プロローグ
─── 天使 ───
それは、慈愛に満ちたもの。
それは、人類を守るもの。
それは、神と人の仲介者。
そんなことを、きっとみんなは思っているのだろう。
決して天使はそんな大層なものではないのに。
必死になって掌で盃を作っても、その盃に入るものは少なくて、
愛が 努力が 感情が 命が 私が 動くたびに溢れていく。
そしてとうに
そんな盃は、割れてしまった。
────────◇────────
きれいとも、汚いとも言えない空気が鼻をくすぐる。
古い家の壁に染み付いているような、湿り気と生活感の合わさった匂い。
カーテンの隙間から漏れてくる光は、閉じている瞼の上から一日の始まりを伝えてくる。
「...朝か。」
この現実と夢の狭間で、もう少しだけ背中を支えるスプリングに体を預けていたい。
いつもそんな風に思ってしまう。
ふぅ...と軽い溜め息を吐く。
「...起きよう。」
まだ残っている眠気と、起きたくないという感情を奥に押し込めて、なんとか上半身を起こす。
そしてそのまま重たい瞼を開け、視界が定まらないまま辺りを見回した。
規則的に動く時計の秒針。一昨日入れたコーヒーがまだ残っているガラス製のポット。それに伴って、音や匂い、色などがまだ活動を開始していない脳内へ流れ込んでくる。
うぅ...とくぐもった声が無意識に漏れてしまった。
寝起きには辛い量の情報を動かない頭で処理しながら、足裏をまだ暖かい毛布から冷え切ったフローリングへと移し、その勢いのままソファから立ち上がる。
ギシリという軋む音が後ろから聞こえ、その音に反応するかのように無意識にソファの方を見る。
「...そういえば、昨日...帰ってきて...」
ソファに残った皺を見て、続きを思い出す。
「……そのまま、ここで寝たんだっけ。」
そうだ。昨日はいつもよりも少し忙しかった。
夜遅くにここに帰ってきた時には眠気が襲ってきていて、シャワーも浴びず、ベッドにも行かず、ソファに置いてあった毛布をかぶってソファで眠りについた。
そう考えるとちょっと気持ち悪くなってきてしまった。
「...シャワー浴びよ...」
足早に脱衣所へ向かいパジャマを脱ぎ捨て、お風呂場へ入り、蛇口をひねる。
サァァァ...とシャワーヘッドから冷水が噴き出してきた。
「冷たっ...!」
冷水に思わず体が跳ねて、反射的に身を引く。
数十秒待って、恐る恐る手を伸ばして温度を確認する。うん。暖かい。
私はそのままシャワーを浴びて、昨日からの汗と匂いを洗い流す。
朝に浴びるシャワーは気持ちよく、眠気も一緒に洗い流してくれたようだ。
シャワーを浴び終えて服を着替える。
町も起き始めたようで、稀に生活音が聞こえてくる。
「よし。」
着替えを終え、鏡を確認する。
腰まで伸びる銀白色の長髪。
深紅に染まる目。
白基調かつ黒のラインが入ったミリタリーコート。
動きやすさ重視の黒のタイツ。
私がわたしでいるためのいつもの姿。
「行ってきます。」
私はそう言って家を出る。
行ってらっしゃい。
なんてものは返ってこない。それに、必要ない。
私は天使だから。
少し冗長すぎた気もします...
自己研鑽を重ねようと思います。




