Ⅴ.序章
【5】
.
腕を掴まれた
「…和波くん?」
そのまま引っ張られ
私は転びそうになる
「行こう」
支えてくれた和波くんは
腕をひき走り出した
「…ナギ!」
遠くから秋羅の声が聞こえた気がしたけれど
引かれる勢いに
追い付くのに必死で
振り向くことはできない
「ちょっ…と、止まってってば!!」
「………………」
話し返すことも
振り返ることもしないで
まっすぐに走る和波くん
「…このっ…」
なんの返事もしない
それに苛ついた私は
和波くんの背中を思いっきり叩いた
「!いったぁ!!」
ようやく止まったが
私の体は止まることく
和波くんの背中に倒れる
「わっ!!」
――ガッ!
「いった!!」
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漸く振り向いた彼の手を無理やり放して
息を整える
和波くんも涙目で背中をさすり息を整える
やっと落ち着き
私は和波くんを見た
「ちょっと、和波く…」
怒ろうとして
息を吸った、けれど
目の前にいる彼の顔をみたら息は全て吐き出された
「……なんて顔、してるのよ……」
思わず笑いが込み上げる
何故かって、
怒ろうとした相手が
今にも泣きそうな顔をしていたから
「……ははっ」
「な!なんで、笑うのさぁ〜…」
「…ごめっ…ふふっ…」
暫く笑っていると
和波くんが黙っていることに気が付いた
少し頬が染まっていて
何かに耐えるように
唇を結んでいる
「な、なに…」
「凪沙サンが…笑ってる」
「そりゃ…」
笑うでしょ、
そう言おうとしたら
また腕を引かれた
でも今度は走ることはなく
そのまま和波くんの胸に倒れ込んだ
私は何が起こっているのか分からず
固まったまま
背中にまわっている和波くんの腕が強まる
「…なに…」
「…か…ぃ…」
小さい声で
何かを言う和波くん
その肩が小さく震えているのが見えた私は
ゆっくりと自らの腕を彼の背中にまわした
==========
「で、なんでいきなり私を連れ出したのよ」
さっきまで私を抱きしめていた男は
今、私の前で正座している
「…だって…」
「だって、なによ」
「……………」
決して私と目を合わさずに
そっぽを向いてふて腐れているこの男の顔を
無理やりこちらに向けて
「言いなさい」
「…〜〜だって!!」
いきなり大声を上げた
少し驚いたけれど
和波くんが再び俯いたから
しゃがんで和波くんと同じ高さになる
「…だって……凪沙サンがアイツと、仲良くしてたから…」
「なんでよ、別にいいでしょ?」
「…よくない…」
いまいちわからず首をかしげて
次の言葉を待つ
「凪沙サンは…俺と一番仲良しなんだもん…」
「はぁ?私は和波くんとしか仲良くしちゃいけないの?…大体、秋羅は…」
「ほらソレぇ!!」
人差し指を真っ直ぐ私にむけて大きな声で言った
その指に必然的に視点が移り周りがぼやけて見える
その指をゆっくりとどけ
何度目か分からない溜め息を小さく吐いた
「…俺は、俺のことは『和波くん』なのに…アイツは名前で…」
「…それだけ?」
「………………」
小さく頷いた頭を見て
なんだか可哀想に思えた
その頭を小さくコツンと突いて立ち上がる
途端に上げた和波くんの顔が間抜けすぎて
私の口角が少し上がる
「…もう、いいから行くわよ」
「え…」
体を反転させて歩き出す
「ま、まってよ凪沙さ…」
「置いてくわよ」
その時でた台詞は
ごく自然にでてきた言葉で
なんでそんな簡単に言えたかは解らないけれど
なんとなく
その理由もどうでもいいと
そう、思った
「慶人くん」
「!!」
入学当初は
友達なんていらないって思っていた
毎日、毎日
窓から外を眺めて
その景色が変わって
また1年後、もとの景色に戻っていく
それを繰り返し
その景色の変化を
1人で見つめて行くんだと
思ってた
「凪沙サン!今、名前!」
「なに?嫌なの?」
この人の席に座って
この人に名前を呼ばれて
この人にマジックを貸して
きっとあの日
この人に出会っていなかったら――――
だから、こう思うんだ
「全然、嫌じゃない!!」
この人が友達になって
この笑顔に出逢えて
――よかったって――
「…ありがとね」
でも、ここまでの出逢いは
始まりであるけれど
まだ私の中の1ページ目にも満たない
プロローグに過ぎなかった
【next…?】
.
.
―――パタパタ
「わりぃ秋羅ぁ!部活長引いちまって」
「いや、大丈夫だよ」
この学校に入り一番最初に仲良くなったコイツは
部活の中で早くもエース候補の1人らしい
「またその本か?」
「ん?…あぁ」
「よく飽きねぇなぁ、」
「別に、内容が気に入ってる訳じゃないからな」
「はぁ?」
本をもって立ち上がると
駿も慌てて俺についてくる
―――ザァ
背中に掛かる春風は
心地よくて
なんでもないのに
気分がいい
「……なぁ秋羅」
「ん」
「お前、なんか良いことあったろ」
俺より少し身長の高い駿
駿は俺の少し後ろから
楽しそうにそう言った
「…俺、駿のそういう観察力有りすぎるところ、超嫌いだ」
「お、当たりだ」
「いや、ちょっとハズレかも」
「えー…なんだよぉ」
「正解は…」
靴を取りだし、落とす
―カタン
―これから起こすんだよ
―良いこと
(彼らの)
(青春のプロローグ)
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