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第6話 ローゼリア・フィム、12歳


 王国歴999年、3月3日――バースカリア大陸中部、バラックの町。


 午後6時――バラックの町、レストラン。


 ローゼリア・フィム――ロゼは、観音開きの扉を開けた。


 視界が、ひらける。


 彼女は嘆息した。相変わらず、ひどい店だ。


 暗い、汚い、臭い。


 飲食店として最悪の三条件が全て揃っている。それにも関わらず、ほかに競合店がないこともあってか、店内はそれなりの活気に満ちていた。


 ロゼは周囲を軽く見まわすと、ほかの席には目もくれず一直線にある席へと向かった。


 店の最奥。


 四人掛けのテーブルに、男が一人、座っている。


 彼はロゼの存在に気がつくと、軽く右手を上げて、


「おっ、来たか」


「はい」


 頷き、ロゼは彼の正面の席に腰を下ろした。


 男の名は、ローランド・フィス。


 年齢は三十三歳で、ロゼは彼のことをローフィと呼んでいる。


 トレードマークは、オールバックに固めた黒髪と鍛え抜かれた(はがね)の肉体。加えてトレードマークと言えるかどうかは分からないが、いかにも流行から逸脱していそうな派手でゴテゴテした服装も彼を構成するひとつの要素となっていた。


「とりあえず、成果の報告は料理を注文したあとにしよう。おーい、おばちゃん! ちょっと料理を注文したいんだが!」


 前半部分をロゼに、後半部分を店の従業員に。


 ローフィは声の調子を器用に使い分けた。


「はいよ! ちょいと待っておくれ!」


 従業員の女はそう言って応じたが、彼女がロゼたちのテーブルに現れたのはそれから十分以上も過ぎたあとだった。


「で、何にするんだい?」


 女は、お待たせしました、の一言もなしに当たり前のように注文を受け始めた。


 自分が言うのもなんだが、愛想もあまり良いとは言えなかった。


「ビーフステーキとコーンスープ、あとビールをくれ。ビールは料理と一緒のタイミングでかまわない」


「あいよ。そっちのお嬢ちゃんは?」


 訊かれて、ロゼは即答した。


「お子様ランチの、Bセットをください」


 決め手は、プリンだった。


 Aセットのゼリーも捨てがたかったが、やはりプリンにまさるデザートは存在しない。


「それで、どうだった?」


 従業員の女が去ると、ローフィはさっそく本題に入った。


 ロゼは簡潔に答えた。


「森の魔族は全て殲滅しました。わたしとステラさんで。ステラさんは今、宿屋で休んでいます。水浴びしすぎて風邪ひいたみたいです」


「……なにやってんの、アイツ?」


 それはロゼにも分からなかった。


 とまれ。


「そちらはどうですか?」


「……ああ、こっちも片づいたよ。街道沿いの魔族は一掃した。先生からの指令はこれでコンプリートしたことになる。ステラが回復したら『アルザール』に戻ろう」


「了解しました。では、ステラさんの熱を冷ますために『アイススコール』の魔法を激烈豪快にぶちかましてきます」


「いや殺す気か!? 余計に熱が上がるわ! いいか、おまえは――」


「はいよ。ビーフステーキとコーンスープ、それにビールだ。こっちはお嬢ちゃんのお子様ランチBセット」


 言葉の途中、頼んだ料理が運ばれ、ローフィは中途で口を閉ざした。


 そのあいだを利用して。


 ロゼは自分の皿からパセリを取り出し、それをローフィの皿へと追いやった。


 配膳を終え、女がさがる。


 ロゼは、言った。


「ローフィさん、そのパセリとステーキ、とっかえっこしませんか?」


「いやするわけねえだろ!? ステーキ食いたいからステーキ頼んだのに、それを交換しちまったらただのバカじゃねえか! しかもパセリて!?」


 拒否された。


 ロゼはしかたなく、


「じゃあそのパセリ、ローフィさんにあげます」


「あげます、っていうか、たんに嫌いなものオレに寄越しただけだろうが。たく、食えないもんが多すぎんだよ、おまえは」


「そんなことありません。トマトとシイタケとピーマンと野菜以外は全部食べられます」


「いやそれ、野菜全般全て食えねえってことだろうが! なにさりげなく、野菜をひとつの食材のごとく語ってんだ!? だまされねえぞ、オレは!」


 ローフィは力のかぎり叫び、そうして奈落の底に巨大なため息を落とした。


 そのまま、一口でビールを半分以上飲み干す。


 そこからは、無言の時間だった。


 二人とも、無言で目の前の料理を胃袋に流し込む。


 ディナータイムが終わったのは、それから七分が過ぎたあとだった。


「――さてと。飯も食ったし、そろそろ行くか」


 言って、ローフィが立ち上がる。


 彼は上着の内ポケットから財布を取り出すと、


「……五千ゴーロ? ったく、ずいぶん軽くなったと思ったら、もうこんなに減ってやがったのか。この町、ぼったくり店が多すぎだぜ……。おい、ロゼ」


「はい」


「おまえに預けておいた金、全部出せ。ちょっと残高を確認しておきたい」


 言われて。


 ロゼは肩に下げたポシェットの中から、ウサギ型の財布を取り出した。


 そうしてそこから言われたとおりに全財産を取り出し、それを無言のままにローフィに差し出す。


 230ゴーロ。


 受け取ったローフィは、まず固まり、それからゆっくりと疑問の言葉を口にした。


「……どういうことだ?」


「大本命のスーパーウイン号が、まさかの出遅れで大敗してしまいました」


 ロゼは簡潔を告げた。


 ローフィは詳細を求めた。


「…………で?」


「スーパーウイン号の複勝に十万ゴーロぶっこんでいたので、スッカラカンになってしまいました。その230ゴーロは、わたしのお小遣いの残りです」


 沈黙。


 不自然な沈黙は一分と続き、ロゼは耐え切れなくなって言い訳を始めた。


「スーパーウイン号は、過去十三戦連続連対していて、大きいレースもすでに三勝している歴史的名馬だったんです。その複勝が1.1倍から1.2倍ついていたので、これはもう買うしかないだろうと思って――」


「言ってたな」


 (さえぎ)られ、ロゼは口をつぐんだ。渡した230ゴーロが、手もとに返ってくる。


 ローフィは、不気味なほど静かな口調でその先を続けた。


「前もそんなこと。あれは商品先物に手を出したときだったか。チャート的に買いのサインが出てるから、これはもう買うしかないと。豆だか麦だか…………で、どうなった?」


「暴落しました」


 ロゼは速やかに結果を答えた。


 あのときは十万ゴーロの損切り。絶対に儲かると思ったのに、信じられない結末だった。


「……ああ、分かってる。悪いのはオレだ。前科があるにも関わらず、懲りずにおまえに預けたオレが悪い。だから、怒らねえ……」


 言いながら、でもローフィのひたいには青筋が立っていた。


 怒っている。


 間違いなく。


 怒髪天をつくほど。


(……ローフィさん)


 ロゼはしょんぼりと項垂(うなだ)れた。


 が、すぐに前を向く。


 クヨクヨしたからといって、失ったお金が戻ってくるわけではない。


 大事なのは、前を向くこと。


 前を向き、そうして二度と同じ失敗を繰り返さないと心に誓うことなのだ。


 勘定を済ませてくるから先に出て待っていろ――。


 そう言ってレジに向かったローフィの後ろ姿に、ロゼは力強い眼差しで誓いの言葉を放って投げた。


「次は、絶対に増やしてみせます」



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