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第24話 三度目の審判


 王国歴999年、5月1日――バースカリア大陸南部、オルレイアの町。


 午後11時37分――オルレイアの町、宿屋前の大通り。


「覚悟はしていたことさ。だからショックもなければ、後悔なんてなおさらない」


 そう言うローフィの顔は、でもショックの色に満ち満ちていた。


 三度目の審判。


 その決定が、無慈悲に()()()()()()()()のは今から数十分前のこと。


 ラムはかける言葉が見つからなかったが――それでも『見送る』という決断をしたのは、彼自身思うところがあったからだ。


「後悔なんてなおさらないが、でもちょっと言わせてもらっていいか?」


「……ああうん、聞くよ」


 ラムはボソリと応じた。


 まず間違いなく、()()()()()()()()()()()と覚悟しながら。


 と、数秒後――。


 彼の想像したとおり――ちょっとではなかったローフィの言葉、その第一槍が夜のしじまに激烈豪快に降り注ぐ。

 

「見送りがおまえだけって、どういうこと!?」


「…………」


「最初に脱落したとかなら分かるけど――オレたち、かれこれ三か月以上の付き合いだったよな? それだけ長いあいだ行動を共にしてれば、全員とは言わなくても普通もう少しくらい見送りあってもいいんじゃないの? なに? オレ、もしかして嫌われてた??」


「いや、そんなことは……」


 そんなことは決してない。


 決してないはずなのだが、でも見送りに出たのはラム一人だけだった。


 やはり(同部屋の)ルルゥも誘うべきだったか、とラムは今さらながら後悔した。


「まあでも、おまえだけでも来てくれて、オレは嬉しいよ……。ああ嬉しいさ、嬉しくて嬉しくて涙が出てくるよ……」


「…………」


 悲しくて淋しくて涙が出てくるのだろうと、ラムは慮った。


 と。


「……ま、そんな冗談は置いといて」


 冗談のつもりにして(心の底から放たれた、悲しき魂の叫びのごとくラムには聞こえたが)、ローフィが改めて口を切る。


 彼は心なしか軽く鼻をすすって、


「オレの夢はここでついえたが、おまえの夢はまだ続く。オレはさ、おまえに自分を重ねてる部分が少しあったんだよ。同性ってのもあるが、養子って立場が叩き上げのおまえと重なる部分があると勝手に思ってさ。ロゼには悪いが、だからオレはおまえを推す。先生と一緒に、魔王に挑むのがおまえであってほしい」


「ああ、もちろんそのつもりだ。が、おまえがロゼじゃなくて俺を推すのは、ロゼにそんな危険な場所に立ってほしくないからだろ?」


「……どうかな。そいつは自分でもよく分からん。アイツとは行動を共にすることが多かったから、感情移入しちまってんのはまあ事実だ。ちょうど息子と同じくらいの年齢だしな。娘がいたらあんな感じなのかなと思ったりもした」


(……子供いたのか)


 当たり前のようにサラッと言われたが、地味に驚きだった。


「おまえが言うように、だから魔王と対決なんて激ヤバなシーンに立っていてほしくないってのは正直思ってる。が、そりゃあまりに野暮なことだろ? アイツの覚悟と気持ちを考えたら、思うことでさえ侮辱になる。逆の立場だったら、オレはそいつにふざけるな、と内心吐き捨てるだろうからな」


 まあ、そう思うのが当然だろう。


 魔王と戦う覚悟が決まっていない者など、この場には誰一人として存在しない。


 それは幼いロゼとて同じこと。


 ラムはローフィの言葉に応じようと口をひらいたが――だが、思わぬタイミングで響いた第三の声に先を取られた。


「あんたとロゼとじゃ違うと思うけど? ロゼはそんな面倒くさい性格してない」


 ルルゥ。


 声と共に宿の玄関口から現れたのは、ルルゥ・アーネストリーとステラ・リードの二人の少女。


 ラムとローフィは、同時に二人のほうへと視線を移した。


 と、ステラが言う。


「ロゼちゃんはローフィさんのこと、実のお父様のように慕っているとわたくしには見えました。そのように思っていても、侮辱などとは感じないと思います」


「…………」


 何かを言おうと口をひらきかけ、でもローフィは何も言わずに結局黙った。


 代わりに言葉を発したのは、思いがけず『ロゼ』だった。


「いえ、感じます。完全侮辱です」


 抑揚の乏しい、いつもの声音トーンでそう発し。


 宿屋たてものの陰から、黒髪黒目の少女が姿を現す。


 いつからそこにいたのか――ロゼはでも、ラムがそう問うよりも早く、

 

「五分前からここで待機していました。でも、思わぬタイミングでラムさんが現れたので、なんとなく出ていくタイミングを逸してしまって今に至ります。わたし以外にも、まさかローフィさんを見送るような奇特なヒトがいるとは想定外でした」


「……いやひどくない? その言い方……」


 ぼそりと、ローフィ。


 が、彼はすぐに気持ちを切り替え、


「……来てくれたのか、ロゼ。ルルゥも、ステラも、ありがとうな」


「お礼なんていらない。あたしたちは暇だったから来ただけだし」


「……たち、でくくらないでほしいのですが。まあでも、そうですね。わたくしたちの見送りは蛇足となってしまいましたね。良い蛇足だとは思いますが」


 ニッコリ微笑みそう言うと。


 ステラが、気を利かせたように背後を向く。


 ルルゥも(ため息混じりに)同様の行動を取り――ラムも慌ててそれにならった。


 振り向く直前、ロゼがローフィに駆け寄り、その背中(ほとんど尻に近い高さではあったが)にがばっと抱きついたのが目に入ったが――無論のこと、気づかぬテイを装う。


 その後に交わされた二人の会話も、彼は右から左に聞き流した。


「……さよならは言いません。お師様しさまと一緒に魔王を倒したら、すぐにドヤ顔で会いに行きます。そのときは一時間以上、たっぷりどっさり自慢話を聞かせるので覚悟しておいてください」


「……ああ、覚悟して聞くよ。よくやったと、これでもかってくらい褒めてやる。だから、だから生きて必ず王都に帰ってこいよ……」


「……はい、約束します。指切りします。魔王の首を持って、意気揚々と生きて必ず王都に戻ります」


 五月に入って最初の夜が、そうして物悲しさと共に更けていく。


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