兄弟いろいろ
ティル・ナ・ノーグにきて三ヶ月。宿の手伝いにも慣れ、週に一度のレポートの提出も順調にすすんでいる。今だって居候先のアルテニカ家から提出先のグラッツィア施療院へレポートを届ける途中――
「少年」
だったのだが。不意に誰かから呼び止められた。
「いや、少年ではなかったな。……失礼した」
誰か、ではない。鎧姿ではなかったからはじめはわからなかったけれど。青い髪をひとつに結えた端正な顔つきには見覚えがある。
「メリーベちゃんを送ってくださった騎士様ですよね?」
宿についた小さなお客様を追いかけてついてきた男性。はじめは怪しい人と勘違いして彼女を連れて走りまわってしまった。
「もしかしてお詫びに来たんですか?」
そんなことはないだろうと思いつつも、いたずらっぽく問いかけると騎士様はしばらく動きを止めた後に首肯した。
「本当にすまなかった。まさか少女と少年を間違えるなど、騎士としてあるまじき行為だ」
真面目な顔で言われると、冗談ですよとは言いづらくなる。
「あの変装は見事だった。件の方を守るためとはいえ、まさか変装までするとは。一市民にしておくにはもったいない才能だ」
「あれは、変装じゃなくてごく普通の庶民の服装なんですが」
「市民を、少女を守ろうとする態度。敵からどのような目にあうかもものとせず、あえてそのような格好を選ぶとは。騎士として貴君には敬意を払わなければならない」
「ええと……」
なんだろう。どこかで似たようなやりとりをしたような気がする。
「だが安心してほしい。この街では犯罪が起きぬよう我々騎士団が常に目を光らせている。だから君も、そのような少年めいた身なりをする必要はない」
大真面目にこの台詞。やっぱり既視感を感じる。
「どうした? 顔色が悪いようだが悪いものでも食したのか? 若いうちはもっと栄養をとらなければならないぞ」
やっぱり大真面目にこの台詞。真面目に言っているのがわかるからこその、ふつふつと体の底からわきあがる怒り。
「でなければ、そのような貧相な――」
反射的に腕輪に手をかけていると。
「イオリちゃんストップ!」
後ろから同僚の整体師に肩をつかまれてしまった。
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「ごめんね。見苦しいところを見せてしまって。あれでも悪気はないんだ」
場所はいつもと知れた施療院の応接室。今回は先生自らがお茶を入れてくれた。
悪気があるかないかくらい相手の目を見ればわかる。声をかけられて、お詫びをしたいと告げた表情はどうみても真剣だった。だからこそ真剣に告げられると余計に虚しくなってしまう。しっかり食べてるし運動だってしているのに。
……わたしって、そんなにそう見えないのかな。
「何か用があったのではないのかい?」
わたしの心情を察したのか。カップを差し出しながらイレーネ先生が相手の顔をじっと見る。見つめられた相手の方は、ああ、うう、とうめきながらカップの中身を口にした。
テオドール・シャルデニー。シャルデニー家の者でれっきとした騎士様だ。端正な顔で紅茶を口にする姿は年頃の女の人なら感嘆の息をついてしまうだろう。
「メリーベルベル様の件では本当に世話になった」
深々と頭をたれて。続けた説明によるとこうだ。ブランネージュ城に滞在していた要人が急に姿をくらました。早急に探し出さなければ一大事だし、かといって大々的に行えば大問題。そこで白羽の矢が立てられたのが目の前の騎士様。メリーべちゃんがいなくなったあの日。業務の報告に、たまたま城にいあわせたのと記憶力に優れている(後でリオさんが教えてくれた)ことをかわれて急遽捜索隊に加わったんだそうだ。
そんな騎士様がなぜ施療院でお茶を飲んでいるかというと。
「久しぶりに顔を見たくなったので」
なんでもイレーネ先生とは親戚すじにあたるんだそうだ。かたや街で一、二を誇る名医と騎士様。方向性が全く違うようで実は血のつながりがあったとは。ティル・ナ・ノーグって広いんだな。まだまだ知らないことだらけだ。
会話の中身と言えば、お茶の説明だったり騎士団や施療院での近況だったり。医学用語なら少しは勉強したからわかるけど、騎士様の仕事内容など一市民のわたしにわかるはずもなく。そもそも親戚同士の集まりに部外者がいてははずむ話もはずまないだろう。
「家に帰るつもりはないのか」
声を聞いたのは、ひっそりと席をはずそうとした時だった。
それはとても真剣な眼差しで。提案をされた整体師のお兄さんの方は目を丸くしていた。
「今さら何を」
「言葉通りの意味だ」
騎士とは馬に乗って戦う人のこと。御家柄の立派な方がなることが多いから、後々の領主者様候補と言っても過言ではない。戦うってことは、この前のモンスターの一戦みたいなものではなく(わたしにとっては大ごとだったんだけど)、時には巨大な敵と、ひいてはこのティル・ナ・ノーグをおびやかす存在と武器をたずさえて立ち向かわなければならない。
「父上や母上も心配している。たまには顔を見せたらどうだ」
そんな人が間近で真面目な表情で。メリーべちゃんの時もそうだったけど、リオさんも騎士様もただならぬ間がらのようだ。一体どんな関係なんだろう。
「兄貴は帰っているの?」
その答えは他ならぬリオさんの口から聞くことができた。
「定期的に顔を出すようにはしている」
「定期的には……ねえ」
目をつぶってカップの中身を口につける。それからは終始無言で。ごくりと互いにお茶を飲み干す音が聞こえる。
「俺、これから仕事だから。悪いけど今日はここまで」
沈黙に耐えきれなかったのか別の理由からなのか。空になったカップをテーブルに乗せると、リオさんは応接間からいなくなってしまった。
そうなると残されたのは冷えたカップとわたしと騎士様に先生の三人になってしまい。二杯目をつごうとする前に、私も今日は失礼させてもらうと言い残し、騎士様は椅子から立ちあがった。
初対面の時の鎧姿ではないからだろうか。後ろ姿が寂しげで、さながら力なくしっぽを落とした大型犬を彷彿とさせてしまう。一人で帰らせるにもあまりにもしのびなかったので、レポートを先生に手渡した後、用事があるからという名目で騎士様と一緒に施療院を後にすることになった。
「すまなかったな。少年。気をつかわせてしまった」
「イオリ・ミヤモトです」
少年ではないですという意味を込めて自己紹介すると、そうか。異国の出なのかと納得した顔をしていた。
「イオリか。少年にはよくあっている」
この人は素で言っているんだろうか。悪気があっているようには見えない。
「して少年は」
……やっぱり天然なんだろうな。それとも思い込みがひどい人なのか。
「イ・オ・リ・です! 騎士様は耳が悪いんですか?」
頭に血がのぼってしまい、つい声をあらげてしまった。
「私も『騎士様』ではなく名前があるのだが。騎士だってごまんといる。誰のことだかわからないだろう?」
急にまともなことを言われて言葉につまってしまう。ではなんとお呼びすればいいんですかと尋ねると、テオドールでかまわないと返された。
「テオドール……様は、リオさんのお兄さんなんですよね」
テオドール・シャルデニー。リオ・シャルデニーの兄弟で天馬騎士団の一人、しかも師団長様だという。リオさんは赤髪に薄い緑の瞳。対して目前の騎士様は濃い緑の瞳に真っ黒な髪。親のどちらかに似たかによって外見も変わって見えるのはよくある話。だけど、それ以上に二人のやり取りはぎこちないものを感じた。
「お兄さんは騎士様なのに、弟のリオさんは騎士ではないんですね」
何気なくつぶやくと、騎士様──テオドール様の足が止まった。
「違う」
「違う?」
兄弟でばらばらの道を進むこともあれば一家そろって同じ道を歩むこともある。それも珍しくはないんだろう。意図がわからず小首を傾げると、彼は言った。
「道を外れているのは私一人だけだ」と。
二人が兄弟ということは、メリーベちゃんの一件で知っていた。テオドール様の弟――リオさんに尋ねたことがあった。
「兄弟ではあるのかな。戸籍上、兄貴ではあるし」
含んだ言い回しになんと言えばいいのか戸惑ってしまう。深刻とまではいかなくても、何やら複雑な事情がありそうだ。
「嫌ってるわけじゃないよ。ただ……」
「ただ?」
「『お兄さん』にも色々あるってこと」
色々ってどんなことがあったんですかと加えて尋ねても色々は色々としか答えられないなと返されるだけで、正直意味がわからない。
「イオリちゃんは一人っ子だったっけ」
リオさんの声に素直にうなずく。わたしは白花のカルデラ生まれのカルデラ育ち。一言で言えば田舎者だ。田舎だから周りは田畑と民家しかない。兄弟はいなかったけど周りには年の近い子やひと回りもふた回りも年上の人がたくさんいた。だけど、それが今の状況とどう関係があるんだろう。
「リオからどこまで聞いている?」
回想していると、テオドール様から声をかけられた。家族構成を尋ねられたことになるんだろうか。お兄さんと言うところまでと答えると『そうか』とひとこと。
間が空いた後、ぽつぽつと話しはじめた。どうも、リオさんとテオドールさんの家は代々から続く医学の家系で。そのつてでリオさんはイレーネ先生の元で仕事をさせてもらっているんだそうだ。
おじいさんもご両親も医学の道を進んでいる中、騎士様になったのはテオドールさん一人というわけだ。
「親戚が騎士の方だったんですか?」と尋ねれば、やはり医学方面の方々が多かったらしくて。
「もしかして、リオさんと話がしたくてここまできたんですか?」
そもそも騎士様に声をかけられたのも施療院へ行く道の途中だった。先ほどの会話といい、先生というよりも弟に会いたかったのかもしれない。一方で、家に帰れというお兄さんにそっけない弟。
もしかして。
「負い目があるんですか?」
続けた問いに、大型犬の耳が力なくうなだれた――気がした。肯定でも否定するわけでもなく。ただ目をぎゅっとつぶって。
そんな仕草を見せつけられればなんと声をかけていいかわからなくなる。仲が悪いというよりもぎくしゃくとした間柄。他人行儀とまではいかなくても、ぎこちないという言葉がしっくりする。それは騎士と整体師という間柄だから? それは何か、違う気がする。
「家族が別々の道を選ぶってそんなにわるいことなんですか?」
何気なく口にすると、再びテオドールさんの視線がこっちに向いた。
「わたしはここ(ティル・ナ・ノーグ)で医学の勉強をしていますが、わたしの父はここ(ティル・ナ・ノーグ)から異国へ旅だって花火師になりましたよ?」
医学と花火。本当に似ても似つかない分野だ。花火に全く興味がなかったかと言えば嘘になるけど今のわたしには医学を学ぶという目標がある。
「家族全員が同じ道を進むのも素晴らしいことだと思うけど、別々の道を歩いたって家族は家族なんじゃないのかな」
そうでないと、わたしの家族はてんでばらばらだ。
「すみません。騎士様の前で変なことを――」
「君は素晴らしいな!!」
謝罪の言葉を告げる前に両手をがしっとつかまれてしまった。
「そうだ! 誰も全てを背負う必要なんかないのだ! それぞれに自分の選んだ道をすすめばいいではないか!!」
真面目な顔で。瞳をきらきらさせて。わたしとしては本当にただのつぶやきだったけれど。騎士様にとっては問題解決の糸口になったらしい。
「礼を言うぞ! 少年」
「イオリです」
冷静に呼び名を指摘しても舞い上がった騎士様は止められない。なにはともあれ、うなだれた尻尾をぱたぱたどころかぶんぶんとふりまわす大型犬、もとい、騎士様は元気になったようだ。
「もとはと言えば私だって鍛錬を続けて貧相な体から今の状態までなることができたんだ」
元気になった黒髪の騎士様はそれはもう口達者で。君も頑張れとのはげましに何をどうがんばるんですかと口をはさむ間もないくらいの興奮ぶりだ。
「頑張ればきっと報われる。頑張ればいつしかその貧相な体から――」
興奮していたからか、ついに絶対に使ってはいけない言葉を口にした。
「貧相、貧相言うんじゃなか――――!!」
すぱああああん!
こうして記念すべきお星様第二号は誇り高き騎士様となった。
後日、お星様にしてしまったことは身内の約一名から事後報告で許可をもらった。お星様にされた本人もいい鍛錬になったとなぜか感謝されて。
ちなみに身内がいうことには。
「兄貴のことは嫌ってないよ。でもあれだろ? 勝手に暴走して勝手に落ち込むというか。よく言えば性根が真っ直ぐ。悪く言えば――」
「よーくわかりました」
大都市ティル・ナ・ノーグに潜む、そこはかとない危機感――おおらかさをかいまみた瞬間だった。
本当に久しぶりの投稿になります。これからも少しずつ更新していければなあ。




