声と鼓動
デスクの上の書類が、じわじわと動いた。
文字が歪み、声を出して笑う。
「まだやれ」と囁く声。
誰もいない。
会議室の壁が息をしている。
上司の笑顔が、牙をむいたように見えた。
同僚の影が私を取り囲む。
目を閉じても、耳を塞いでも、声は消えない。
「早く、片付けろ」
「お前が邪魔だ」
残業の灯りの下、手が震える。
コーヒーをこぼした瞬間、笑い声が天井から降ってきた。
机の引き出しが勝手に開く。
書類が宙に浮く。
誰もいないのに、誰かがいる。
その夜、夢か現かもわからず、オフィスに戻った。
蛍光灯がちらつき、壁のシミが血の模様に変わる。
同僚の笑顔が叫びに変わる。
「終わらせろ」
心臓が破れそうだ。
手の中でペンが割れ、机を叩くと誰かが倒れた気がした。
次の日、上司のデスクに手をかけた。
目の前で笑う顔が、牙をむき、私を責める。
腕を振るう。
肉の弾ける音。
あっという間に静かになる。
誰も声を出さない。
笑い声も泣き声も、血の匂いにかき消される。
同僚の影が壁を這う。
幻聴に導かれるまま、手を止められない。
夜が明けてもオフィスは沈黙したまま。
机に散らばる紙、倒れた人々。
あの声はまだ消えない。
「まだ終わらない」
「お前の番だ」
震える手で携帯を握る。
画面に映るのは、私の目と、笑う顔。
誰も助けてはくれない。
鼓動だけが耳を打つ。
自分が何をしてしまったのか、わからない。
ただ、声が止まるまで、動かずにはいられなかった。
オフィスに残ったのは、血と静寂と、私の呼吸だけ。
そして、どこからともなく、またあの声が聞こえる――
「まだやれ」




