足首
椅子に足をかけた瞬間、右足首が重くなった。
筋でもつったのかと思った。けれど違った。重い。誰かがぶら下がっているみたいに、ずしりと下へ引かれる。
見下ろして、息が止まった。
女がいた。
俺の右足首に両腕を回して、ぶら下がっていた。濡れた髪が頬に張りつき、首が横に折れている。口が少し開いていて、そこから細い息みたいな音が漏れていた。
悲鳴は出なかった。
喉がひゅっと鳴っただけだった。
「……なんだよ」
女は答えない。ただ、落ちまいとするみたいに、ぎゅっとしがみついていた。
足を振る。
その瞬間、左足にも重みがきた。
男だった。スーツ姿で、ネクタイが首に食い込んでいる。顔が紫色に膨れて、目だけが妙にぎらついていた。そいつも俺の左足にぶら下がっていた。
「離せ!」
叫んだとき、ズボンの裾の中に何かが入ってきた。
指だった。
冷たい指が、足首から脛へ這い上がってくる。一本じゃない。何本も。細い指、節くれ立った指、小さな指。
反射で裾を叩いた。
何もいない。
なのに、感触だけが増える。
そのとき、畳の下から声がした。
「いた」
子どもの声だった。
椅子の影の下に、顔があった。頬を畳に押しつけたまま、子どもがこっちを見上げていた。片目が潰れているのに、口だけが笑っていた。
「いた」
畳の縁が、みし、と鳴った。
隙間から指が出た。
一本、二本、三本。
そのあと、いくつも。
手が出る。腕が出る。顔が出る。みんな首に縄の跡があった。目を剥いているのに、どの顔も妙に安心していた。
やっと間に合った、みたいな顔だった。
足がもう上がらない。
何人もしがみついている。
見えていない重みまで増えていく。
その中で、子どもが笑った。
「次」
女が顔を上げた。
「やっと」
男が、喉の潰れた声で言った。
「落ちる」
その意味がわかった瞬間、全員がいっせいに下へ引いた。
ぐん、と体が持っていかれる。
椅子が滑る。
視界が傾く。
首にロープが食い込んだ。
息が消える。
倒れた椅子の向こう、畳の黒ずみが見えた。ただの汚れじゃなかった。何度も同じ場所に椅子が倒れた跡だった。
何度も。
何度も。
苦しさで目がにじむ中、足首に絡みつく手がさらに増えた。
爪が皮膚に食い込む。
そのまま耳元で、誰かが囁いた。
「今度は、おまえが掴む番だ」




