第17話 お風呂でおっぱい談議
王国歴999年、4月17日――バースカリア大陸南部、ロドリゴ村。
午後4時37分――ロドリゴ村、宿屋2階の客室。
ヒト型魔族。
人語を操る、高位魔族の俗名である。身体の中心部に魔族特有の核を有していること以外、外見もまったくと言っていいほど人間と変わらない。全魔族の中で、ヒト型魔族の割合は1パーセントにも満たないと言われている。彼らの多くは人間に紛れて生活しているが――その温厚な性格も相まって、低位魔族と違い、トラブルを起こすことは滅多にない。
滅多にないのだが――。
「今回は、その討伐が指令だ。先生の話ではこの界隈に一匹、人に紛れて潜んでいる可能性が高いとのことだったが、残念ながらオレたちにそれを見分けるすべはない」
小難しそうな顔をして、ローフィが言う。
彼は部屋の内壁に身体を預けるようにして、腕を組んでいた。
ラムはテーブルの椅子をスッと立ち上がると、彼のそばまで歩いて近づき、
「師匠は、見分けるすべはあるって言ってなかったか?」
「先生なら見分けられる、と言っていただけだ。オレたちには分からない」
「分かるように頭を使えってことだろ? 見分けるすべは確実にあるんだから、それを見つけ出して討伐しろと」
「明日の朝までに正体を見破り、討伐できないと先生自ら乗り込んでくるとも言っていたな。まったく無茶な話だ。明日の朝までのんきに過ごして、いっそ先生に丸投げするか?」
「その場合、俺たちの評価は確実に下がるだろうな。どれだけ下がるかは分からないが、あまり下がらないことを祈って何もしないってのは、無神論者の俺には耐えられないね」
ラムが首を鳴らしてそう言うと、ローフィは露骨にため息を落とした。
と、そのまま何かを言おうと口をひらくが、その前に、新たに鳴った別の声にその勢いと出すべき言葉を奪われる。
「すみません、お客様。お夕飯のお時間を伺いに参ったのですが、何時頃がよろしいでしょうか?」
第三の声。
二度のノックオンのあとに、若い女の声が室内に響く。
宿屋の女主人、ファニー・メイである。
まだ二十代の前半だという彼女は、でもれっきとしたこの宿屋の女主人である。
寝たきりの父親に代わり、若い身空で宿を切り盛りしているという話だが――。
いずれ、ラムは穏やかな口調で彼女の問いに答えた。
「六時以降ならいつでもいいよ。そっちの都合でかまわない。呼びに来たら、すぐみんなで食堂に向かうよ」
「左様でございますか。それでは、六時過ぎにまた伺わせてもらいます」
女――ファニーがそう言って、部屋の前から離れていく。
と、若干秒の間を置いて、ローフィは改めて言った。
「六時までに、あいつら『風呂』から出てくればいいけどな……」
「……いや出てくるだろ? さすがに。一時間以上は優にあるんだぞ?」
出てこないわけがない。
出てこないわけが――。
でも、なぜだかラムの心には言い知れぬ不安感がくすぶっていた。
女の長風呂を、みくびってはいけない。
◇ ◆ ◇
同日、午後5時5分――ロドリゴ村、宿屋に隣接する露天風呂。
「はぁ~~~ご・く・ら・く~~~♪」
ルルゥは肩までお湯につかりながら、至福のときを満喫していた。
近くには、同じように極楽を味わっているステラとロゼの姿がある。
彼女は二人に向かって、
「ラムたちも一緒に来れば良かったのにね。あの二人、温泉とか興味ないのかな?」
「ラムさんは知りませんが、ローフィさんはないと思います。三日に一回くらいしかお風呂入らないと言ってました」
「……それは湯につからないという意味ですよね? まさか三日に一回しか身体洗わないわけじゃないですよね?」
「三日に一回しか、身体洗わないんじゃないの? 男ってそんなもんでしょ」
「そんなわけありませんわ! わたくしのお父様は毎日ちゃんと入っていました!」
「そうなの? あたしのお父さんとか、三日に一回くらいだった気するけど」
まあ、心底どうでもいい話だが。
それよりも――。
「……そんなことよりさ、あんたのそれって牛乳なの? それとも、鶏肉? あたし毎日牛乳飲んでるし、トリカラも大好きなんだけど……」
ステラの『胸』を見ながら、ルルゥはジト目でボソリと言った。
すぐに、ロゼがそれに反応する。
「奇跡のおっぱいですよね。ステラさんはおっぱいでヒトを殺せます」
「……殺せたこと、ありませんけど?」
ステラの両目が、ルルゥのそれ以上に細まる。
彼女はため息混じりに、
「別に特に変わったことはしていませんわ。牛乳は好きじゃないので飲みませんし、鶏肉もそんなにひんぱんには食べません」
「……そうなの? じゃあ、あたしがやってたことって意味ないの?」
「ルルゥさん、おっぱいは揉まれると大きくなると聞いたことがありますが」
「……揉まれるとなの? 自分で揉んだんじゃダメなの? いや自分でも揉みたくないけど」
揉みたくない。
なんかやだった。
「でもそうなると、ステラさんはいっぱいおっぱい揉まれたってことになりますね。ステラさんの恋人はおっぱい星人なんですか?」
「なんでそうなるんですか!? おっぱい星人の恋人なんていたことありません! てゆーか、恋人自体いたことありません! 揉まれたこともないです!」
「――だそうです」
「なんでこっち見て言うの? がっかりしないでください、みたいな目で見るのやめてくんない?」
なんとなく、屈辱的だった。
「でも、胸が大きくて良いことなんてあまりありませんよ? わたくしはルルゥさんくらいの大きさのほうが良かったです。形もいいですし――ルルゥさんのお胸は、可愛らしいと思います」
こっちはなんとなくでもなんでもなく、ただひたすらに屈辱的だった。
ルルゥは、疲れたように嘆息した。
と。
「――――ッ!」
刹那、ルルゥはバシャリと立ち上がった。
ステラとロゼが、驚いたようにこちらを見上げる。
彼女はだが、二人の視線を根こそぎ無視して、その方向に向かって躊躇なく高速で火の下級魔法を解き放った。
「スモール・ファイア!」
ぼぅ!
生まれたメロンサイズの火の玉が、矢の勢いで視線の先の木柵を突き破る。
「あぎゃ!」
響いたのは、聞き覚えのない甲高い声音。
ルルゥはとっさにタオルを纏うと、一足飛びで声のほうへと向かって走った。
そこには。
否。
そこでは。
そこでは壊れた木柵の上に横たわるようにして、見知らぬ少年がだらしなくノビていた。




