第4話 火を噴く、魔族特攻
王国歴999年、3月3日――バースカリア大陸中部、レーゼ村。
午後1時33分――レーゼ村、宿屋2階の客室。
「いや、さっきの俺の話聞いてた? 戦力を三分割になんてしたら、リスクが余計に跳ね――」
「納得できない」
こちらの言葉を遮るように、ルルゥ。
「何が納得できないんだ、ルルゥ。言ってみろよ」
「あんたが有利すぎるから。条件平等なら望むところだけど、今回に関してはあんたが圧倒的に有利じゃない? この辺、気候的に水属性魔法に弱い魔族が大量にいそうだし。水系魔法の使い手のあんたには絶好の狩場だろうけど、火属性魔法の使い手のあたしにとっては相性最悪。こんなズルい勝負は受けられない」
「ズルい? 決めつけは良くないな。ここは砂漠じゃないんだぞ。水系魔法が苦手な魔族ばかりとは限らない。やってみたら、意外と弱点火属性の魔族のほうが多いかもしれない。それに専門が火属性だからといって、ほかの系統がからっきしってわけでもないだろ? 他属性も下級魔法くらいなら使えるはずだ。……使えるよね?」
「……風属性下級魔法なら、使える」
「……え?」
「フィックルガストなら使える!」
「…………」
しん、と辺りが静まり返る。
しん、と辺りが静まり返る状況というのが本当にあるのだと、ラムはこのとき初めて知った。
とまれ。
魔法。
魔法には、五つの属性がある。
火、水、風、土の基本四属性に、その上位属性――人間には極めることが難しいとされてきた『雷属性』を加えた五属性である。
それら五つの属性にはさらに、それぞれ下級魔法、中級魔法、上級魔法、最上級魔法がひとつずつ存在し――つまりは、この世界には全部で二十種の魔法が存在するのである。
それだけ存在すれば、だが当然のこと『得手不得手』は発生する。
例えば、火属性を限界まで極めたエリート魔導士のルルゥであったとしても、苦手な水属性はからっきしだったりするのである(まあ、一系統を限界まで極めたような大魔導士なら苦手な系統であっても下級魔法くらいは使えるのが普通だが――彼女はあまり器用なタイプではないのだろう。もっとも、全ての系統の魔法を中級までしか使えない器用貧乏な自分から見れば、それでもはるか各上の存在であることに変わりはないが)。
いずれ、それを聞いたリックの矛先は、自然こちらに向くこととなった。
彼は大仰に両手を広げると、
「だったらラムダ、この勝負は僕たちの『一騎打ち』ということになるね。ああ心配しなくても勝敗によるペナルティは何もないよ。母親の腕に抱かれた赤子のように安心するといい。この条件なら、よもや異存はないだろう?」
「あるよ。ありまくるが、言ったところでおまえの気は変わらないんだろ? 問答も面倒だ。いいぜ、受けてやる。どっちがより多く、この地の魔族を狩れるか勝負だ」
ラムは、ハッキリと言った。
と、近くのルルゥが信じられないといった表情で囁く。
「……ちょっと、正気? やめときなさいよ。あんたに勝ち目なんてないって。この狩場はどう考えてもアイツの独壇場。もし今、百万ゴーロ持ってたら躊躇なく、全額あんたの負けに賭けるわ。それに勝ってもいいことなんて何もないけど、負けたらアイツにずっとそのこと言われ続けるわよ?」
言われ続けるだろう。
ネチネチと嫌味っぽく。
負ければ、の話だが。
「タイムリミットは17時。そのときまでに、より多くの『核』を袋に詰めていたほうが勝ちだ。それで問題はないね?」
「ああ、問題ない。さっさと始めよう」
言って、ラムは速やかに部屋を出た。
出る直前、リックの勝ち誇ったような言葉が背中に触れたが、気にはしなかった。
「やれやれ。ルルゥと競うつもりが、まさかその他を相手にタイマン張ることになるとはね。弱い者イジメは好きじゃないんだけど、まあしかたがないか」
弱い犬ほど、よく吠える。
◇ ◆ ◇
同日、午後5時――レーゼ村、宿屋2階の客室。
核。
魔族は、身体の中心部(鳩尾辺り)に『核』と呼ばれるオーブ状のエネルギー体を有している。
これは彼らの行動を司る文字通りの心臓部分で、これを破壊されたり、抜き取られたりすると、彼らは活動を停止――つまりは『死』に至る。
逆に言うと、この核を有しているかぎり、腕を斬り落とされようが、首を斬り落とされようが、彼らが死ぬことはない。失った部位も、時間はかかるが、いずれ元通り再生する。
核を有するかぎり、すなわち彼らは半永久的に生き続けるのである。
核を、有するかぎり――。
「そ、そんな……馬鹿な!? こんな大量の核、いったいどうやって……! こんな馬鹿なこと、あるはずがない……!! こんな、馬鹿なこと……!!」
それを見たリックが、わなわなと全身を震わせ、あとじさる。
彼の右手には、核が詰まった布袋がひとつ握られていたが、彼がそれを得意げに披露する機会はついぞ訪れなかった。
ラムがテーブルの上に並べた、大量の布袋(ひとつひとつに核がぎっしり詰まった)を前に戦意喪失を余儀なくされたのである。
「……え、嘘? ホントにこれ全部、あんた一人で集めたの? パッと見ただけでも百個以上はあるんだけど……」
両目を丸くして、ルルゥが茫然とつぶやく。
ラムはこともなげに答えてみせた。
「この界隈の魔族はたぶん、狩りつくしたと思う。リックが討ち漏らしたっぽい分もあらかた始末できたから、もう引き上げても問題ないと思うぜ」
「…………っ!?」
リックの顔が、ゆでだこのように真っ赤に染まる。
ラムは気にせず、彼の横を通り過ぎると、そのままルルゥの前へと寄った。
と、気づいた彼女が半信半疑に訊く。
「……あんた、もしかして強かったの?」
その問いには、でも直接答えず――。
ラムは代わりに、軽妙な口調で言った。
「百万ゴーロ持ってなくて、良かったな」
「…………」
沈黙。
しばしの、沈黙。
やがて、だがルルゥはまんざらでもなさそうな顔で言った。
「……やるじゃん。ちょっと見直した」
極小のデレと共に、思いがけず評価が上がる。
が、変わってほしいと心底願う人物からの評価は、予想どおり、1ミリたりとも変わらなかった。
変わらないどころか――。
「ま、待て! 僕はまだ納得してないぞ! 何かトリックを使ったに決まってる!」
トリック扱い。
ラムは鉛の息を落とした。
やれやれの四文字が、光の速さで脳裏を駆ける。
「再戦しろ! 今度は模擬戦だっ! 僕の手で直接――」
「いや、やめとくよ」
冷静に。
無茶な要求を中途で遮ると――。
聞き分けのない相手に、ラムは皮肉な笑みを浮かべてピシャリと言った。
「弱い者イジメは、好きじゃないからな」
子供の駄々に、付き合う道理は何もない。