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白花(シラハナ)への手紙  作者: 香澄かざな
たどりついたのは常若(とこわか)の地
7/22

森のほとりと空飛ぶ魚 その1

 エステル・レインディア。お父さんの妹で、わたしの叔母さんにあたる人の名前だ。

 お父さんの本来の名前はイザム・フロスト。とあるきっかけで白花シラハナの文化に興味をもち単身家を飛び出して遠い異国の地で師匠にあたる職人と出会った。なかば押しかけで弟子入りしたお父さんはそこでとある女性と知り合って結婚。イザム・ミヤモトとしてそのまま白花の住人になってしまった。

 祖国のティル・ナ・ノーグに残されたのはお父さんの両親ことおじいちゃんとおばあちゃんのフロスト夫妻、それにお父さんの妹のエステル叔母さん。年頃になった叔母さんはレインディア氏と結婚。祖父母とは離れて生活していたけど、年老いた祖父母を放っておくわけにもいかず一年前から同居することになった。

『可愛い孫娘を目にしたら親父たちもめろめろだろ。顔出しついでになんだったらそこに住み着いてしまえ』

 冗談なのか本気なのか、お父さんにそう言われて故郷を送り出された私。でも本当はこれには続きがあった。

「フロスト夫妻もご高齢だったからね。レインディアさんの故郷に新居をかまえることにしたらしいよ」

 なんでも父方のおじいちゃんが体調をくずしたのと家が老朽化したこともあって新しい場所へ引っ越ししたらしい。それが今から二週間前のこと。引っ越し先も聞いてはみたものの、当然ながら見ず知らずの場所だった。

「お父さんの馬鹿。知らせるならちゃんとした情報を教えてよ」

 故郷にいる父親に向けて不満を口にする。引っ越ししたのはもちろん、お父さんが住んでいた頃の家は一年前からすでに廃墟になっていたんだそうだ。だから『家をひき払って叔母さんの家でおじいちゃん夫婦が暮らしていて、せっかくだからと叔母さんのご主人の故郷に引っ越ししたのが2週間前』というのが最新の情報になる。

 ちなみに叔母さんの家は、実際は地図とは少し離れた場所にあった。こちらの家も売り払ったのか、そこには見ず知らずの人が住んでいて、少し話をしたあと早々に退散させてもらった。そして今わたしは、新しい住人の方から聞いた話をもとにとある場所に来ていた。

「ここがお父さんの生家になるんだ」

 地元の人たちから聞いた場所は街はずれにある古い空き家だった。手入れもされておらず、周囲には膝丈くらいの草がおおいしげっている。家は当然ながら鍵がかかっていたし壁も一部はがれ落ちていて、これじゃあ住むこともままならない。

 草の上に寝そべってこれからのことを考える。異国の地について早々に野宿はやだな。グラッツィア施療院にもどる? ほぼ初対面なのにさすがに無理がある。かといってこれといった知り合いもいない。

 距離はあるけれど一番はじめの海龍亭にもどって宿を探すべきなんだろうか。そんな時だった。

「……?」

 がさっと、草がすれる音がした。これだけ野ざらしなんだ。虫や動物がいてもなんら不思議はない。

「誰かいるの?」

 不思議はないけれど、夕暮れ時でもあって不安から声がうわずってしまう。身構えていると、再びがさっという音とともに草むらから何かが姿を現す。寝そべっていたものだから慌てて体を起こして身構えて。もしかして魔物かと思ったけど相手は人間の形をしていた。

 ひょろながい男の人。一言でいえばそんな感じ。わたし自身も女の子にしては背は高い方だと思うけど、相手の方がもっと高い。かと思えば体格が横に広いというわけでもなく。全身の骨格を無理矢理縦にのばしたというか、まるで棒みたいだというべきか。そんな体躯の上にはぼさぼさの薄茶色の頭がのっていた。

 がさ、がさ、がさと草を踏み分けて、さらに奥へ入っていこうとする。その姿はいつかの光景に似ている。

 子どもの頃から一緒にいてボール遊びをしていた。遠くに投げてしまったときは、こっちが心配になるくらいいつまでたっても帰ってこなかった。ようやくもどってきて誇らしげにボールを口にくわえて。頭をなでであげると嬉しそうに尻尾を振って。

 あの子がいたから今のわたしがあると言っても過言ではない。あの子の名前は。

「ユウタ?」

 故郷にいる愛犬の名前をつぶやくと相手がふりかえった。 

 ダークグリーンの一重の吊り目。男の人というよりも、もしかしたらわたしと年はそう変わらないかもしれない。ややあどけなさを顔に残した男子は目を細めてわたしのほうを不思議そうに見つめていた。

「あの……?」

 上から下までじいっと、それこそくいいるように。わたしの顔に何かついてるんだろうか。

 じっと見つめ合うこと数秒後。

「違う」

 何が? と問いかける間もなく彼は再び歩き始めた。

 一体なんだっだんだろう。首をかしげても答えが出るわけじゃなく。いいかげん宿を探そうと立ちあがろうとして、足下にかたい感触を感じる。それは視力を矯正するための道具。白花シラハナでもまれに使っている人を見たことがある。

 小ぶりの眼鏡メガネ。確かめるまでもなく、それはさっきの男の子が落としていったものだった。

 見つけてしまった以上、届けないわけにはいかない。男子が歩いて行った方角を目指して草むらを走り抜ける。時間はそんなにたってないからすぐ追いつけるはず。

「なのに、なんでいないの?」

 体格と歩幅の違いなんだろうか。道はあってるはずなのになかなか追いつけない。それとも走っていたとか? でも返さないわけにはいかないし。

 歩いていたのが早歩きに、早歩きから走りだして。しばらくすると街はずれの変な場所に出た。

 不思議な雰囲気の場所。森、なんだろうか。

 光の玉のようなものがあちらこちらに浮かんでいるようにも見える。まるでおとぎの国に来たみたい。そうこうしているうちに霧まで出てきて。いったん引き返すべきか迷っていると、目の前を小さなものが通っていった。

 魚……鳥? 手乗りサイズのそれがふよふよと浮かんでいて。目をこらしてみると右も左も魚もどきだらけ。そして、そんな中に男子はいた。

「あの……?」

 正確には獣だらけの中で眠っていた。一本の木にもたれかかって瞳を閉じて。ご丁寧に寝息までたてている。その隣にはスケッチブックが置かれていた。ページが開いたままになってたからそっと視線をやると、目の前にいる魚もどきが描かれていた。もしかして獣を描くためにここまで来たのかな。だったらちょっと可愛いかもしれない。

 霧が出ている以上、はれるまで無理に出歩かないほうがいいだろう。手持ち無沙汰になったわたしは男子の隣にちょこんと座って魚もどきをながめることにした。

 二人の男女の周りを鳥だか魚だかわからないものがふよふよと浮かんでいく。それは不思議で神秘的な光景。後になって、空飛ぶお魚のことを『ペルシェ』と呼ぶこと、普段なら人に危害を加えるような怪物はほとんど現れないということを知る。言い換えればそれは、よくも悪くも運がよかったということになる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……クシュン!」

 いつの間にかうたた寝してしまった。ただでさえ暗くなりかかっていたのに今度は正真正銘真っ暗になっていた。これじゃあ施療院や海竜邸はおろか、廃墟のあった草むらへの帰り道もわからない。

「起きてください!」

 男子はまだ眠っていた。この状況で眠ってられるなんてよっぽど根性がすわってるのか疲れきってるだけなのか。どちらにしてもいいはずがない。

「起きてってば!」

 ゆさゆさと男の子の体をゆさぶって。強引に平手打ちでもするべきかと思案していると、目の前の男子はようやく目を開けた。

 薄茶色の髪に濃い緑の瞳。寝起きなのと眼鏡をしてないからか表情がぼうっとして見える。そして、やっぱりユウタに似ている気がする。

 男子のダークグリーンの瞳が再びわたしの青の瞳をとらえる。さっきと同じくらいの時間じいっと見つめ合って、彼がいった一言は。

「……違う」

「だから何が違うの!」

 再び目を閉じようとした男子の首根っこをつかんでがくがくゆらす。今が昼間なら、落としものを彼のそばに置いて立ち去ればいいだけの話。けれどもあたりは尋常じゃない雰囲気に包まれていたからなりふりかまってなんかいられなかった。

 魚もどきは霧とともに陰をひそめ、ガサ、ガサ、ガサと草の間から今度は本物の魔物が姿をあらわした。

 きのこもどきと野犬もどき。野生の犬だからか牙や爪はどう猛そうで、間違っても家で飼ってたユウタとは明らかに違う。明らかに違うのは体躯から感じられる気配。敵意むきだしってこういうことをいうんだろうか。その気になればいつでも喉をかみちぎれるとでもいいたげに犬歯をむき出しにしてうなっている。一方キノコもどきのほうは胞子をまき散らしてはいるものの、攻撃する気配はない。

 そして首根っこをつかんでいた彼はというと、わたしの手を離れ本格的な眠りについてしまった。もしかして、キノコもどきのせい? だったらわたしも眠くなっていいはずなのに。

 どちらにしても相手は帰してくれる気配はなさそう。男子が戦力にならない以上、わたし一人で応戦するしかない。

 男の子とのケンカはあっても魔物とは皆無。船の上では逃げるだけだったけど、今度はどうやって?

 シャラ……。

 左腕につけた銀色の腕輪が目に留まったのはそんな時。脳裏にとある手紙の文面が浮かんだのもそんな時だった。 

『肌身離さず身につけておいて。必ず役にたつから』

 海の上で腕輪と一緒に荷物に忍ばせてあった手紙。『どこかの海のにーさん』からもらったそれには続きが書き連ねてあった。親からもらったものはどんなものでも大切にしたほうがいいとか。手紙はちゃんと書いて送った方がいいとか。


 腕輪の正しい使い方とか。


 冗談かと思ったけど、もしかして本当に!?

 自分でも馬鹿げてるとは思う。かといって、今はわらにもすがりたいこの状況だし覚悟を決めるしかない。

「どこかの海のにーさん、わたしに力をかしてください」

 口にだして、腕輪のはめられた左腕を強くにぎる。というか、そこで寝てる男子いいかげん起きなさい! 心の中で悪態をつきつつ手紙の内容を反芻する。

『腕輪に触れて強く念じるんだ。初めのうちは何でもいいから声に出してみるといいかもね』

 何をどう念じるんですか。声に出してって、何を言えばいいんですか。

 試しに『お願い!』とか『出ろ!』とかつぶやいてみたけど何も起こらなかった。強いて言えば獣との距離が近くなったのと、こんな状況なのに男子がまだ目をさまさないってことくらい。そもそもこの人を追わなければこんなことにならなかったのに。

『強い気持ちがあれば、ちゃんと使いこなせるはずだ。初めのうちは慣れないかもしれないけどがんばって』

 おにーさん、何をどうがんばれって言うんですか。

 それよりも、何よりも。

「いい加減起きんか!」

 いらだちながら叫ぶと同時に辺りがまばゆい光に包まれる。かくして異国の地での初めての戦いが幕を開けた。

ようやく彼が登場しました。せめて月に二回くらい更新できれば……(弱気)。

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