毛糸と花火
季節は氷の月に差しかかるころ。わたしの祖国である白花では親しい者たちの間で互いにプレゼントを交換しあうのがならわしだ。実家で暮らしていた頃はお菓子を作ったり、子どもの頃には降り積もった雪でうさぎを作って両親にプレゼントした。
そして今回は。
「そこ、ズレてる」
相方の指摘に手をとめる。毛糸の模様をじっと見つめると、確かに縫い目が一段ずれていた。「なんでわかるの」と聞くと、見ればわかるとの返事。わかってはいたけど、こういうところはずるいと思う。
ティル・ナ・ノーグに来てはや二年。定期的に手紙を送っていても家に顔を見せることはできていない。せめて故郷のならわしだけはきちんとしておこうと家族に渡す品物を去年に引き続き異国の地で製作していた。
常若の地から白花まで荷物を送るには10日くらいかかる。混雑時にはそれ以上。だから、物を送る時は余裕をもって対処しなければならない。ましてや手作りならなおさら事前に準備をしておく必要がある。
「ユータってよく編み物しているよね。楽しい?」
初めて彼の部屋を見た時に視界に広がったのはたくさんのぬいぐるみ。可愛いものが好きなのかと思ったけど、彼自身の手作りだと知った時は心底驚いた。そもそも白花に比べてティル・ナ・ノーグは暖かいし気候もほとんど変化がない。
「楽しいかはわからないけど集中はできる」
一年目は慌ただしかったから冬に祖国に贈れるものがなかなか思いつかなくて。ふとした時に目の前の男子の部屋にぬいぐるみが──毛糸の束が置かれていたのを思いだし、毛糸をおすそ分けしてもらった。
去年はばたばただったので簡単なものしか作れなかったから今年は一味違うものにしたい。
久しぶりにアルテニカ家にお邪魔して、ちょうど帰宅していた彼に教えをこうて(後から聞いた話だけど、本当は家の掃除の手伝いにかりだされていたんだそうだ)。
「寒くないのに毛糸がたくさんあるってすごいよね。白花にもっていったらあっという間になくなりそう」
「シラハナには毛糸はない?」
「あるけど。ここまで豊富じゃなかった」
施療院でもなく、工房でもなくアルテニカ家の相方の家、しかも彼の部屋で椅子を二つ並べて。
「ここは暖かいからいいよね。今頃白花は寒くて雪が降ってる」
「ユキか。聞いたことはある。白くて冷たいんだろ? 食べられるのか?」
「白花に帰ることがあったら連れて行ってあげるから。自分で試してみて」
たわいもない話をしながら編み棒を手に黙々と作業をする男女。もしかしたら異様な光景かもしれないけどこれが落ち着くから不思議だ。
「文化の違いなんだろう。ここに毛糸があるように、イオリの国には花火がある」
「それって、ごく一部の人間の役にしかたたないけど」
正確にはカルデラ地方で取れる火薬のこと。確かに白花で造られた花火は有名で、見た目の華やかさと繊細さは国内だけでなく国外にも名前が轟いている。わたしのお父さんだってそれに惹かれて単身でやってきたくらいだし、すごいものだということはわかる。だけど、扱うのはごく一部の職人だけ。
「花火は確かにすごいけど見終わったらあっという間に終わっちゃう。毛糸は手袋にもマフラーにも姿を変えられるし、使わなくなったらほどいて他のものに作りかえられる。何より火薬より簡単に手に入るからそっちの方がすごいと思う──」
「イオリはわかってない!」
いつもと違う怒気をはらんだ声に編み棒を持つ手をとめる。そこには編み棒を片手にいつもより険しい表情をした男子がいた。
「確かに花火は天にに登れば一瞬で終わってしまう。けどその儚さこそが美しく、人を魅了してやまないんだ!」
険しいというより、頭に血がのぼっていると言った方が正しいんだろう。そういえば彼は自分の興味の惹かれる分野、とりわけ芸術方面にかけては人一倍感受性が強かった。
「そんなに素晴らしいものがあるのに、素晴らしい環境で育ったのになぜイオリには理解できないんだ!!」
よほどヒートアップしたんだろう。最後にはぼき、という音をたてて編み棒が半分に折れてしまった。この光景もある意味通常運転なので彼から手元に視線をうつし黙々と作業を続ける。確かにお父さんは花火を作る職人で、物心つかない時から花火の工房にも足を運んだことはある。だけどわたしには別の目標があったしすごいとは思っても、そこまで熱くなることはなかった。
ユータスといい、お父さんといい。職人ってなんて個性的──もとい、情熱家なんだろう。
「できた」
できあがったマフラーを手にとって出来上がり具合を確かめる。わたしが作った平面の生地に、ユータスに教えてもらったガートの模様を組み込んでみた。生地には一部光る素材の毛糸を使っていたから、まるで草原をガートが飛び跳ねているよう。あとはこれをメッセンジャーに頼んで運んでもらうだけだ。
でもその前に。
「今日はありがとう」
感謝の言葉とともにあらかじめ用意していた袋を相手に渡す。意図がわからない相方にそのまま視線で促すと、相手は素直に包みを広げた。
「今のままだとボロボロでしょ。いい加減あたらしいものと交換したら」
出てきたのは新しい編棒と毛糸の束。考え事をするときに編み物をしていることはアルテニカ家に居候させてもらっている頃に知った。悔しいけど、わたしより遥かに上手だということもわかっている。アルテニカ家でお世話になってそれなりにたつし。これくらいのプレゼントならあげても大丈夫だろう。
「……ん」
そう思っていると、今度は渡した相手から毛糸でできた品物を手渡された。
「作りすぎて置き場に困った。引き取ってもらえると助かる」
折れた編み棒を抜き取って渡されたのはガートのぬいぐるみならぬ編みぐるみ。さっきまで編んでいたのはこれだったのか。人形を編んで作れる技術は素直にすごいと思う。でもこれって、ていのいい在庫処分? と思案していると、続けて別の品物を手渡された。
「たくさんあって困るものじゃないから」
出てきたのはペルシェの刺繍が入ったハンカチ。相変わらずの実用品だった。確かに正論だ。正論だけど、このチョイスが彼らしいというか、わたし達らしいというか。生地が新しいということは、これも彼の手作りだったりするんだろうか。
「ありがとう」
ほんの少し口角を上げてあらためて感謝を伝えると、彼の方もほんの少しだけ笑ったような気がした。
「それで。今度は何の依頼で悩んでいるの?」
「実は──」
ちなみに編みぐるみの数は一体ではなかった。まだ他にもあったはずと部屋を探せば出てくるたくさんの編みぐるみの数々。これだけあると、さすがにわたし一人じゃさばけない。在庫処分をどうするべきか考えていると、
「お兄ちゃんが人にものあげるって珍しいから素直に受け取ってちょうだい」
「オレからもぜひ! 兄ちゃんの部屋をもっとまともにしてあげて!!」
子ども達に目をきらきらさせながら言われて。施療院と工房と他の各方面に配ることで落ち着いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
後日。
『遠い国からはるばる送ってくれてありがとう。
お父さん、娘からのプレゼントだ! ってすっかり喜んじゃって。肌身離さず愛用しているわ。
特にあの人形。ティル・ナ・ノーグの生き物なんですってね。懐かしいのかお父さん部屋にずっと飾ってるのよ。家宝にするなんて言い出して大袈裟よね』
お母さんからの手紙に目を通して。黙々と新しい編み棒を使って作業を繰り返す男子を横目で見て。
「……何?」
「なんでもない。次のアイデアは決まったの?」
人間、知らない方が幸せってこともあるよね。相方を尻目に工房で新しい製作と医学の勉強にはげむことにした。
ちなみに一年前の家族への贈り物は手袋だった。その時もユータスが編み方を教えてくれて。
思い返すと、もしかして故郷への贈り物こそが二人の初めての共同作業だったんじゃなんじゃないかって思わなくもないけど。あえてカウントはしないでおいた。
さらに相方がわたしの祖国で雪を口にすることができたかどうかもまた別の話になる。
クリスマスっぽいものをと考えていたら、時期を外した上に全然クリスマスっぽくないいつもの日常に(涙)。
時期的には本編の伊織17歳の頃です。