初恋
どうしても伝えたかった想いがあった。
でもあの頃の私たちはお互いが近すぎて。
だから伝えたくても伝えられなかった。
「久しぶり〜、綾乃元気だった?」
「久しぶり、透子ちゃん!」
地元で行われる友達の結婚式。
私は帰郷の意味も込めて、7年ぶりにこの町に帰ってきた。
この町は私が赤ちゃんの頃から高校まで育った町。
だけど父が東京に栄転になったので、専門学校進学を機に家族で引越しした。
成人式の時に帰ってきたきりなので、友達に会うのも久しぶり。
透子ちゃんとはメールや電話でやり取りを時々してたから、久しぶりな感じもしないけれど。
会うとわかる。
彼女もまた、7年の月日を感じさせる成長をしていたから。
「毎年同窓会やってるのに、中々参加してくれないんだもの。寂しかったのよ?」
「ごめんね。仕事が忙しくて、なかなかお休みがもらえなかったの」
「うん、知ってるけど、それでも寂しかったの」
拗ねたような透子ちゃんの言い方に、私はいつも伝えるお決まりの謝罪のセリフを口にする。
これは半分本当のこと。
東京で看護師の職に就いた私は、当然新人の頃はお休みなんかもらえるはずもなく。
今年、小さな個人病院に転職したからこうして参加できたのだ。
小さな医院なので入院患者もいなく、土曜日は半日仕事があるけれど日曜日はお休みだから。
この町へは特急を乗り継いで約2時間かかる。
いやむしろ、2時間もあれば帰ってこれるのだ。
……十分日帰りをしようと思えばできるのに、しなかったのは仕事が忙しかったからだけじゃない。
私の想いに踏ん切りがどうしてもつかなかったから。
でも。
一歩を踏み出すためには、ここに来るしかなかった。
私は今日一歩を、ここから踏み出すの。
「綾乃、なのか?」
透子ちゃんと近況報告をしていると、後ろから聞こえる懐かしい声。
今でもこの声を聴くたびに心臓が一瞬跳ね上がる。
これは幼いころから培った条件反射のようなもの。
「敬人くん、久しぶり」
「本当に、久しぶり」
振り向くと、そこには見慣れないスーツを着た男の姿があって。
精悍な顔つきは当時のまま、今も色褪せないけど。
やっぱり月日の流れは大きいな。
27歳になった敬人くんは、すごく大人っぽく見える。
でも笑うと目じりがくしゃっと歪むのは相変わらずだ。
私たちはずっと一緒だった。
小さな町だったから、全員が同じ小中学校に通って、高校だってほとんどの生徒が同じところに通った。
敬人くんや透子ちゃんとはずっと登下校を一緒にして。
いろんなことをいつも一緒にしていた。
変わらない、変わるはずのない日常。
でも変わったのはいつからだろう?
気が付いたら私の中には、一つの想いが芽生えていた。
――――― 敬人くんが好き。
気づいたらどうしようもなく好きになっていた。
気付いた途端、隣にいるのが苦しくてでも離れたくなくて。
何度も何度も想いを伝えようとした。
だけど。
関係を壊すのが怖かったの。
私は誰にも相談せずに、逃げるように東京の専門学校に入学を決めた。
あの時は、2人にすごく怒られたっけ。
「なんで言ってくれなかったの?おじさんが転勤するって」
「綾乃はついて行かないんだろう?こっちの大学に進学するって言ってたもんな」
2人は私がこっちの大学に進学するために残ると思っている。
そう思わせたのは私だ。
2人と一緒の大学を見学しに行ったり、模試でも大学用を受けたりしてた。
父が転勤することはなるべく伏せておいたけど。
さすがに高校生活も残すところあと半年になってしまい、ばれてしまったのだ。
「ごめんね、私もついていくんだ」
「「!?」」
「こっちでは進学しない。東京で専門学校に通うの」
私の言葉に2人が絶句したのを今でも忘れない。
透子ちゃんは泣きそうに顔を歪めて、敬人くんはひどく怒っていた。
それからは受験が本格化したせいもあるかもしれない。
段々2人とは距離を置き始めて、気が付いたら私は東京行きの電車に乗り込んでいた。
正直、卒業式のことは覚えていない。
引っ越しがすぐだったので、碌な挨拶もせずに去ったことだけは覚えている。
あれから2年、私は必死に勉強をした。
看護師になりたいと思ったのは、手に職をつけておけば将来困らないという打算的な考えだったけど。
色々と勉強を積み重ねていくうちに、私にとって天職とまで言える仕事だと思った。
でも、正直に言うと2人ことを忘れたいと思ったのも事実で。
だからよけい我武者羅に勉強したんだと思う。
そんな時、成人式の案内が届いた。
本当は出席するかすごく迷った。
晴れ着を着て電車で2時間も乗るのが躊躇われたし、何より成人式にはあの2人がいる。
会いたい、けど会いたくない。
やっと忘れられてきたのに、いまさら会うなんてできない。
私はものすごく葛藤した。
だけど最後は母の
「ちゃんと地元に別れを告げなさい。あなたは逃げ出してきちゃったでしょ?」
という言葉に後押しされた。
母はわかっていたのだ。
私が逃げ出すように、あの町を離れたことを。
成人式ではみんな晴れ着を着てひどく大人っぽく見えた。
そんな中でも、私の目はすぐに透子ちゃんを探し出せた。
「透子ちゃん」
「え、綾乃?」
「うん、久しぶり」
「………っ!!」
その瞬間、透子ちゃんの瞳からは大粒の涙がこぼれた。
お化粧なんて関係ない。
彼女はその場でうずくまると声をあげて泣いたのだ。
その様子に、私もつられて涙を浮かべる。
そしておもむろに抱き合うと、また大声で泣いた。
私たちの、会えなかった2年間を、一瞬で飛び越えた瞬間だった。
「敬人はね、いま留学してるの。本当は成人式に出たかったって言ってたよ」
「そうなんだ」
「うん、敬人もずっと綾乃のことを気にしてた。謝りたかったんだと思う」
「謝るのは私のほうだよ。ずっと2人に黙ってた」
「でも一番辛かったのは離れていく綾乃じゃない。なのに、辛いときに傍にいられなくてごめんね」
結局私は敬人くんに会うことも謝ることも、思いを告げることもできずに東京へ戻ってきた。
それから透子ちゃんとはメールや電話のやり取りをするようになって。
私が大学病院へ就職したりと忙しかったので、直接会うことはできなかったけど。
それでも慣れない仕事を支えてくれたのは、彼女の励ましと優しさだったのは言うまでもない。
「綾乃は全然変わらないな」
「む〜〜!私だって少しは成長したんです。……敬人くんは本当に大人ぽくなった」
「ありがと」
近くにあった飲み物を手に、9年ぶりの会話を交わす。
綾乃は忙しいのか、それとも気を使ったのか……たぶん両方だろう。
すでにその姿を消している。
これは透子ちゃんがくれた、私へのラストパス。
時間を、与えてくれた彼女には感謝してもしつくせない。
だから私は今日言わなくちゃいけない。
この想いを、昇華させるために。
一歩を踏み出すために。
「敬人くん」
「ん?」
「……今日は、ありがとう」
「え?」
「……結婚式にお招きいただき、ありがとうございます。幸せになってね、透子ちゃんと」
今日ここで敬人くんと透子ちゃんは結婚するのだ。
地元の、この小さな教会で。
私は透子ちゃんたっての頼みで、今日は結婚式の受付をする。
7年会わなかった親友だけど、透子ちゃんはぜひ私にと声をかけてくれた。
今頃、透子ちゃんは綺麗な純白のドレスを身にまとっているころだろう。
お化粧だって今頃しているに違いない。
泣き虫の透子ちゃんはきっと私に会えて泣くから。
だから私は、こうやって先に来て2人に挨拶したのだ。
敬人くんもまた、少し紫がかった白のスーツを身にまとい。
いつもおろしていた髪を、撫で上げて、ものすごく大人っぽく見える。
「私の大事な親友を泣かせたりしたら、承知しないからね。敬人くん」
「ああ、わかってる」
私の言葉に、敬人くんは少し驚くと今日一番の笑顔をくれた。
それだけで私は幸せだよ。
大好きな透子ちゃんが大好きな敬人くんと一緒になってくれて。
本当はちょっとだけ悔しくて寂しいけど。
やっぱり私は嬉しいの。
……バイバイ、私の初恋。
「幸せそうだったのか?その親友2人は」
「……敬人さん」
さすがに電車の時間があるので2次会は辞退させてもらい、私は一人東京へ戻ってきた。
駅に着くと、そこには見知った男の人が車で待っていて。
私は彼がいることに驚いてしまう。
だってこの時間に帰ることは誰にも告げてなかったから。
「よく私がこの時間に帰ってくるってわかったね」
「明日も仕事だろう?お前の性格からして、2次会には出ずに帰ってくると踏んでた」
うそつき。
きっと彼はいっぱい待ったに違いない。
彼の身体はものすごく冷え切っていたし、車の灰皿はたばこの吸い殻でいっぱいだったから。
医者の不用心とはよく言ったものね。
出会いは単純。
たまたま職場で彼の名前を見た時に『たかと』と呼んでしまったことから。
普通あの漢字で「たかと」とは呼ばないって言われたっけ。
それから色々あって、本当にいっぱい泣いて笑って。
私は今年、おうちの病院を継ぐといった彼について転職したのだ。
ねえ、敬人さん。
やっと私は一歩を踏み出せるよ。
待たせて、ごめんね。
私は彼が待っている車に乗り込むと、そっと彼の頬に手を添える。
そして。
「敬人さん。まだあのお話は有効?」
「……決まってるだろう」
「……不束者ですが、これからもよろしくお願いします。私を、敬人さんのお嫁さんにしてください」
私の言葉に彼は満面の笑みを零して、優しいキスをくれたのだった……。
よくあるお話ですが、恋愛ものの短編が書きたくなりました。
読んでくださってありがとうございます