表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

岩山の第四大陸ガット (前)

infoseekのHPが幅を利かせていた時代に、知人HPに乗せてもらっていた作品の

第三話を前後に分けて誤字脱字修正をして、さらし上げ。

未完成品で続くかも分かりませんが……

 雪がちらつき始めた山岳地帯は渡り鳥たちの命を無数に奪い続けてきたんだろうな。そんな道なき雪道を俺とディアは防寒着をしっかりと着込んで歩き続けていた。

「なあ、ディア……なんで船を使おうとか……思わなかった、わけだ?」

 寒さでガチガチと震えながら歩く、足が冷たさで感覚が無くなっていた。ま、こうやって毒づく事で気を紛らわせてるんだけど……ほ……殆ど、効果が無い。

 寒いと思う方が余計に寒く感じるんだろうけど……でもやっぱり寒いもんは寒いんだ!

「おい、ディア?」

 さっきまでこうやって毒付けば返ってきた筈の声が聞こえなくて慌てて振り返った。

「……なんだよ」

「いや……別に」

 さほど離れていない後方に居た。ただ無言で存在感も薄れていたから、どこかでぶっ倒れて……そんでもって気が付かないうちに置いてきたかとも思ったのは事実だけどな。ともかくディアは俺の相手もしてくれずに方位磁石と地図と睨み合ってた。しっかし、この第四大陸ガットに到着してからディアの口調がいつもの明るめの奇麗な声ではなく低く押し殺してたような凄みがある声だからやめて欲しいものだ。何ていうか、無茶苦茶テンションが低いんだよな。

 あれから一年は一緒に旅をしてるけど、これには慣れない。暖かい場所だとテンションも高くて寒いと低くなる……落差について行くのもやっとだよ……本当に。

 ヤツ曰く、寒いのは嫌いだそうだ。

 それにしてももう一年経ってるんだよな……ディアと会ってから。まさか俺が渡り鳥になるとはあの時は全然思ってなかったし、なった後も後で、旅生活に慣れるまでが大変で……

 一年間振り返っただけで、ノート二冊は軽く埋まるくらいの物語かなんか書けそうだ。書く気はこれっぽっちも無いけど。

「アステリア……もうそろそろ山道の入り口が見えてくる」

 ディアが寒さに震えながら伝えて来たので俺は入り口を見落とさないように気をつけながら歩いていた。

 今日の天気が晴れでよかった。しかも雲ひとつ無いいい天気じゃなくて、程よく雲が掛かっているおかげで雪に光が反射しすぎず周りが見やすいのが救いだった。

「あれじゃないのか?」

 目を凝らしていた俺が指し示した先には白い大地にちんまりと顔を出していた茶色い看板らしきものが見えた。とりあえず先に看板の近くまで行くと洞窟を抜けていく道があることが書いてあった。目下の所の目的地は首都レンソムントだ。

 雪道を掻き分けて行こうが洞窟を抜けて行こうがレンソムントには行けるようだ。おそらく、季節によって利用できる道が変わるんだろうな。

 大抵そういう時はその時期のみに出てくるモンスターの影響だったりするんだけどな。

「どっちからいく?」

「洞窟……少しでも寒さが凌げる方がいい……」

 本当に寒がりだな。俺はそう思いながら看板の示すとおりに右へと進路を取った。程なくしてから大口を開けているような洞窟が見えてきた。天然の洞窟に人の手が加えられた物のようで道と明かりがしっかりと存在しているタイプだ。けど、明かりがついてると言っても天然の洞窟に比べればマシってな程度で、天井は闇に溶けて見えなかった。まあ寒さの感覚がなくなっていた外に比べたらまだ暖かいのが救いだけどな。

「カンテラ」

 ったく、自分で持たねぇくせに。っと……これは悪まで当人には言えないけど。使い慣れたガントレットを操作してカンテラを選び出した。転送用の魔晶石が光りを放ってカンテラが出てきた。摘みを捻ると炎が出る奴で結構高い代物だ。一般的なカンテラは獣油に火を入れて使うが、ただ、倒れたりすると危険だがな。

「ディアッ」

 後ろに放り投げると悪まで決る仕草でキャッチした。んでも、さっさとカンテラの炎で暖をとる姿がなさけねぇ。

 いや……本人に対して面と言える分けがない。後々の怖さを知ってるから。

「んだよ………」

 いちいち、拗ねたように口を尖らせて言う事かよ。しばらくしてからディアが装備を変えた。

 今までのディアの装備は厚手の下着(つっても鎧の下に着る服の事なんだけど)と冬用の短めのローブを着込み、更にコートとマントを巻きつけるように着ていたのから、下着は変えずに何時もの白い簡易鎧とミケウイス(マントなどに使用される長い毛を持っている牛の種類)のハイブーツをつけていた。でも、やっぱりコートとマントの重ね着はやめていなかった。凄く、見ていてもモコモコした感じだ。多少の衝撃が来ても平気そうな印象だけ持って置こう。

 んで俺の方は、ディアみたいに軽装(ある意味じゃ重装備か……)とは言いがたいけど、冬用の生地のしっかりした濃い紺のズボンと黒の長袖シャツ。その上にグレーのハーフメイル(腰まで覆うタイプ)とディアと同じくミケウイスのグレーのハイブーツ。

 長かった髪も旅の途中でばっさりと切った。切らざるを得なかったという方が正しいか。ベドースライムって言う何でも溶かすタイプのスライムにとっ捉まって、止むを得なく。

 そういや、俺の渡り鳥の職業は戦士だ。術士にはコントロールするための精神力が術の威力を決める魔力とのバランスが悪いらしくて安定するまでやめて置けと言われてしまった。魔力は調べてもらってから分かったことだけど、結構高いらしい。後は精神力が追いつけばそれなりの術士になれるとは言われた。

レベルもこの前十六に上がったばかりなんだけど、一年でここまで上がるのは大分早い方だ。最も、十ぐらいまでは面白い様に上がった。それもこれもディアのお陰って言えばそうだな……良くも悪くも。

「おい……ジャイアントバッドの団体さん到着だぞ」

 小さな声で俺を呼んできたディアの手にはチャクラムがあった。俺はサンダーバードを取り出した。

 別に鳥の形をしているわけじゃない刃先は三十セム程の刺突特化型の槍。ディアが酒場で巻き上げた代物で雷の属性を持つ魔晶石が埋め込まれたモノだ。最初の頃は思うように扱えずに苦労したけど、最近にして大分慣れてきた。

 こっちが戦闘体制に入ったのがわかったのかジャイアントバッドたちがキイキイと甲高い声で仲間達に警鐘を鳴らすことで、いくつかの輝きが闇の中で増えた。数が意外と多いな。

「お前、後幾つだ?」

「あ~……千六百弱かな」

 ガントレットに納めていたカードを引っ張り出して経験値を確認した。ディアはディアで自分のガントレットをいじってから……多分、魔物情報を引っ張り出していたと思うが……俺に向かってにっこりと意味ありげに笑いかけた。初めてこの笑顔を見た瞬間は意味なく怖くなった記憶があったな。いや、格好良いとか奇麗とかはもう抜きにするけどな。一々、見惚れてたりしてたら危ない世界になりそうだし……嫌々、それも置いていいんだよ……ともかく、その笑顔見て何か企んでることだけは良く分かった。

「五十匹は、流石にいなさそうだな。ま、頑張ってくれ」

 言い終わるが早いか否か、ディアのチャクラムがシュルルルッと音を立ててジャイアントバッドの群れへと飛んでいった。当てる気のない中空で飛んでいくチャクラムが途中で弧を描いてディアの手に再び戻ってきた。そして、ディアはまたカンテラで暖を取り始めていた。

「さ、頑張って来い」

 手を振って送り出された俺は飛び掛ってくる蝙蝠軍団を振り払うようにしながら攻撃を加えていく。それに釣られる様にサンダーバードに埋め込まれている魔晶石から電撃が動きに併せて尾を引いていた。一体を相手する時のように突く攻撃は殆ど出来ない。常に動き回りながら振り払い、叩きつけるのが精一杯だ。それに蝙蝠も数匹ずつ攻撃してくるわけじゃない。

 足元、腕、肩、髪……全身に噛み付いてくるもんだから中々辛い。けど、いくらこっちが全身が蝙蝠だらけになってもディアは手助けはしてくれなかった。

 ちらりとディアの方を見れたが相変わらずマントに包まってカンテラを抱えていた。火傷すると思うぞ……いくらなんでも……

「いってえぇぇっ!」

 思い切り手の甲に噛み付かれ血が滴り落ちた。骨まで行っていないのが幸いだろうけど……抉られた痛みで手を動かしたり力を込めたりすると槍を落としそうだ。更に蝙蝠の羽が容赦なく全身を打ち付けていくのに対して、俺は情けない事にまだ二匹三匹しか倒せていなかった。

「のんびりしてると全身食い破られて死ぬぞ♪」

 ディアの何とも素晴らしい応援を聞きながら、蝙蝠たちを打ち落とす。ある程度振り払いきって僅かな自由を得た処で、魔晶石の力を解放させた。今度は数倍の雷が槍先に集まり触れたもの全てを焼き焦がしていった。だけど、迸る雷に翻弄され始めたのもまた事実だった。構え直そうとしても、槍が先に蝙蝠を打ち抜こうと前に持っていかれるし、流れを旨く扱おうと体を流れに任せようとすれば、槍の動きについて行けなかった。

 とりあえず、十数体は倒したが雪道を歩いて消耗していた分とか血を流しすぎたせいで、目の前がぐるぐる回り始めてきた。ディア……呼ばないとマジで死ぬかも……

「ディア、無理だっ――」

 決して止まらないように気力を振り絞りながら、ジリジリとディアの方へと下がって行った。槍が手の中で暴れて押さえるのも一苦労だ。

「とりあえず、後五匹は自力で倒せ」

「三匹!」

「ダメ、五匹な」

 願いはむなしく一蹴されてしまった。意外と体力があるジャイアントバッド……後五匹は結構キツイがやるしかなかった。打ち払う動作に突きを加えるが一向に倒せる気配がなかった。だからと言って手応えが無いわけでもない。数が多い分あたる確率が高いわけだし、二、三匹纏めて翼を突き破ってそのまま地面に叩きつけた。


 ゴッッ――


 鈍い音がしたと思えば力を解放したサンダーバードが地面に突き刺さってしまっていた。どうするべきかと考える間もなく、蝙蝠たちはこれを好機と見て一斉に群がってきた。

「うわわわっ!」

 左手で頭を庇うように振り払うがやっぱり素手じゃ何の役にもたたん。

「まったく……仕方ないな」

 ディアがぼやきながら近付いて来ると蝙蝠たちは標的を変えたように俺から離れていった。

「残りは自分で片付けろよ」

 ダガーを引き抜いて、瞬く間に切り伏せていくのが分かった。俺も槍を引き抜くとまだ喰らい付いている蝙蝠を叩き潰してから一息を付いた。ずっとこんな戦い方ばっかさせられてるんだよ。

 本当に俺が死に掛けそうになったりとかぶっ倒れない限りはディアはまったく手を出さない。だけど、返す刀で四匹づつは仕留めていっているのは相変わらず凄いの一言だな……

 ガントレットをいじって体力回復剤――太陽の雫をとりだした。小瓶に入っている赤い液体をグイッと飲み干した。程よく甘い味で体の底から力が湧き上がってきた。

「お前は自分の傷の手当てでもしておけ」

 そう言いながら全く数の減らない蝙蝠を相手にしながら、殆ど無傷でいた。下手をしたらこの辺りの血の匂いで更にモンスターを呼びつける可能性もあるな。スプレータイプの消毒液を傷口に拭きつけて、ガーゼを乗せておく。

「手当て終わったら先に行けよ」

 ディアがそういう時は面倒になったか倒し切れないかのどちらかだ。今回は多分後者だろうな。ここまでの数が多いのは俺にとっては初めてだ。元々ジャイアントバッドは群れで生息する魔物だがここのは数が多すぎる。

「先に行く」

 サンダーバードを握り締めて俺は進行方向へと走りこんでいた。ディアもチャクラムを取り出していたから、直ぐにこっちに追いついて来る事だろう。後でしっかりと傷の手当てしないと……

 途中で追いかけてくるジャイアントバッドを倒し、少し開けた場所に出た処で足を止めて後ろを振り返った。大分距離と時間を稼いだはずなのにまだ、ディアは来ない。戻った事で俺が足手まといなる事も分かってるが……本当にいいのか。

 いくらディアだって……あの数相手に無事で居られるわけがない。魔晶石の力がどのくらい回復してるのかが分からないが、何とか成るはずだ。

 そう思って走り戻ってみたが俺の入る余地がない事を思い知らされた。ダガーから小剣ショートソードに切り替えて蝙蝠たちを切り伏せながらチャクラムを投げ付いて更に投具用のナイフをチャクラムとは別の方向に投げつける、速過ぎるというか器用すぎる。瞬く間に数十体を倒していた。それだけじゃなく、蝙蝠の間をすり抜けながら戻ってくるチャクラムを受け取る。返り血を全身に浴びているがまったく気にしていないらしい。時々、蝙蝠たちを踏み台にして上からも攻撃を加えてだが、それだけじゃ終わらないらしい。ディアがチャクラムに装備させていた魔晶石の力を解放させ、炎を纏わせたそれを放っていた。チャクラムから飛び出る炎は敵に食らい付き離れなかった。



   ほのお……


  炎


   熱い


      あつい


    俺から


     ウバッテイッタ――――



「ぅああぁあああぁぁあぁぁぁぁっ!!」

 奇声を上げながら炎へと突っ込んでいった。

「バカ、やめろっ!」

 サンダーバードの魔晶石の力を解放させ、その力の勢いで炎の塊を叩き潰す。目の前に炎の柱が立ち上る。


   サラマンダー    俺から奪っていった。


 倒さなきゃ   助けなきゃ   


    姉さんを   助けないと



 槍を振るうたびに炎は裂かれていくがまた直ぐに元に戻ってしまう。

 より強い力が欲しい……この炎を凍らせるまでの強い力が。そして、自己再生なんてことが出来ないまでの力が。


  欲しい。


「クォッタ……」

 思い出した氷の魔術が発動するための韻が自然と声として発せられていた。右手の血が急速に失せていく様な感覚とは裏腹に体全身に血が駆け巡る感覚がわかった。符術を扱っている時とはまったく別物の感覚は余りにも気持ちが悪い。反発属性を扱っているせいかもしれない。だけど、これでサラマンダーを倒せるなら、それでもいいッ。

 俺から大事な人を奪っていったこいつを倒せるなら


 俺の命……全部くれてやる――



 右手から迸る冷気の塊が次々と炎にぶつかり、相殺していった。だけど、手にしていた魔晶石の力も働いたのか余りにも強すぎる力が働いていた。右腕が冷気の余波で凍りついていた。それでも構わないっ。

「くたばれっ!」

 体の中が異様なまでに熱い。血が体中から吹き出そうだ。炎が凍結する事はなかったがそれでもサラマンダーの炎は小さくなっていた。後もう一押しだ。

「アステリア!」

 後ろから肩を掴まれ、そのまま引き寄せられた。

「放せっ!」

「終わってるんだ! もう、終わってる!」

 何言ってんだ……まだ……まだ居るだろ。目の前に居るじゃないか!

「アス……よく見てみろ。もういないんだ」

 強く肩を叩かれて深呼吸を一つさせられる。あれだけ周りを覆っていた炎の影は何処にもなくて凍結した通路が目の前に広がっていた。

「また……やっちまったの?」

「いい加減に慣れたさ」

 ディアの腕から解放され、膝を着く代わりにため息をついた。前よりかはマシになったがまだダメらしい。

「けどな……なんで言う通りにしなかった。戻って来いとはオレは言わなかったぞ」

 呆れ果てたと言わんばかりの窘め方で少し癪に障る。けど、結局はディアまで巻き込んでたから文句は言えなかった。

「とりあえず、手当てするからどっか休めそうな処は……っと」

「……奥に少し広い場所があったけど」

 凍り付いていた腕に毛布を巻きつけて温度が下がらないようにしておく。ディアもさっきの魔法の影響で所々に霜が付いている。

 先の通路では魔物の気配もないらしく、ディアが簡単に手当ての準備を始めていた。焚き火程度までの炎まではどうにか、慣れたんだが、さっきみたいに戦闘中で炎を見ると……どうしてもあの時の事を思い出して、歯止めが利かなくなる。

「ちゃんと暖めておけ。後はやってやるから……」

 言われた通りにディアが準備した鍋の上に腕を差し出して少しずつ溶かしていく。ディアも左手を暖めているがその片手間に簡単なスープを作り始めた。ディアはやっぱり軽症らしく腕の動きを確かめた後は炎の魔晶石の力を僅かに解放させてこの周辺の空気を暖め始めた。

「腕かせ」

 すっかり変色した腕を差し出してディアが軽く手を触るが何も感じない。

「レンソムントに着いたらまずは魔法医に会わないとな」

 魔法医は魔法の影響とかで負った傷を治す事を主軸にしてる医者だが、普通の医者とまったく変わらない。ただ治療費と成功率は全然違うけどな。数度ほど世話になった事があるけど、大抵の魔法医は性格が悪かったなぁ。

「ほら、飲んでおけ」

 差し出されたスープを受け取ってぎこちなく動く手でゆっくりと飲む。出来るだけ継続的に腕を暖めてるお陰で多少は動くけどもう少し暖め続けてないと壊死するだろうな。

「アステリア、何でさっき戻ってきたんだ。オレがそう易々と死ぬとでも思ったのか?」

 思い出したように濡らしたタオルで体についていた返り血を拭き落としていたディアが、鋭い視線だけを俺に投げ掛けて来た。

「……死ぬとは思ってなかった……けど、あのまま先に行くのが嫌だった……それだけだ」

「そんで、炎を見て俺まで殺す気だったのか?」

「違う! それだけは……絶対に違う」

 慌てて否定した俺を見てディアは意地悪い笑みを浮かべていた。

「分かってるさ。けどな……オレが先に行けと言った時には戻ってくるな」

 瞬間的に睨みつけられろ時の視線には怒気や殺気が混じっていて怖い。しかし、慣れてきたら意外と平気に受け止められていた。

「わかったよ……」

「ったく……この調子じゃいつかお前に殺されそうだよ……」

 肩の力を抜いて大げさにため息をついていた。確かに……このまんまじゃ、ディアに迷惑を掛けっぱなしって云うだけじゃすまなくなりそうだ。自分自身で制御できない力を振り回しても自滅するのがオチだろうし。

「なあ、ディア。俺……」

「ソロで渡り鳥できるほど、お前は強くない。かと云ってお前の傍に居るのは別にお前を助けるためじゃない……」

 俺の云いたかった事を遮られてしまった。確かにソロで居た方がディアには迷惑をかけないと……そう言いたかった事は間違いじゃない。

「言ったよな、オレの目の前で死に急ぐような事はさせないってな。それに……」

 そこで言葉を切った後は何かを考えるように押し黙ってしまった。聞きたいけれども気楽に聞けるような雰囲気じゃなかった。

 『それに……』その後には何が続くのか、俺には知る由もなかった。でも俺に関係のあることじゃなければ、ディアが俺の傍に居る理由が見当たらない。自惚れかも知れないけどな。

「少し横になっておけ。魔晶石の力使い過ぎだったからな」

 云い終わらないうちにディアは背を向けて寝転がってしまった。確かに力を使い過ぎたのは分かってはいるけど寝られないって云うのもまた事実だった。神経が高ぶっているせいなのかも知れないけど、横になろうとは思わなかった。スープを温めなおしてゆっくりと温まる。腕はやっぱりしばらくは使えそうにないな。

「だから、寝ろや……お前は」

 顔だけこっちに向けなおしたディアが突っ込んできた。

「少し体を暖めてただけだ」

 じんわりと温まった体と魔晶石で周辺が暖まっているお陰で、さっきまで寝られそうになかったのが嘘のように眠り込んでしまった。やっぱり、雪道で体力が低下してるのと睡眠不足がたたっていた様だ。

 しかし、眠りが浅く余りにも疲れが取れなかった。それに、今までも何度か感じているディアの鋭い視線がこう云う時にもあるのが勘弁して欲しい。向こうも俺が気が付いていることを知っているのか直ぐに、それを外した。信用も信頼もしているが、こう云う時だけは殺されそうな気分にもなる。まあ、考え過ぎなのも分かってるつもりだけど。

 ただ、ディアが何のために俺の世話をしてくれるのか知りたいとは思う事は事実だ。何を考えているのかを知りたい。まったく読めないって云うか……不安ともいえた。

 考えないようにしようと思ってたのにな。何度も深呼吸をするように体を休める方に集中した。



「おい、アステリア。起きろ」

 軽く揺さぶられ起こされた。昨日の残りのスープと簡単な朝食が準備されてて少しばかり驚いた。いつもは起こされた後に飯の支度をするのが俺だからな。

「さっさと飯食っていくぞ」

 どうやら、温まっているお陰か知らないが、ディアの機嫌は寒さが和らいだのと同じように戻っていた。まだ、俺の腕は戻らんがって……腕の色が大分元に戻っていた。それに腕に巻かれたタオルも真新しい物に変わっていた。

「それ外すなよ。魔晶石入れてるから、疲れやすくなるだろうけど訓練だと思っておけ」

「さんきゅぅ……」

 時々こうして気付かないうちに手当てしててくれていたりと、やっぱりわけが分からん。

 スープを飲みながら、干し肉と乾パンをつまむ。ま、ディアはあんまり飯を作るのを面倒くさがる傾向にあるからいいけどな。ただ凝る時には凝るんだよ、結構うまかった記憶がある。

「レンソムントまで後、半日も掛からないだろうから少し強行で行くからな」

「あぁ、わかった」

 ディアが先に荷物を纏め終わるとまた、昨日と同じような完全防寒スタイルに変わっていた。全く、本当にその姿で着膨れ状態になると見てるこっちがやるせなくなるんだが。これこそ今更な事かも知れないか。

 レンソムントまでの行程は特に大した事はないけれど途中で魔物たちに遭うかもな。後は特に罠があるわけでもないし、通路としての人工洞窟は楽だ。それに、今は借りてる魔晶石のおかげでそんなに寒くはない。ただ、疲労感があるのは否めなかったけど。

 もっとも、最初の頃は色々と生活術を教えてもらいながらの旅だったから一日中話をしていたりしたけど、最近は特に面白い事がなければ話す事も少なくなっていた。でも、特に寒い時は口数が減るからな、余り変わりはないか。

「アステリア、忘れてたけど。レンソムントに着いたら魔法医にはお前一人で行けよ。オレは少し寄りたい所があるから」

「構わないけど……俺が居ると邪魔になるのか?」

「そう言う訳じゃないが、お前が医者に行ってる間に済ませておきたいだけだ」

 片手間程度に終わる事って云いたい事か。時々、俺が寝てるときやら買い物に行ってる時にディアが居なくなっている事がよくあるし、別に構わない事だ。

「とりあえず、手配書に載るようなことはやめてくれよな」

 盗賊って言うだけで結構、自警団の目が厳しいということは今まででよく分かった。故郷の第三大陸フェルマ首都フルテーニュを出たあとに寄った町で俺が渡り鳥としての盗賊と一般的に思われている盗賊との違いを教えて貰っていた時に、運悪く“渡り鳥ではない”盗賊団の一団がその町を襲ってきた事があったんだけど、真っ先に俺たちが疑われてその誤解を解くために、ディアと二人だけで壊滅させてきた。

 ディアにはまず逆らえないなって思ったのはその時だった。なんせ、レベルがようやく上がり始めたばかりの俺を囮に使ってくれたくらいだからな……忘れないぞ……あの時の恐怖は……

「分かってるさ、そんなに時間は掛からないから大丈夫だろ」

 本当に大丈夫なのかどうか怪しいものだ。よくカジノとか酒場で遊んでるからな、気が付かないうちにリストアップされてなきゃいいな。けど、時々はお宝の情報を集めてるみたいで、レンソムントにも行くのはその情報を確かめるためだ。俺にとっては初めてのトレジャーハントだから、少し……いや、かなり楽しみではある。

 それにしてもディアは地図を見ながらこの迷いそうにもない通路を追っていた。この辺に宝物でもあるのかね。

「何で地図なんか見てんだ?」

「この前、巻き上げた地図だよ。妙に胡散臭くってな」

 なんだ、別にここの地図を見てるわけじゃなかったのか。しかし、胡散臭いなら巻き上げるなよと思うのは俺だけだろうか?

「どの辺が胡散臭いんだよ?」

 訊ねながら俺は興味津々でディアの言う胡散臭い地図を覗き込んでいた。俺にとってはただのボロい地図にしか見えない。地形は……よくわかんないけど、この第四大陸ガットのどこかの地形と一致するんだろうな。

宝の地図トレジャーマップって割には親切設計なんだよ。土地周辺地図フィールドマップ洞窟内地図ダンジョンマップがあるんだ。ま、こういう地図は最初から疑って掛かってる方が丁度いいんだけどな……」

 ぼやきながらも地図から目を放さずに黙々と歩き続けていた。真剣そのものの瞳は奇麗で吸い込まれそうだった。この一年の内にディア以外のエルフィンにも会えた。種族柄か全員が長身で容姿も良いと個人性格さえ除けば殆ど完璧に近い種族だと思った。その分、敬遠する人も多いらしく苦労してるだのと色んな話を聞く機会があった。

 他にも色んな種族の奴にも会う事もあった。フルテーニュに居た時には味わう事が出来なかった実感が確かにある。初めてディアに会った時に言われたように死ぬような思いも死に掛けそうだった事もあった。何をするにも新鮮で楽しい今に、いつか慣れちまうんだろうけどな。

「お、ようやく出口らしいな」

 外から差し込む光は既に夕日と変わっていた。外に出てしばらく歩くと山道とぶつかった。そこから更に一時間ほど歩きレンソムントの町へと到着した。


 岩壁都市レンソムント。岩山の肌を削って作られた町並みは遠目から見ていても圧巻だった。

「それじゃ、ギルドの前で待ってりゃいいんだな?」

「そう言う事。治療費くらいは持ってるだろ」

「一応は」

 道すがらのモンスターハントで金は稼いでいたからな、それなりに纏まった金は持っていた。別れの挨拶も何もなくディアは気が付けば目の前から居なくなっていた。俺は町の入り口に設置されていたガイドマップを眺めてギルドの場所だけを確認しておいた。魔法医は自力で探すしかない。

 とりあえずは普通の病院に向かいながら魔法医が居ないかを聞いて回ると、直ぐに所在がわかった。中層部と上層部の通路に割りと近い場所にあるらしい。その診療所は病院のある通りを少し外れたところに在った。個人の家を改装しているらしくドアを潜れば直ぐに待合室になっていた。俺は受付で自分の腕のことを説明した。待合室には何故か男患者のほうが多い。見た感じでも健康そうな連中が多いんだが。前に行った事のある女性魔法医と殆ど同じ状況だな。俺の順番になり医師の姿を見てやっぱりと納得した。タイトのミニスカートから奇麗な足が覗き、ブラウスも胸元までボタンが外れていた。そんな魔法医はエンゼルフで背中には白い羽根があった。しかし、退化してるのか年齢にはそぐわない程の小さな羽根だった。彼女はおそらく飛べないだろうな。

「ほら、ぼけっとしてないでそこに座る」

 妙にビシッとした口調はふっくらとした彼女からは想像つかなかった。

「外すよ」

 頷き返すとさっさとタオルを解き、その間から零れ落ちそうになった魔晶石をしっかりと受け止めていた。

「いい使い方だけど、疲れない?」

「訓練。別に気にならないさ」

「動かしてみて」

 俺は言われたとおりに動かせる範囲で腕を動かした。最初に比べれば大分マシだが拳を作ることが出来なかった。

「魔力暴走……でやったんだろ?」

「まあ……」

 否定する要素もないから短く肯定だけしておく。

「少しじっとしてな」

 細い手に取られて腕にやんわりと薬草を乗せてくる。どんな作用か分からないけど暖かさがあった。更に治療用の魔法が掛けられた。腕の芯から温かい。

「大事に扱えよ。体を苛め抜いてもなんも得にもならんぞ」

「……苛め抜かないと実にもならない」

「雛が囀るな。死んだら元も子もない。もっとも……そんな目をしてるようなお前には通じないだろうがな」

 豪快に笑い飛ばされるが、気にしていない。よく言われるからな。

「レベルは今、幾つだ?」

「十六だ」

 証拠としてカードを見せた。流石に取得年数とレベルを見て驚いてはいたが軽く付け加えて説明したら納得していた。だからといって、経験値を分けてもらったとか止めだけしか刺していないなどということは全く無い。

「私も現役の時は半年で四、五は軽く稼いでたな」

 魔道師系は前衛が強けりゃ多少の無理は出来るからな。レベルは上がりやすいらしいが、実際に半年で四、五はかなりなものだと思う。大体レベル十辺りまではサクサクと面白いように経験値が入ってくるんだけど、それからが大分辛いって事がよく分かった。

「さてさて、動かしてみて」

 促されてゆっくりと動かす。腕に熱が戻っているのが分かり、楽に動かせるようになった。

「魔法医に掛かった経験は?」

「結構あるな。こんなに腕のいい魔法医は初めてだ」

 腕を動かしたまま答えると下から覗き込まれるようにして視線が合った。ってか胸が見える……見える…………見えてるよ先生……

「そんな事、言われたのは初めてだよ。よっぽど今までの魔法医の腕が悪かったんだろうね」

「っ……そ、そうかもな……ま、一人は先生と同じ女性魔法医で……腕も性格も良かったけど……」

 目が離れない自分がいるが、彼女は慣れているのか気にした様子もなく姿勢を直してカルテを書き込んでいた。

「ま、薬もいらないだろうけど。ちゃんと動くようになるまではしっかりと暖めておく事。一週間は安静にしておきな。特にここは冷え込みが厳しいからね。温かい格好で居る事。女抱く時もそれだけは守れよ」

「なっ?! いるかっそんな相手……」

 なんつー医者だよ……とりあえず魔晶石とタオルだけは回収して、治療室を後にした。

 まあ、抱く抱かないは別にして彼女は欲しいと思うこともあるが、ディアと居ると女性はそっちばっかに行くからな……

 いや、どうでもいい話だけどな。

 ちくしょう、遊ばれた。顔が熱い……ともかく、治療費だけ払って(相場より多少安かったな)ディアと待ち合わせの場所であるギルドへと向かった。

 レンソムントにあるギルドはハンターギルドの総本部なだけあってでかかった。それにレンソムント、いや、このガット大陸はこのバディットの世界全土に広がっている機械や日常用道具、魔法様々なものを管理している大陸だ。だから、工場の数も他の大陸に比べたら圧倒的な数を誇る。中層部にあるギルド本部に来るまでも工業地帯を抜けてくるほどだった。それ以外にも町の全体が岩をくりぬいて作っている洞窟住居みたいな感じで、迷路みたいだ。あちらこちらにマップが存在してるから良いけど、覚えるの大変だろうな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ