ま、前世の俺は今の俺とはかけ離れた平凡ブサ男だったんだけどな。
黒歴史っちゃ黒歴史だけど、あんなの今世の前座みたいなもんだったんだろうなー。
20歳くらいの時、通り魔に襲われて、そっから記憶ないし。
あのまま死んで、今のカンペキな俺に生まれ変わったんだろうな。
で、ま、タトゥール伯爵令嬢だ。
はーい、顔色真っ青ですね?
倒れる?
ん、倒れるの?
そりゃショックだよねー。
美形、頭よし、皇太子と、三拍子そろって未来予想図薔薇色の俺と、子どものころから婚約していたのにね。
ようやく公で婚約者だって発表されるって日に、婚約破棄なんて言われたら、そりゃショックだよねー。
あー、かわいそ。うそ。爆笑しそう。
あ、タトゥール伯爵令嬢、泣きそう。
プライドの高い小うるさい女だからウザかったんだけど、泣いちゃうのかな?
涙こそこぼれてないけど、瞳がうるうるしてる。
……そーやって、いつもしおらしくしてたら、妾にくらいはしてやってもいいんだけどなぁ。
ちろっとタトゥール伯爵令嬢の体を見て、考える。
この女、いっつもキンキンうるせー声で「皇太子としての立場をお考え下さい!」だの、「次期王としての自覚をもって行動してください!」だのうるさいから、ウザいんだけど、顔と体は絶品なんだよな。
さすが次期王妃にって推薦されるだけあって、いかにも貴族って感じの美人だ。
白い肌は透明感パネぇし、まつげバサバサの大きな目は憂いを含んでて色っぽいし、ぽってりした唇もエロい。
体つきも、腰は華奢で、足は長く、胸ははちきれそうにたわわだ。
いっかい夜会の時にバルコニーで無理やり揉んだら、その柔らかさと手ごたえに、めっちゃ興奮した。
あれは、パなかった。
けどコイツまじめだから、振り払われた挙句、王に言いつけるという強硬策にでやがった。
貞操観念の厳しいこの世界では、婚約者なんだからいいじゃん、という理論は通るはずもなく、お年頃なのにエロ系で親に怒られるという大恥をかかされたんだよな。
……あ、思い出したらまたムカついてきた。
だから、俺も考えたわけ。
こっちはこっちで、コイツに大恥かかせちゃおうと。
じゃなきゃ、俺のプライドが許さないっていうか。
男のメンツがたたない、みたいな?
わかる?この感じ。
で、コレ。婚約破棄よ。
婚約パーティで、婚約破棄。
ほんとは衆目の集まる前でバーンと宣言して大恥かかせたかったんだけど、そこまでやるとこっちにも傷がつくし?
お披露目当日に婚約破棄を告げるだけって穏便な手段にしたわけ。
つっても、本人もあっちの親も、その家に勤めている人間とかも、今日俺とタトゥール伯爵令嬢が婚約発表するって思ってるし、この女的には大恥だろうなぁ。
しかも、かわりっぽい女も用意ずみ。
俺の腕にさっきからまとわりついているニッキー男爵令嬢。これな。
こいつはお上品な人間に言わせれば「堕落した女」ってやつだ。
見た目は清楚なお人形さんみたいで、小柄で華奢で、清純そうな顔をしている。
でも中身は堕落しまくり。
そこがいい。
まぁタトゥール伯爵令嬢みたいな胸がないのは残念だけど、男を喜ばせる術を知っている体の具合もよかった。
一時的なお遊びとしては格好の相手で、けどもちろんこの程度の女と結婚する気は微塵もない。
結婚しても、ほかの男と共有するハメになりそうだしな。
けど、ニッキー男爵令嬢は厚顔にも、俺と結婚できる気でいるっぽい。
笑うわー。
タトゥール伯爵令嬢への嫌がらせに有効そうだから連れてきただけで、ニッキー男爵令嬢と公の場に出るなんて、これが最初で最後なんだけどな。
俺にはしおらしげにしているくせに、俺がちょっと目を離した(と思わせる隙をつくったら)、さっそくタトゥール伯爵令嬢に対して「ふふん」なんて勝ち誇った笑みを浮かべている。
おま、自分が本気で王妃になれるとか思ってんのかよって内心爆笑だけど、ニッキー男爵令嬢に嘲笑されたタトゥール伯爵令嬢が唇をかみしめているのが、さらに笑える。
この程度の女に、正妃の座を奪われたと思ってショックなんだろうなー。
俺、そんなバカじゃねーんだけど。
ま、このウザ女がショックなら、それはそれでいっか。
俺はいちおうこの婚約破棄について、親である王の了承も得ている。
王は残念がっていたけど、次の候補であるコクーン公爵令嬢の父であるコクーン公爵は、次男を隣国の王女の婿にいれて影響力ましましだから、彼とつながりを作れるのはラッキーって考えもあるっぽい。
ぶっちゃけタトゥール伯爵令嬢の父である伯爵は病に倒れてて、凡庸な息子が最近は仕事を変わっているんだけど、その力量からするとタトゥール伯爵家が零落するのは目に見えてるって感じなんだよな。
だからタトゥール伯爵令嬢との婚約破棄は、王にとっても都合いい話ってこと。
どうせ内々の婚約だったし、ま、しょーがねーんじゃね?みたいな?
俺としては、コクーン公爵令嬢は童顔でかわいいタイプで、かなり好みだからラッキーって感じ。
タトゥール伯爵令嬢みたいにうるさそうでもないし、従順そうなとこも好みだ。
にやにや考えていると、か細い声がする。
「王子……、どうしてもわたくしとの婚約を破棄されるのですか?」
タトゥール伯爵令嬢が、大きなお胸の前で祈るように指を絡めながら俺のほうをじっと見つめる。
えっろ。
そのポーズ、胸が強調されて、ちょーエロいんですけど。
狙ってる?それ、狙ってるの?
なんてな。
狙って体つかってくる女じゃねぇってことは、わかってる。
やっぱ顔と体は絶品なんだよなぁ、おしいなぁ。
これで中身が従順ならって思うけど、それじゃもはやタトゥール伯爵令嬢じゃねぇし。
ほら、俺、王族だから?
誇りとか、人一倍あるんだよね。
いくら顔と体が惜しくっても、俺に恥をかかせた女を放っておくわけにはいかねーのよ。
ま、誠心誠意タトゥール伯爵令嬢が謝るなら、愛人にはしてやってもいいよ?
一夜の情けくらいたまわってやってもいいのよ?
タトゥール伯爵令嬢のドレスの下を想像しつつ、けど顔だけは重々しく、俺は答えを返す。
そんなの、答えはひとつなんだよねー、って。
「ああ。これはもう、決定事項だ。王からの許可もいただいている。君との婚約など破棄する!」
そう、俺は宣言した。
その瞬間、世界が壊れた。
泣きそうな顔で俺を見ているタトゥール伯爵令嬢も、俺の腕にすがりついていたニッキー男爵令嬢も、きらめくシャンデリアや大理石の柱や床まで、すべてが砂のように崩れ去る。
「な、なんだこれは……!」
俺はこの世界に生まれ変わって初めて、仰天した。
慌てて俺の護衛騎士を探すが、壁際に控えていた彼らもまた砂のように消え去る。
そして、俺の、この俺の体まで……。
指先からぱらぱらと砂のように崩れていく。
なんだ、これは……。
なんだ、これは…………。
こんなバカな事があってたまるか…!
俺は、この国の皇太子だぞ!
「だ、だれか助けろ……っ」
けれどそう叫ぶ口や舌さえ、砂になって消えていく……。
「あ、先生!507号室の患者さんの目が覚めました……!」
なんだ……?
頭の上で、声が聞こえる。
頭が、痛い。
目を開けようとしたが、体がなかなか思うように動かない。
必死で力を入れて、ようやく瞼をあけることができた。
「こ、ここは……」
そこは、見知らぬ世界だった。
いや、違う。
俺は、俺はこの世界をよく知っていた。
だが、なぜだ。
この世界は、この世界はまるで、前世の……。
真っ先に視界に入ったのは、白い天井。視線を左右に揺らせば、ベッドの周囲を白いカーテンで仕切られているのが見える。
ベッドを仕切るカーテンは、自室のベッドにかけられた天蓋のような美しい織のある布ではなく、安っぽいテラテラした布地だ。
そしてベッドに横たわる俺を見下ろすのは、真っ白なナース服を身にまとった看護師。
まるで、ここは、前世の病院のようじゃないか……。
中年の看護師が、てきぱきと俺につながれた機器を確認し、なにかを書き付ける。
彼女の知らせを聞いて、すぐに病室に人が集まってきた。
その中に医師らしき白衣姿の男の姿を認めて、俺はとっさに目を閉じる。
なにがなんだか、わからなかった。
俺は、サイネル王子。
顔も、頭も、レベルカンストで、将来有望な皇太子のはずだ。
なのに突如として世界が崩れ去ったと思うと、前世の世界のような場所に放り出されているとは。
いったい、どうしたことだ?
俺は、考える。
これは、悪夢ではないかと。
あるいは王国を狙うタチの悪い魔術をかけられたのではないかと。
けれど一方で、頭の片隅で、誰かが叫ぶ。
ここが、俺の世界だと。
サイネル王子なんて人間は存在しないのだと。
あれは、俺が見た夢なのだ、と……。
いやだいやだいやだ!
そんなのは信じない!信じないぞ!
今更、もう一度前世をやり直せっていうのか?
あんなブサいくな顔で、女の子に話しかけたら眉をひそめて「キモ」とか言われるツラで生きろっていうのか?
飲み会にも誘われず、バイトの面接も落ちまくる、あんな人生をやり直せっていうのか?
じょうだんじゃない!
そんなの、信じない!
そんな現実なんて、いらねぇ!!
俺は、サイネル王子だ。
イケメン皇太子なんだ。
女なんて、いくらでも寄ってくる。
どんな女もつまみ食いし放題で、超かわいい子と結婚する。
頭もよくて、さすが王子って子供のころから言われてて……!
あぁ、俺は、俺は……!
「いやー、しかし、彼の意識が戻る日がくるとはね」
感嘆したような医師の声が、頭上から降ってくる。
なんだそののんきな声は!
こっちは人生が終わりそうなんだぞ!!
いらねぇ!
こんな人生はいらねぇんだよ!
さっさと俺を元の世界に戻せよ!!
サイネル王子としての人生を返せよ!!
俺は目を閉じ、この世界を拒絶する。
きっと目を開ければ、元の世界に戻れると信じて。
けれど、頭上の声は止まらない。
こちらが目を閉じているせいで、また意識を失ったと思ったのか、つらつらと無情な言葉が続く。
「でも、意識が戻ったことが彼にとって幸せなんでしょうか?」
「ねぇ。この患者さん、意識を失ったのって20歳のころなんですよね?私だったら、耐えられない。目が覚めたら50年も過ぎているなんて……」
「なくなった彼のご両親が残してくださったお金も、この病院の治療費ですべてなくなっていますよね?それも彼の眼がさめるまでという契約でしたし。70歳で、20歳のころまでの記憶しかなくて、お金もないなんて……。この先、どうなさるんでしょう」
なんだって…、なんだって……!
こちらを気遣うような看護師たちの言葉。
けれどそれは、俺を奈落へと突き落としていく。
うそだ。うそだ。うそだ!
「まぁ、国がなんとかしてくれるんじゃないかな。老人ホームとか、別の病院にうつすとか。この病院を退院した後のことは俺たちの仕事じゃないから、あんまり考えても仕方ないぞー。さ、じゃぁ手続きと検査の準備に移ろうな」
医者がのんきにいうと、看護師たちは「はい」と声をそろえて応え、ぱたぱたと動き回る。
誰もこちらを見ていないのを感じ、俺はそっと目をあけ、自分の腕を見た。
そこにあったのは、しわしわの、シミや血管が浮き出た老人の手……。
悲鳴も、出なかった。
目の前が真っ暗になって、俺は気を失った。
いっそこのまま消えてしまいたい……!
けれどこの世界からは、俺は消えられないということも感覚的にわかってしまう。
逃げ道などないといわんばかりの現実感が、俺をとらえて離さない。
頭の中に、女の声が聞こえた。
(王子……、どうしてもわたくしとの婚約を破棄されるのですか?)
しない!
婚約破棄など、しない!
だから、タトゥール伯爵令嬢、ここに来てくれ。
ここに来て、俺の手を握ってくれ!
精一杯、俺は手を伸ばした。
けれど、その手を握り返してくれる人が現れることは、もうなかった。
読んでくださり、ありがとうございます。
そしてごめんなさい。