第1話「気づけば悪役令嬢、でも川の音がする」後編
「どこへ行かれるのですか、お嬢様ぁぁああああ!!」
背後でメイドの絶叫がこだまする中、
俺――いや、**セレナ・フォン・グランディエール嬢(中身:釣りバカおじさん)**は、ドレスのまま屋敷を飛び出していた。
脳内は、完全に「魚>異世界>貴族>己の尊厳」の状態。
「見える……瀬に着いた魚影が……!」
レースひらひらのスカートをたくし上げながら、川岸へ突入。
フリル付きのドレスにレースの靴でぬかるみにハマり、1秒で靴をロスト。
「フハハハハ、いいぞぉおおおお!! これが、自然との対話だあああ!!」
どう見ても貴族令嬢が発狂して川に突っ込んだだけの構図だった。
◆そして釣り竿は現地調達
なんとこの異世界、親切にも近隣の子どもが遊んでいた釣り竿を貸してくれた。
「おねーちゃん、これでつれるよ! スライムのエサつき!」
「サンキュー坊主、恩に着る」
「お、お姉ちゃんが変な顔で笑ってるー!」
ニッコニコで受け取る美少女の顔は、内面43歳の釣りジャンキー。
エサは……スライムか。
まあ、虫よりマシ。異世界仕様ってやつだな!
◆そして──HIT!
ウキがスッと沈んだ瞬間、世界がスローになった。
(来たッ……アタリだ……!)
竿を立てる。合わせる。
魚の反応が、竿を通じて脳髄に響く。
「うおおおおおお!!乗ったァァァァァ!!」
水飛沫! 魚影が跳ねる! 糸が鳴る!
「これだよ! これが……これが俺の人生なんだよおおおお!!」
貴族令嬢が叫びながら魚と格闘してる姿に、
川の子どもたちも村人も遠巻きにざわつく。
「ねぇ……お嬢様じゃない?」「頭打ったって本当だったのね……」
「きゃあああっ! 服が、服が濡れちゃいますわお嬢様!!」
背後から、追いついたメイドが悲鳴を上げる。
だが、俺は全身ビショビショで堂々と魚を掲げた。
「釣れたぞーッ!!“異世界アユ(仮)”、ゲットォォォォ!!」
◆釣った魚は、焼く!
「さあ、エリシア、火を起こしてくれ」
「無理です!貴族令嬢は川で焚き火などしません!」
「俺はもう貴族じゃない。釣り人だ」
「お嬢様、完全に壊れていらっしゃいます!!!」
とはいえ火がないと始まらない。
しょうがない、石で火起こしだ。
10分後──
「やりましたね、お嬢様。焚き火、成功です」
「いや君がやったんだけどな?」
串を削って、魚を刺し、じっくりと塩焼きにする。
川の風が、煙を運び、香ばしさが広がっていく。
──焼けた。
パリッとした皮。ホクホクの白身。
「いただきますッ!!」
(モグモグ)
「うまっ……こいつ、世界救える味してるな……」
◆通報される令嬢
「……えーと、セレナお嬢様が、村の川で勝手に魚を釣り……」
「焚き火を起こし……」
「食べてた、と……?」
数分後、駆けつけた城の使者&医師団によって、
セレナ嬢は**「頭を再び打った疑い」**として保護されることになった。
川辺には、串に刺さった半身の焼き魚だけが、静かに残っていた。
◆後日、医師の診断メモ
「セレナ嬢の行動は常軌を逸しているが、身体には異常なし。
ただし“釣り”という概念に対して異常な依存傾向が見られる。
本人いわく『川の声がする』とのこと。
ひとまず、釣り竿の使用制限を検討すべし。」