2.お客に混ざってこんにちは
辺境伯様について、お姉様達は噂話を色々と言っていました。だからでしょうか?お会いするのがとても楽しみになっていました。
辺境伯ヴェナス領へと着き、私は御者に少ない荷物と共に放り出されました。ええ、放り出されたのです。辺境伯邸までは送って頂いてはいません。
荷物が少ないことが幸いです。辺境伯様のお邸までどのくらいなんでしょうか?
私は街の方に訊ねることにしました。
「あんた、ずいぶんきれいな格好をしているねぇ。まさか貴族様?」
「えーっと、辺境伯様のお邸はどこでしょう?どのくらい時間がかかりますか?」
「カーッ、そんなことも知らないでここにいるのかい?お邸はほらあそこの山の上に建ってるアレだよ。時間かい?徒歩では…たぶん半日くらいかなぁ?今日は日も落ちて来てるし、とりあえずうちの宿にでも泊りな!」
「スイマセン…。お金持ってないんです」
あのお母様もお姉様もお金とか持たせてくれなかったのです。
「……まったく仕方ないねぇ。一泊だけだよ?無一文で泊らせるよ」
「ありがとうございます!代わりに一生懸命働きます!」
私はその宿(夜は酒場)でホールに出て、接客などしていました。計算もできるので、会計に行く前のお客様にいくらくらいかを事前に伝える手法が好評でした。
「キャシーちゃんはいい子だねぇ」「あの新しい子、キャシーちゃんて言うのかい?」
「新しい子じゃないよ。事情があってちょっと預かっている子だね」
「まぁ、女将さんが言うんだからそうなんだろう。深く追求しないよ」
などと言う会話があったとはつゆ知らず、私は仕事に没頭し、その日の寝床も確保していました。翌日には辺境伯様のお邸へと行きたいものです。
翌日、私は意を決して辺境伯様のお邸を目指して進むつもりです!徒歩で。
「ちょっと待ちな!キャシー、あんたのその靴。相当古いんじゃないかい?」
「そうですね、えーっと3年は履いていると思います」
「年頃の娘が嘆かわしい!ほら、辺境伯様のお邸まで行くんだろ?その古い靴じゃ、もたないよ」
そういって女将さんは、まだ新しい靴を私にくれました。
女将さんの顔が紅潮しているように見えますが、口に出さないでおきましょう。
「いや、それは…だな。もう私が履かなくなったお古ってやつだ」
まだ新しく見えるんですけど?
「昨夜、寝床を与えてくれたことと、この靴の御恩は必ずお返しします!」
「……ヘンキョウハクサマ?いい子じゃないかい?あんたが縁談話を送った家から来た子なんだろ?」
「あぁ、その家の噂は「女家族で一人だけ黒目に黒髪の子がいる。その子だけ侮蔑されている」という話だったんだが、どういうわけか侮蔑されても腐らず真っ直ぐに育ったようだな」
そう言うと、辺境伯レイリーは馬に乗りキャシーを追いかけた。
キャシーちゃんはイイ子やぁ。