第3話「家庭教師と釣り堀と、釣りしないと死ぬ病」前編※勉強の時間です。魚でな!
「――失礼いたします、セレナお嬢様。今日からあなたの教育を担当いたします、カイ・ヴェルナートです」
整った顔立ちに、理知的な眼鏡。
灰色のスーツを身にまとった青年が、淡々と挨拶を述べる。
知性がにじみ出ている。
いかにも「教師」って感じの空気をまとっていた。
だがその瞬間、彼の前にいた少女――
セレナ・フォン・グランディエール(※中身43歳のおっさん釣り師)はこう言った。
「……ねえ、カイ君って釣りする?」
「……は?」
初対面一発目がこれである。
◆この屋敷に「釣り堀」を作った人間
セレナはやったのだ。
前回の“社交界焼き魚事件”がきっかけで、王妃の後押しを得て、
屋敷の中庭に、本格的な人工釣り堀を設置。
岩を運び、水を張り、魚を放流。
メイド総出で水質管理。
それを見た王妃が言った。
「今後、釣りは教養ですわね♡」
……それが、カイ・ヴェルナートが送り込まれた原因だった。
彼は「釣りしかしない令嬢をまともに教育せよ」という特命を受け、派遣されたのである。
◆釣りと数学は似ている?
「というわけで、今日は“代数学”の基礎から――」
「代数って、魚に関係ある?」
「ありません」
「じゃあ今釣れたほうが得じゃん」
「話を聞いていただけますか?」
「……でもさ、例えば“魚がかかる確率”って、代数で表せると思うんだよね」
「……!」
セレナが窓の外、釣り堀を見ながらポツリとつぶやいた。
「天候、気温、水深、流れ、エサの種類、投入角度、棚の深さ……
それらを全部数式にしたら、ほら、方程式になるじゃん?」
「…………」
カイ、固まる。
「それで、式を最適化すれば“最大釣果”が得られる。つまり、釣りは代数だ」
「……いや、でもそれは……えっ、まって、普通に納得しかけたんですけど!?」
◆釣りに理屈で勝てない教師
それから数時間。
セレナは一切ペンを握らず、魚を釣りながら講義を受け続けた。
しかも――答える。
めっちゃ正確に答える。
「X=仕掛けの沈下速度、Y=水深、Z=ヒットレンジとすると、
この場合の“バイトレンジ”は重なってるから……イコールの関係。つまり答えは√3分の1」
「すごい、いや何で釣りの話で三角関数解いてるんですか!?」
教師カイ、だんだん目がイッてきた。
「なぜ……なぜ釣りで教科書の内容が説明されるんだ……!?
僕の今までの講義は、全部“エサ”より興味ないというのか……ッ!?」
「まあ、釣れるか釣れないかのほうが人生では重要じゃん?」
「僕は間違ってたのか……?」
◆セレナの“持病”発動
そんな中、カイが授業に熱を入れていたときだった。
セレナが唐突に倒れた。
「お嬢様っ!? セレナ様!? どうされました!?」
「……やばい……」
「ど、どこが!? 頭が……?」
「釣りしてないと死ぬ……」
「持病だったの!?!?!?!?!?」
◆そしてまた釣る
その直後。
セレナは立ち上がると、釣り堀にダッシュ。
ドレスのまま糸を垂らし――
「……来た」
パシャ。
1投1尾。
あまりに華麗な合わせと抜き。
この一連の動きに、ついにカイが折れた。
「……こんなにも論理と感覚が融合している……!」
「釣りは、科学だよ(ドヤ)」
「……認めます。お嬢様、今後の授業は“釣り式カリキュラム”で進めましょう」
「うむ!」
エリシア(メイド)「ダメです!絶対にダメです!!!」
【つづく/後編へ】