第3話「家庭教師と釣り堀と、釣りしないと死ぬ病」後編※教師、人生の何かに気づく。
屋敷の中庭――本来、貴族たちがアフタヌーンティーを嗜むための優雅な庭園。
だが、今やそこは完全装備の釣り堀と化していた。
水音が響く中、セレナ(※外見は金髪碧眼の令嬢、中身は釣り狂いのおじさん)は、堂々と釣り竿を構える。
横では、メガネをかけたインテリ家庭教師・カイが、真顔でノートを広げていた。
「では、今日の課題はこれです。“この池の魚のヒットポイントを、三角比を使って計算せよ”」
「了解。棚の深さは昨日と同じ。ルアーのフォール速度は秒速15cm……水温と水圧を加味して──角度は……45度だな」
「では、sin45度=√2/2をかけて……ヒット地点はここ!」
「投げッ!」
ビュッと飛ぶ仕掛け。ピシャッと跳ねる水面。
秒で釣れる。
「正解ッ!」
「うおおおおお! 数学が釣りを導いたァァァ!!」
◆家庭教師、完全にハマる
その日の夜。書斎の灯りは消えなかった。
「エリシア……見てください……この数式……魚の動きを……予測できるんです……!」
「先生!? もしかして寝てませんか!?」
「今なら! 今ならこの式を使って“夜行性魚の行動パターン”を……!」
「何言ってるんですかもう!! お嬢様が一人感染してただけだったのに、なぜ二次感染するんですか!!!」
家庭教師、完全に“釣り沼”へ転落。
◆「釣り式・貴族教育カリキュラム」
後日、カイはとんでもない提案をセレナに持ってくる。
「お嬢様。わたくし、貴族教育の刷新を提案します」
「いいぞ。どんどんやれ」
「“釣りを中心にすべての教養を再構成する”。名付けて――」
『全釣対応型 教養カリキュラム』
略して「Z.T.C.」
「これは、“釣りをすれば全部覚えられる”という前代未聞の教育方式です」
「最高だな!」
「さっそく、歴史の授業に“釣り年表”を導入します。
古代魚の系譜を学びつつ、王国建国史を並列で……!」
「カイ君、おまえ……もう立派な釣り師だよ……!」
「先生ィィィイイイ!!!」(泣き崩れるエリシア)
◆そしてまた1人、堕ちていく
その翌週。
セレナとカイが釣りをしながら「物理と流れの関係性」について語っていると、
偶然通りかかった文官系の別の家庭教師がポツリと呟いた。
「……なるほど……その反動係数は……力学の応用になるのでは?」
──その日の夜、釣り堀に新しいイスが一脚増えた。
◆セレナ、釣りで未来を見据える
夜、星空の下。焚き火を囲み、セレナはぽつりと呟いた。
「この世界、釣りで変えられる気がしてきた」
「私も……そう思います。釣りとは、究極の知識、技術、直感の融合……」
「そして、焼けばうまい」
「最終的にはそこですね……」
焚き火の上で、じりじりと焼ける魚たち。
香ばしい香りが空に昇っていく。
「……勉強って、こんなに楽しかったんですね」
カイはしみじみと呟いた。
「そうだろ? 魚って、偉いよな」
◆エピローグ:エリシアの懺悔
日記帳に記された、メイド・エリシアの心の声。
『セレナお嬢様、家庭教師様、そして文官様まで……
屋敷が静かになったと思ったら、みんな水辺に向かって歩いている……
誰か止めて、止めて、誰か……
ああでも……魚、うまい……(モグモグ)』