第16話 とある少年の物語 ②
リーナは、遮二無二戦っていた。
敵の数は、残り七体。
つまりはこれで、十三体の『魔族』を仕留めた計算になる。
だが無論のこと、息は抜けない。
リーナは一心不乱に剣を振るった。
ザクッ。
ザクッ。
ザクッ。
残り四体。
ザクッ。
ザクッ。
ザクッ。
残り一体。
(……コイツで、ラストぉぉぉ!!)
ザクッ!
最後の一振りは、自分でも思っていた以上に力が入った。
無駄な力。
師匠が見ていたら、おそらくは注意を受けただろう。
余計な力を無駄に使うな、と。
だが、見られていなければ小言を言われることもない。
見られていなければ――。
「リーナ、余計な力を無駄に使うな。力は常に、適切な量を適切に振るえ」
「……え?」
聞こえてきた声に。
リーンはゾッとして振り返った。
師匠。
そこには、いつものように鉄の仮面をかぶった師匠が、いつものように息ひとつ乱していない姿で立っていた。
周囲に転がる、百体以上の低位魔族の屍を見下ろすようにして。
リーナはあきれた。
「……師匠、いくらなんでも早すぎない? オレ、今やっと二十体倒し切ったばっかなんだけど……」
「おまえが遅すぎるんだ。その程度の数を倒すのに、いったい何分時間をかけるつもりだ?」
「……二十分も経ってないんだけど。一体につき、一分もかかってないよ。魔法を使ってはいけない、って縛りがあった中でじゅうぶんすぎるスピードでしょ。師匠の仕事が早すぎるんだ」
早すぎる。
いや、速すぎる。
百体超えの魔族を十数分で片づけるなんて、尋常じゃない。
神業だ。
この師匠を超えるには、やはり倍旧の努力が必要となる。リーナは改めてそう思った。
(……それにしても、魔法を使ってはいけない、って制約がこんなにキツいとは思わなかったよ。剣術の稽古もかかさずやってきたけど、やっぱり魔族相手だとダメージが通しにくい。魔法って、そう考えると便利だよなぁ)
だからこそ、あえて不便をさせようという師匠の考えは、理解はできるが意地悪だ。
まあ、最強になるためには避けては通れない必須の工程なのだと受け入れてはいるが。
とまれ。
リーナは、満面の笑みを浮かべて言った。
「師匠、この依頼で稼いだ金でさ、オレの誕生日会を盛大に開こうよ。十三回目の誕生日会。高級肉と高級酒をたんまり買って、じっちゃんとかばっちゃんとかみんな呼んでさ」
「そういうのは、自分から言い出すものではないと思うがな」
「いいじゃんいいじゃん、そんな細かいことはさ。早く村に戻って、盛大にオレの誕生を祝おうよ」
「……まったく、おまえという奴は。その代わり、明日からはもっと厳しくいくぞ。そろそろ上級魔法のひとつやふたつ、会得してもらわないと困るからな」
「了解了解。任せといてよ。今年中に、上級魔法は全てマスターしてみせるからさ」
「ただ使えるようになるのと、マスターするのとでは意味合いが違うぞ? 後者の意味で、無論言っているんだよな?」
「当たり前じゃん。全ての系統の中級魔法を半年でマスターしたオレの才能を信じてよ」
「中級魔法と上級魔法とではまるで難度が違う、と言いたいところだが、まあ信じてやろう。世界中で一番、俺がおまえの才能を信じているからな。才能以外の部分は、いっさい信用してないが」
そう言って、師匠が頭をくしゃくしゃに撫でてくる。
リーナははにかむように笑うと、ちぇっと小さく一度舌打ちし、
「ひっでー言いよう。オレほど中身が信用できる人間なんてほかにいないのに」
「そういう言葉は、一日一回のイタズラを卒業してから吐くんだな。そうしたら、少しは信じてやろう」
「えーっ、それはできない約束だなぁ。オレがイタズラをやめたら、村のじっちゃんやばっちゃんたちがみんなボケちゃうじゃん。何十年かして師匠もじっちゃんになったら、ボケないようにオレが毎日イタズラしてあげるから安心しなよ」
「こいつ!」
がこんっ。
音速のゲンコツが、リーナの頭に突き刺さる。
リーナは頭を押さえて、一目散に駆け出した。
逃げるが勝ちだ。
これ以上、ゲンコを喰らったら、痛みで今日の宴会を楽しめなくなる。
リーナは逃げ、そうして逃げながら胸中に強い想いを放った。
(なるよ! オレは絶対に最強の戦士になる! 魔導士になる! 師匠の見立てが間違ってなかったって、いつか必ず証明してみせるから! だから――)
だから。
だから一緒に。
リーナは空を見上げて、心中で思いのたけを目一杯に叫んだ。
(だから一緒に、魔王を倒して世界に平穏をもたらそう! オレと、師匠の二人で!!)
そんな未来の到来を、ただひたすらに希う。




