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ドアの向こう側には手術室のような部屋が待っていた。中央に手術台がありドラマや映画で見るような機器が置いてある。一見すると普通の手術室。
だがそこ(手術台の足元)には同じ高さの一畳程度の台が置いてあり、その上で胡坐をかく二人の姿があった。どちらも座っていても分かる小柄さで三人と同じコートを羽織っているが、背中を向けているのとその下から着た服のフードで頭を覆い顔は見えない。
「こちらのお二方が術者を務めます濡羽悠と白練葉です」
でも梓の言葉に微動だにせず何やら集中している様子の二人。
「こちらへどうぞ」
そんな二人を不思議そうに見る羽崎を梓は中央の手術台へ誘導した。言われた通り足を進め台へ腰掛ける。
「そのまま仰向けにお願いします」
そして羽崎が仰向けになると梓は、バイタルサイン測定に必要な機器を胸や腕や指先などに手慣れた様子で付けていった。最後にはマスクを着用させ、しっかりと稼働しているかと共に患者の状態を確認する梓。
それが終わると彼女は視線を羽崎へと落とした。
「それではこれよりピートを開始させて頂きますが、よろしいですか?」
羽崎はコクリと頷いた。
「ではすぐにピート専用の麻酔を投与しますが、感覚的には寝落ちするようなものですのでご安心ください」
梓は羽崎が頷くのを見ながら傍の機器へ手を伸ばした。そしてスイッチを回し起動した。マスクから送り込まれる麻酔により瞼は重くなり十秒程度で羽崎は眠りに就いたような状態へ。
それを数値でも確認した梓は燈莉の方へ顔を向けた。
「それじゃあ、そろそろ仕事の時間よ」
「んじゃやるか」
首に手をやる燈莉は気だるそうだった。
「よーし! 今回も頑張っちゃいましょ! あか姉!」
「ちょっとちょっとはるにぃもいるんだけど? さびしーなぁ。テンション下がっちゃうなぁ。僕も一緒におーってやりたいんだけどなぁ。燈莉ちゃんなんて全然反応してないし――」
「悠、葉。始めていいわよ」
喋り続ける陽哉を無視し梓は座る二人へ声を掛けた。
それに反応し二人は同時に手術台へ片手を触れさせる。そして何かを呟くと羽崎の体は煌々とし始めた。光はそれから心臓辺りへと集結し、より強烈さを増幅させると――。
――パンッ!
悠と葉は台へ触れてるとは違うもう片方を合わせた。
するとその音に合わせ、光から伸びた糸のような線。それは燈莉、空鏡、陽哉の元へ真っすぐ伸びると、それぞれの胸と繋がった。そして二人が手をずらし、組み合わせるように握り合うとか細かった線は、強靭な鎖へと姿を変えた。
「大丈夫。安定してるわ」
その言葉の後、悠と葉が台の手を左右へ伸ばすと六人と手術台の周囲に水面が現れた。それは心地良さそうに揺れ今にも鯨なんかがブリーチングしてきそうな水面。
「病魔を討つ刄よ」
すると陽哉はそんな台詞を口にしながら横にした拳を差し出した。
「射抜け鷹の眼!」
それに続き空鏡も台詞と共に拳を出した。
「背中は任せた」
最後は燈莉も。
そして互いに視線を合わせた三人は拳を乾杯のようにぶつけた。
「おぉー!」
「いぇーい!」
陽哉と空鏡は声を上げながら同時に拳を掲げた。
それからそのまま後ろへ振り返り互いを背に水面の方を向いた三人。
「それじゃあ行くわよ。ピート――始動!」
梓は掛け声と共にモニターに触れタイマーを起動。そして三人は同時に水面へと倒れていった。
そして手術室から三人の姿は水面へと消え――逆再生のように水面から姿を現した燈莉。そのまま最初からそこに立っていたかのように佇んでいた。そんな彼女の左右には同じ様に現れた陽哉と空鏡の姿も。
あっという間に三人は灰夢界へと突入していた。
「殺風景だねぇ」
そう呟き周囲を見回す陽哉。足元には地面の代わりとして揺れる水面だけがあり、周囲には円形の壁があるだけ。その向こうには観客席が坂上で並んでいた。だがそれ以外は空も緑も雲もない。真っ暗な世界が広がっているだけだった。
「こういうの何て言うんだっけ? コロッセオ?」
「そう言えば昔見に行ったことあるけど、あれは良かったなぁー。知ってた? 実はあそこには地下からせり上がりで登場する仕掛けがあったらしいよ。それに日除けの幕を張る事も出来たらしいし、それに――」
「うっさい」
陽哉の言葉を遮った燈莉は彼の頭を横から突くように押した。
「でもコロッセオってなんかコロッケみたいで美味しそう」
「そういえばあの駅の近くあった肉屋がコロッケも始めたらしいけど――」
「そんなんどーでもいいから取り敢えず標的を――」
又もや始まりかけた陽哉のお喋りを遮った燈莉だったが、更にそれを食物連鎖のように大音が喰った。揺れる空間と共に辺りへ響いた轟音の中、三人と対峙する位置へ地面から飛び出した大きな影。それは見上げる程に大きく、人型でありつつも一目で分かる程に異様な外見をしていた。
異常に陥没した眼窩、内部で蠢く無数の腫瘍。裂けたように広がった口には無数の鋭い歯が生え揃い、体は神経が根のように絡まりながら形成されている。そして背中からは触手状の腫瘍が無数に生えていた。
「発見しましたぁー」
「うわぁー。気持ちわるぅ」