第5話 千年に一度のおっぱい
王国歴999年3月3日――バースカリア大陸中部、バラック近郊。
午後5時2分――バラック近郊、イセリアの森。
デービットは、覗いていた。
デービットスコープで、高い木の上から、はるか前方『魅惑のパラダイス』を。
「今日もオイラの擬態は完璧。神様にだって見破れはしないさ」
デービット・ウォーカー、十歳。
彼は『擬態』の使い手である。
擬態とは、周囲の風景に自らの姿を溶け込ませる、非常に高度なテクニックだ。
デービットは同じ服の色違いをたくさん持っている。普段着ているメインの色以外は、全て女風呂を覗くためだけに用意されたものである。
木の色、草の色、岩の色――自然の風景に溶け込めるほとんど全ての色を、彼は網羅している。無論、今日は木の色だ。大きな物音を立てなければ、リスにだって気づかれることはないだろう。
「それにしても、今日はラッキーだったなー。森の中にはなぜか魔族はいないし、千年に一度のナイスなおっぱいがオイラの両目を癒してくれるし」
奇跡のおっぱいだ。
否、おっぱいだけじゃない。
彼女は、一言で言うと優美だった。
腰まで伸びた深緑色の髪には艶があり、キリッとした同色の双眸は常に気高い輝きを放っている。スタイルも抜群で――というより、おっぱいでかい。
「93のFくらいかなー。あっ、でもFはFでも割と細身の体形だから91くらいかも」
うん、91のFと断定しよう。
やはり、巨乳こそ正義である。
ときおり旅先で会う、覗き仲間のおっちゃんは「女はケツだ。ヒップがキュッと上がったスレンダーな美女こそ極上。そう、夏に輝く一番星のようにな」と精悍な顔つきで語っていたが、デービットはおっぱいが大きいほうが好みだった。
「うぅ……なんかちょっと寒くなってきた。もう温度が下がってきたのかな? ひどいよ、まだ五分も拝めてないのにー。こんな場所で奇跡のおっぱいが水浴びしてるなんて、年に一度あるかどうかのミラクルなのに……」
でも、負けない。
寒さなどには、負けない。
負けられない戦いが、そこにはある。
(子供は風の子! 風邪を引いても、風の子さ!)
デービットは、粘った。
粘りに粘った。
結果――。
「あの」
「――――っ!?」
突然、真下で響いた声に、デービットの心臓は口から飛び出さんばかりに高鳴った。
マズい。
彼はとっさに思った。
しかし、ここで挙動不審に応じれば、事態はさらに悪い方向へと傾くだろう。
沈着が、必要だ。
デービットは軽快な動きで地面に飛び降りると――そのまま、持っていたデービットスコープを流れる動作で後ろ手に隠した。
「あの、ちょっといいですか?」
訊かれて。
デービットはそこで初めて、その人物をマジマジと見つめた。
少女。
少女である。
(うわぁ……)
デービットは思わず感嘆した。
飛びっきりの『美少女』だ。
黒目勝ちの大きな双眸に、大福のようにモチモチとした白い肌。眉や鼻の形も良いが、何より口もとが可愛い。艶のある黒髪を、赤色のリボンを使って右耳の少し上あたりで束ねた髪型もすごく良く似合っていた。
(オイラより少し上くらいの年齢かな? ちょっとこのレベルはなかなかいないよ。グラマラスな大人の美女もいいけど、やっぱ恋をするなら同じくらいの年の子がいいよね)
覗きと恋は別物である。
リックは胸中で持論を述べると、目の前の美少女に向かって上機嫌に語りかけた。
「なになに? オイラになんか用? オイラ、ちょうどひましてたんだ。この辺、草木がキレイだよね。あっ、でも――」
「今、ステラさんの裸覗いてましたよね?」
「…………え?」
時間が、止まる。
文字どおり、彼のみの時間がそのとき止まった。
と、間を置かず、少女の口が再度動く。
「ローゼリア・フィムです」
「…………」
さらなる恐怖が、デービットの背筋を凍らせる。
ローゼリア・フィム。
彼女の名前なのか?
だとしたら、なぜ突然名乗った?
意味が分からない。
だが、意味が分からなかったあいだがいかに幸せだったのか、数秒後に彼は知ることになる。
「名前です。今からあなたにお仕置きする人間の名前です」
「――――っ!?」
因果応報。
彼はそのとき初めて知った。
初めて悟った。
悪いことをすれば、相応の報いを受ける。
しごく真っ当な、その世界の理を――。
「フィックルガスト」
放たれた言葉と共に。
生まれた突風が、デービットの身体を彼方に飛ばす。