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白花(シラハナ)への手紙  作者: 香澄かざな
始まりは東の国で
1/22

旅立ちは白花(シラハナ)から

拝啓 お父さん、お母さん、ばあちゃんへ


 こんにちは。伊織イオリです。

 白花シラハナを旅だって二年の月日が流れました。みなさんお変わりないでしょうか。庭に咲いてた花もそろそろ満開なんでしょうね。

 わたしのほうは相変わらずです。イレーネ先生の元で医学を学んで、合間をみて友達の工房の手伝いをしています。最近のことといえば――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「何をしてるんだ?」

 背後からふってきた声にどきりとする。ペンを置いてふりかえれば緑の瞳が興味深そうにこちらをのぞいていた。

「手紙を書いていました」

「ああ。例の家族あての」

 納得したようにうなずくと、声の主はひょいとこちらの手元をのぞき込んだ。

「なになに。『シラハナを旅立って――』」

「読まないでください!」

 取り上げられそうになった書きかけの手紙を慌てて取り戻す。ただでさえ恥ずかしいのに。見られて困るものでもないだろうと反論されても困りますと反論しかえして。

「いいじゃないか。減るもんじゃないし」

 ゆるめに編まれた三つ編みの毛先を指でいじりつつ、唇をとがらせる。

「減らなくても嫌なものは嫌なんです!」

 反論するとけち、と拗ねた表情をみせた。大の大人がそんな仕草をしないでほしい。ましてやこのあたりでは名医で通ってるんだからイメージダウンになりかねない。もっともこの人は全く気にすることもなさそうだけど。

 イレーネ・グラッツィア。わたしが住み込みで働いているここ、グラツィア施療院の医師であり院長、加えてグラッツィア家の当主でもある。

「二年か」

 やっぱりちゃんと読まれてた。抗議の声をあげようとするも先生の視線はすでに別の方角をむいていた。

「早いな。もうそんなにたつのか」

 二年前、わたしはここからはるか遠い東の国にいた。ティル・ナ・ノーグって地名も言葉も人伝いにしか聞いたことがなくて何もかもが初めてだらけで。

 ここまでたどりつくまでにいろんなことがあった。たくさんの出会いがあって、工房を手伝うかたわら本格的に医学の勉強をはじめるようになって。

「はい。もうそんなにたっちゃいました」

 しみじみとうなずいて声の主に向かって口の端をあげる。本当に早い。時の流れはあっという間だ。 

「こっちの生活にはなれたかい?」

「おかげさまでばっちりです」

 そしてわたしは、二年前のことを思いおこしていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 わたしが生まれた場所は白花シラハナといってここ、ティル・ナ・ノーグの位置するフィアナ大陸の遥か東の海に浮かぶ小さな国。その中でも生まれ故郷の地、カルデラはシラハナの南方の地域にあたる。農業がさかんで特に花の栽培が有名。あと国全体に言えることだけど、手先が器用で作られた加工品は自国だけにかかわらずフィアナ大陸にも一目おかれているとか。

「まーだ、そがんこついいよっとか(訳:まーだ、そんなこといってるのか)!」

 そんなカルデラのどこにでもあるような村のかたすみで、旅立ちはちょっとした口げんかから始まった。

「言って何がわるかとよ(訳:言って何が悪いのよ)!」

「悪い」

 即答された。

「ティル・ナ・ノーグに行く? 子どもが知ったような口をきくんじゃなか!」

「お父さんだって、その故郷ティル・ナ・ノーグから単身ここに来たんでしょうが!」

 お父さんの青い瞳を見据えて言い返す。そもそも自分はよくてわたしだけ駄目って言う人のほうがよっぽど子どもだと思うし。

「年頃の娘が遠い異国の地にたった一人で向かう。これが無謀以外のなにもんか!」

 だけど、目の前の男の人はわたしが思ったよりもはるかに子どもだった。

「……お父さん、こっちの言葉にだいぶ慣れたね」

 ため息混じりにつぶやくと、おまえより長生きしているから当然だと胸をはられた。

 シラハナの住人の特徴といえば黒髪に黒の瞳。一部では金色の瞳を持つ人もいるけどこの容姿がほとんど。じゃあなんで、わたしの瞳の色は青かといえば目の前の父親の要素を見事に受け継いだからだ。

「かわいい娘を思わない親がどこにいる!」

 シラハナにしては長身の体躯。茶色の髪に瞳の色は青。イザム・ミヤモト。わたしの父親でありここから遠く離れた異国の地、ティル・ナ・ノーグからやってきた異邦人だ。

「おまえがこの家からいなくなると思うと、お父さんは、お父さんは――」

 ここまで想われていると子ども冥利につきるのかもしれない。でもこれは、たぶん行き過ぎだと思う。

 よりよい環境でよりよい医療を学ぶ。それは昔からの夢だった。別に故郷シラハナが嫌いになった訳じゃない。だけど、どうせ学ぶならちゃんとしたところで勉強をしたい。

 10歳になるまで、わたしは病気がちで外にもろくに出ることができなかった。病名はわからない。高熱が二週間も続き動くこともままならなかった。病名がわからない以上手当のしようがない。異国なら高度な魔法使いを呼べたのかもしれない。でも田舎の町にきてくれるなんて都合のいいことはなく、両親は途方に暮れていたらしい。そんなときに救いの手をさしのべてくれたのは通りがかりの旅行者。その人は瀕死のわたしをたった数日で元気にしてくれた。その人はもしかしなくても通りすがりの外国人――医者だった。

 わたしといえば、虚弱体質を克服すべく体調が完全にもどってからはご近所の道場で対術を学ぶようになった。おかげでここ数年病気らしい病気も、怪我らしい怪我も一度もしたことがない。

 医療を学び見聞を広める。この行いのどこかいけないのか説明してほしい。でも結局のところ、この一件があったからなかなかわたしを手放せないんだろう。お父さんだって異国からはるばるここまでやってきたんじゃないと反論すると、俺は男だからいいんだと語気を強められた。そんなのむちゃくちゃだし男女差別だ。しまいには『とにかく反対だ! どうしても行くなら俺を倒してからにしろ!』とまで言い出す始末。じゃあ遠慮なくと拳を握りかけたけど、いい加減にしろとばあちゃんにたしなめられてしまった。声が家の外まで響いていたらしい。

「……ふう」

 このままじゃらちがあかない。自分の部屋で荷づくろいをしながらため息をつくと、入ってもいいかしらと落ち着いた声が耳に届いた。

「お父さんは心配なのよ」

 シラハナ特有の黒くて長い髪を一つにたばねている。背丈はわたしより頭一つぶん小さいけど、髪と同じ色の瞳には落ち着きと知性が灯っている。

「イオリが元気になったのはわかってるけど、また病気になって自分の手元から離れていっちゃうんじゃないかって」

 ルリ・ミヤモト(宮本瑠璃)。わたしのお母さんだ。

 先述したようにシラハナは手先の器用な人が多くて加工品は一目おかれるものばかり。また同じシラハナでも地域によって特産品は異なってくる。国の中心にあるミヤコ地方は装飾品やお菓子、俗にいう『シラハナスイーツ』が有名だし北部のアイヌ地方だと氷細工が特産品。じゃあ南部のカルデラはというと、農作物の他、火薬を使った芸術品『花火』に定評がある。

 お祭りで花火を見て感動したお父さんはフィアナ大陸から単身シラハナに乗り込んで。そこで花火職人だったわたしのおじいちゃん(故人)に弟子入りして。その時にお母さんと知り合いわたしが生まれたそうだ。なんでそんな事情を知ってるかというと、お父さんによく言い聞かされてきたから。何度も何度も何度も耳元で聞かせられれば嫌でも覚えてしまう。言い換えればそれだけシラハナや家族を愛してるってことになるんだろうけど、娘の夢に真っ向から反対しなくても。

「お父さん泣いてたわよ。『イオリが嫁にいっちゃう。もう帰ってこなくなる』って」

 お嫁にいくなんて一言もいってないし、そもそも相手がいない。どうやら自分のことと照らし合わせているようだ。

「勉強にいくだけだから。お父さんも大げさなんだから」

 ましてや結婚なんて文字は一言も出していない。そもそもお父さんだって人のこと言えないはずなのに。話が飛躍しすぎている。

 親離れできない子どももだけど、子離れできない親も考えものだ。もしかしたらこれを機にお父さんも自立してくれるかも――なんてことを考えていると、目の前に真っ白な封筒をさらされた。

「お父さんの妹さん、叔母さん夫婦がそこに住んでるんですって」

 わたしの髪はお母さんゆずり、瞳の色はお父さん譲り、容姿は母曰くおばあちゃん譲りらしい。青い瞳は東の国では珍しい。小さい頃はよくからかわれていたけどお父さんと習っていた体術のおかげでなんとかきりぬけることができた。

「どうしても行きたいならここを拠点にしなさい」

 封筒の中にはフィアナ大陸行きのチケットとティル・ナ・ノーグの地図。丁寧に叔母さんの家の住所まで書き連ねてある。ティル・ナ・ノーグに行くことは秘密にしていたのにどうしてと考えていると、親なんだからそれくらいわかるわよと苦笑された。あとお父さんと考え方がそっくりだとも。こうだ! って決めたら後にはひけなくて良くも悪くも一途だと。あんまり嬉しくない評価だ。

「お父さんもわかってるけど、あんな性格だから素直に応援できないのよね。あの人には私から言っておくからしっかり勉強してきなさい。

 ただし、条件が二つ。ひとつは手紙を書くこと」

「でも、ティル・ナ・ノーグからシラハナまでずいぶん時間がかかるよ?」

 下手したらなくなっちゃうかも。そう反論すると、それでもちゃんと書いて送りなさいと言われた。

「それともう一つ。変な意地をはらないこと。辛くなったらすぐにもどってらっしゃい」

 これには一も二もなくうなずいた。

「この子は私達がみておくから。元気でやるのよ?」

 そう言って足下に視線をやる。

 お母さんの隣には一匹の柴犬が尻尾を元気よくふっている。病気が治ってから飼い始めて一緒に散歩もしてはや五年、わたしはすっかり元気になったしこの子も立派な成犬になった。そっか、ティル・ナ・ノーグに行くということはこの子ともしばらく会えなくなるんだ。

 しゃがんで黒みがかった緑の瞳を見つめると愛犬の薄茶色の毛並みをそっとなでる。

「行ってくるね。ユウタ」

以前からちょこちょこ言っていた『出会い編』になります。長い話になると思いますが楽しんでいただけると幸いです。

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