サイドh aの兄
俺はaの兄。生まれてからはいじめられながらも地域では神童と呼ばれて生きていて大学院までは上手く進学しながらやってきたから良かった。
しかし生まれつきのとあるハンデが引っ張り、障碍者手帳三級を持ちながら未だ親に養われている。両親が他界すれば一生障碍者年金と生活保護に頼らなければ生きることはできない。それほどまでに就職は難しかった。
最愛の弟は大学を出た後、上京し憧れの職種のある会社に勤めていた。自慢の弟で俺には及ばずとも天才で、少し世間知らずな箱入りだった。勉学に励んでいたから社会の恐ろしさを知らぬ純朴な青年に育ったことを今でも、あの日から複雑に思う。
異変は突然だった。毎日電話していた弟が突然ある日を境に電話に出なくなった。風邪やインフルエンザでも電話には出られる。突然途切れた電話に嫌な予感を感じた俺は、親に事情を話し会社近くのマンションへと向かった。
合鍵を使い中へ入ると散らかった部屋の中で
「来るな、来るなよ!お前も僕を殺すつもりか!」
乗っ取られたかのように呻き続ける弟がいた。その姿を見るなり俺はかつて大学で学んでいた統合失調症が頭をよぎる。親は慌てつつもすぐに救急車を呼んだ。俺は弟を必死になだめながら救急車が来るのを待った。そのなだめる中で吐かれた暴言が本人の意思によるものではないと分かりつつも、ずっと傷は心に刻まれている。
後に弟が会社と上司からパワハラでは言い表せられない拷問にも等しい行為受けていたと知ったときには、人生で初めて会社と上司を八つ裂きにしたいと感じた。
病院に措置入院すると弟(a)はだいぶ寛解し症状はあの時よりかは治まっていた。医師も予断は許さないが、早い措置のおかげで早いうちに症状は寛解しきるとのこと。社会復帰も視野に入れることができると聞いたときは、気づけない俺に対する内なる怒りとあの時救急車を呼べて良かったという二つの感情が交差した。
bによる犯行は数日後の夜のことであった。
一日監禁されたのちに街へ解き放たれ、操り人形にさせられた弟は殺人未遂で現行犯で捕まった。
全てが崩れた。幸せに暮らせるはずだった未来を全て奪ったbはすぐに捕まったが、日常は戻らない。加害者の家族であり続けるのは変わらないだろう。しかし、俺らは何を間違えたのだろうか。
はっきり言おう。俺らの人生は何も間違ってはいない。誰もが受けていいはずの幸せを奪わされ放置された俺らは弟と共に、別の角度から見た被害者なのだと。
弟は額に治らぬ傷とトラウマ(心的外傷後ストレス障害)、そして統合失調症の悪化という人が背負うものではない極めて重いハンデを背負う。
家族と弟は社会の冷たい目線に耐えながら生きる償いという名の地獄を見た。
それでも今でも弟を僕は愛している。これはずっと、変えさせない。




