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白花(シラハナ)への手紙  作者: 香澄かざな
宿探しと仕事探し
14/22

その名はグラッツィア施療院

「準備はいいか?」

 ソハヤさんの声にうなずきを返す。お土産も持ったし紹介状も持った。あとは出たとこ勝負だ。

 目の前にあるのは一見すると立派なお屋敷。でもここが、ただのお屋敷ではないことは先日の一件で確認済みだ。

「邪魔するぞ」

 ソハヤさんが声をあげると、中からはいただいまと女性の声がとどいた。

「トウドウ様ですね。お話はうかがっております」

 おばあちゃんと呼ぶにはまだ若く、それでもわたしのお母さんよりは年上にあたるんだろうか。清潔感のある長いスカートにエプロンをかけたその人は、わたし達にむかって丁寧に頭をさげた。

「まあ、そちらのお嬢さんは──」

「イオリちゃん?」 

 女の人の声にかぶさるように出てきてくれたのは赤毛の短髪のお兄さん。整体士のリオさんだ。

「先日はお世話になりました。ジャジャじいちゃんは元気にしてますか?」

「ちょくちょく顔をだしてるよ。腰痛は一度や二度の施術じゃ治らないからこまめに手入れしておかないとね」

「元気そうならよかったです。これ、良かったら食べてください」

 リオさんについさっき洋菓子店で買っていたお土産の入った包みを手渡す。まだ封を開けていない袋からはほのかに甘い香りがした。

「ありがとう。さっそくいただくよ。トウドウの旦那は何の用?」

「先生に頼まれてたもんができたから持ってきた」

 先生はとソハヤさんが尋ねると、そういうことならいつもの場所で待っててとリオさんはお土産の入った包みを出迎えてくれた女の人──ネイデルさんというらしい──に手渡すと、足早に去ってしまった。

 ネイデルさんに連れられソハヤさんと向かったのは応接室。白を基調とした部屋は清潔感を感じさせる。壁には二人の女性の姿が描かれていた。羽根をたずさえた姿は荘厳かつ慈愛に満ちていて。空の妖精ニーヴ。ここアーガトラム王国では世界の創造主だって呼ばれているもの。これは異国出身の私でもわかる。じゃあ、その隣に描かれているもう一人は誰なんだろう。 

 これも施療院ならではなのかな。そんなことを思いながらながめていると、それはソルナだよと考えを見透かされたような声がとどいた。

「待たせて悪かったね。トウドウ」

 声の主は腰まで届く赤い髪をゆるく三つ編みにして眼鏡をかけた、わたしより少し背の高い――

「女の人!?」

 ここティル・ナ・ノーグで一、二を争う名医だとは聞いていたけれど女の人とは思わなかった。

「女だと都合が悪かったかな?」

「そんなことないです。故郷の村では男のお医者様か薬師様しか見たことがなかったから」

 都会の都地方でならいざしらずわたしの住んでいた村は土地は広かったのにお医者様は領土に一人か二人しかいなくて。しかも忙しくて診てもらえないこともあったから、代役として薬師様に見たててもらうことも多々あったけど全員が男の人だった。

「話の続きだけど。君が見ていたのはソルナ。太陽の妖精さ。

 全てのモノを慈しみ、地上に居る命あるものすべてを見守っているんだ」

 精霊と呼ばれるものがわたし達が生まれるずっと前から存在していて、わたし達はその恩恵をうけてくらしている。それは前から知っていたけれど、ニーヴ様とリール様くらいしかわからなかった。もちろん故郷の白花シラハナにだって同じような存在はあるけれど、まだまだ勉強不足なんだなと感じさせられた。

「こっち(ティル・ナ・ノーグ)に来てまだ日があさいんだ。妖精講座もそれくらいにしておいてくれ、先生」

「失敬。珍しい光景だったからつい話をしてみたくなってね」

「お嬢様。初対面のお客様に失礼ですよ」

 ネイデルさんのたしなめる声に私はもうそんな年じゃないよと苦笑する。親しげなやりとり。はじめは受付の人かと思ったけど、目の前の女の人たちは家族のような間柄なのかもしれない。

「お嬢様というのは彼女のようなのことを言うんだよ。それで、こちらの本当のお嬢さんは?」

 眼鏡の奥からのぞく緑色の瞳がソハヤさんからわたしの方に向けられる。

「イオリちゃんですよ。先生にはこの前言ったでしょう? 医術を学ぶために異国からやってきた子がいるって」

 もどってきたリオさんの声にああそうだったと、手をぽんとたたく。

「宮本伊織……イオリ・ミヤモトです。よろしくお願いします」

 緊張しながら頭を下げると、女性の表情がふっとやわらいだ。

「グラッツィア施療院にようこそ。私が院長であり当主のイレーネ・グラッツィアだ」

 少し低めの声に感じとれるのは芯のあるしっかりした大人の女性。

 この出会いが、異国でのわたしの人生を大きく左右することになる。

「長い話になりそうだね。せっかくだからトウドウの持ってきたものでもいただきながら話そうか」

「わかった。じゃあちょいと茶の道具を借りてもいいか?」

 そう思って前々から準備はしていたよ。院長先生がそう言うとネイデルさんがワゴンの上に食器を乗せて運んでくる。それを見て用意がいいことでとソハヤさんが肩をすくめた。

「すぐできるからちょいと待ってな。おまえさんは持ってきたもんでも用意してるといい」

 言われるままお土産のお菓子をネイデルさんが用意してくれた大皿にならべる。少しすると緑色の液体が入ったカップが人数分並べられた。

「これは?」

白藤しらふじ茶。先生から頼まれていたんだ」

 お茶の中央に白い花びらが浮かんでいる。口にすると、口の中にほのかな甘みが広がった。

「この香りがいいんだ。仕事の息抜きにはちょうどいい。薬の成分も入っているようだが?」

「よくわかったな。調合が難しくてヴォロフさんの知恵を借りた」

 わたしが持ってきたお菓子は甘めのもの。その組み合わせは大丈夫だったのかなと心配になったけど、院長先生は気にすることなくお土産の焼き菓子に手をのばした。

「これはアフェールのものだね」

「わかるんですか?」

 驚くと、こう見えて先生は菓子関係にはかなり明るいんだとリオさんが教えてくれた。珍しいお菓子や食べ物のことを耳にすれば足繁くかよいつけるとか。藤の湯では甘味処も店内にある。なるほど。それでソハヤさんとのつながりがあるんだ。

「さてと。君の話を聞こうか」

 お茶を飲み終えたところで院長先生が向き直る。うながされるまま先生にこれまでのいきさつをかいつまんで話した。

 父親がティル・ナ・ノーグ生まれで今は白花にすんでいること。医術を学びたいと単身で船にのってここまでやってきたこと。10歳の時にわたし自身が大病をわずらって外国からきた医師に命を救われた話をすると、そうだったのかとリオさんとソハヤさんが軽く目をみはった。

「それと、手紙を二つあずかってきました」

「二つ?」

 何かあった際に紹介状が渡されるのは珍しくない。だけど二人からというのは先生も意外だったらしい。おずおずと手渡すと、先生は便箋に目をとおしはじめた。

 一人は実家のお母さんから。これはそもそもおばさん夫婦にあてたものだけど、ティル・ナ・ノーグについたときには引っ越していたから不要になってしまった。見せるつもりはなかったけど、せっかくだから目を通してもらってもいいんじゃない? と見てもらうことを勧められた。

 もう一つは前者を言ったユータスさんのお母さんから。せっかくだから一緒に先生に渡してほしいと頼まれてしまった。左から右へと先生の視線が便せんの上をせわしなく動いている。なんと書かれているか聞きたいところだったけど、初対面の人に聞くのも失礼だから表情だけで察することにした。

 便せんを丁寧にたたみなおしてわたしの方を向いて。

「君は今、アルテニカ家にお世話になっているのかい?」

「なりゆきでお邪魔させてもらってます」

 アルテニカ家の長男をすったもんだの末、お星様にしてしまったからだとは口が裂けても言えない。当たり障りのない返答をすると、便せんを見てなるほどねとうなずかれた。

「君は、ここで医術を学びたいのかい?」

 はめていた眼鏡をはずして。緑色の瞳が再度こちらを見据える。

「医術は学びたいみたいですけど、今回は様子見ってところなんじゃ」

 リオさんが前回の施療院での経緯をかいつまんで話してくれた。確かにこの前はジャジャじいちゃんに連れられてそれこそ成り行きでここにきた。だけど今は。

「わたし、ここで学びたいです」

 姿勢を正して、院長先生の瞳をじっと見つめる。

「はじめは本当に色々な施療院をみてまわるつもりでした。だけど、ここへ来て院長先生に教わりたいと思ったんです」

 ティル・ナ・ノーグで一、二を誇る名医だということはもちろんだけど、会う人会う人みんなが先生の名前を口にしていた。かっこいい大人の女性。医術を学びたいのはもちろんだけど、わたしもこんなふうになれたら。驚きもしたけどやっぱり目の前の女の方に教えを請いたいを思った。

 だけど、初対面で医学を教えてください! なんて押しかけも同然。相手にだって都合があるし名医ならきっと多忙なはず。

「君はお父さんのことが好きなんだね」

 初対面の相手の図々しいお願いなんてきいてもらえるんだろうか。そんなことを考えていると、ふいに考えてもみなかったことを口にされた。

「これ(手紙)に書いてあるよ。ずいぶんと親御さんに愛されているようだね」

 嫌いではないけれど、好きかと聞かれればなんと答えていいのか。お父さんのことは嫌いではないし、気恥ずかしいけど大切にされているという自覚はある。だけど、手段が一般的なものと違うような、なりふりかまわず言えば暑苦しいような。

「大切に育てられたのに故郷を飛び出してよかったのかな?」

「大切にされてきたからこそ、お父さんの生まれ育った国で医学を学びたかったんです」

 お父さんの故郷を自分の目で見てみたい。もしかしたら死んでしまうかも知れなかった自分を救ってくれた技術──医術を学びたい。できることなら、その技術で少しでも故郷の役にたちたい。それが今のわたしを突き動かす原動力だ。

「それで。先生のおめがねにはかなったんですか?」

 リオさんが院長先生に尋ねると、人手も足りないし従業員を募集しようかと思っていたところではあると言われた。

「だったら」

「だからといって、見ず知らずの人間を即住み込みで働かせるってわけにもいかないな」

 『俺もこの前会ったばかりだけど、真面目そうないい子だし大丈夫だと思いますよ』というリオさんのフォローにも、君にとってはそうであっても私は経営者なんだ。だから考える時間がほしいと思案顔。それはそうだろう。今日知り合ったばかりの人間をいきなり自宅に住まわせるわけにもいかないだろうし。そうなると、どこか宿を借りて一から施療院を訪ねて回るしかないだろうか。

「そもそも雇わないとは言ってない。提案なんだが、これならどうだろう?」

 一人思案にふけっていると先生が人差し指をピッとたてた。院長先生が提案したものに唖然とする。確かにそれは理にかなっている。でも本当にそれでいいんだろうか?

「それでもいいなら試用期間ということでひきうけよう。どうする?」

 先生の提案に一も二もなくうなずいて。帰り際、今度はグラッツィア施療院からの手紙を二通持ち帰ることになった。

『人の手紙を勝手に見ないことは当然として。こちらの一通は君の実家にぜひ届けてほしい』

 先生に念を押され、綺麗な文字の綴られた新しい手紙を受け取る。

 もう一つの手紙はアルテニカ家にあてられたもの。こちらもお世話になっている家族に手渡してほしいと言われて。依頼通りユータスさんのお母さんに手渡すと、イオリちゃんよかったわねと笑顔でかえされた。


 まさか、二つの手紙にあんなことが書かれているなんて当時のわたしには知るよしもなかった。

間がかなり空いて申し訳ありません。

ようやく当初の目的に近づいてきました。

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