第25話 とある少年の物語 ③
「だあーーーッ!」
ビュン!
空気を切り裂く一振りが、仮面の先にわずかに触れる。
リーナは、ここぞとばかりに怒涛の連撃を放った。
「――――っ!?」
師匠の体幹が、初めて崩れる。
鉄仮面師匠の不動のバランスが、それと同時に見て分かるほどに大きく乱れた。
リーナは、その一瞬を見逃さなかった。
「――――ッ!」
全身全霊をかけた、渾身の一刀。
上段から勢いよく振り下ろされたその一撃は、意図した完璧なタイミングで、目標の鉄仮面――そのわずか数センチ手前でピタリと止まった。
阻まれることなく、ピタリと止める段までやり切れた。
リーナは、歓喜の叫びを放った。
「……やった、やったやったやった! 師匠から初めて一本取った! 初めて一本取れた!!」
取れた。
十五の春にして、初めて師匠から一本取れた。
初めて……。
「……魔法抜きの俺から一本取れたことが、そんなに嬉しいか?」
「嬉しいよ! ハンデつきでもなんでも、一本取れたってことに変わりはないからね!」
「……フン、確かに変わりはないが、調子には乗るなよ。俺の想定していた時期より一月は早いし、まあ褒めてやらんでもないが」
「あー、師匠悔しいんだぁ?」
「…………っ!」
がこんっ!
過去一強烈なゲンコが、リーナの頭に光の速さで炸裂する。
どうやら、思っていた以上に滅茶苦茶悔しかったらしい。
痛恨の失言だったと、リーナは激烈な痛みと共に後悔した。
とまれ。
「十五で風の最上級魔法と、五系統全ての上級魔法をマスター。これって、悪くないペースだよね?」
「……ああ、悪くない。悪くないどころか……」
言いかけ、だがそこで突と黙る。
数秒の沈黙を挟んで、そうして師匠はポツリと続けた。
「あと二年。あと二年で、俺を完全に超えろ。それ以上は、待てない」
「……え、待てないって?」
「言葉のままの意味だ。俺がおまえに修行をつけてやれるのは、あと二年が限界。この言葉が何を意味するのか、理解はできるだろう?」
「…………」
リーナは、黙った。
理解できる。
完全無欠に理解できる。
理解できないはずなどない。
リーナは黙ったまま、静かに空を見上げた。
うっすらと暗くなった、夜空を迎える数刻前。
彼は、中途半端な『この時間』が大好きだった。
その大好きな時間の中で、大好きな師匠の言葉を噛みしめる。
やがて、リーナは言った。
見上げていた視線を落とし、まっすぐな瞳で師匠の鉄の仮面を見つめながら。
意志のこもった、揺るぎない確かな口調で。
「理解してるよ。必ず、二年以内に師匠を超える。約束じゃなくて、これは確約だ」
それが生まれ持っての己の使命と、彼は知る。




