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第14話 完全無欠の大勝利


 王国歴999年、3月23日――バースカリア大陸中部、レリーク地方。


 午後3時1分――レリーク地方、ヘルムッセン荒野。


 ラムは、見ていた。


 自らの対戦相手、リカルド・クルーティアの嫌味なその顔を。


「待ちわびたよ、ラム。あのときの借りは返させてもらう。リベンジなどとはでも、思ってはいないよ。ぼくは負けたとは微塵も思っちゃいない」


「いや思えよ。負けただろ、完全に」


「いーや、負けちゃいない。証人がいないんだ。たまたま、通りすがりの強戦士が気まぐれであの一帯の魔族を一掃し、その後にたまたまそこを通りかかったきみが(コア)のみを回収しただけかもしれないからね」


「いや無理があるだろ、さすがに……。たまたま何回重なってんだよ?」


「二回だ!」


「……ああ、そうだったな。そんなに多くはなかったな」


 無理があるというのには変わりはないが。


 とまれ。


「まあでも、そんなことはどうでもいい。勘違いしたかもしれないきみに、現実ってヤツを見せてやる機会が訪れたという事実のほうが重要だ。それ以外のことなど、取るに足りない小さなことだ」


「もう勝った気でいるのか?」


「当然だろう。僕はエリートの中のエリート。何かの手違いで先生の弟子に取り立てられた、有象無象のきみとは何もかもが違う。同じ土俵に立っていると思われるだけでも反吐が出るよ」


「リック、だったら『バケツ』が必要だ。待っててやるから、戦う前にそいつを用意しておけよ」


「……どういう意味だ?」


「意味? そのまんまの意味だよ。この試合が終わったあと、おまえは大量の反吐を吐くことになるだろうからな。この荒れた草原を、おまえの反吐でこれ以上(けが)すわけにはいかない」


「――――ッ!?」


 リックの顔面が、爆発するかのように真っ赤に染まる。


 それが、戦闘の開始の合図となった。


「ジュライ・ブリザード!!」


 憤怒の感情を孕んで放たれたその言葉と共に。


 リックの腕の先から、荒れ狂う水と氷の濁流が噴出する。


 水系上級魔法、ジュライ・ブリザードである。


 殴るように押し寄せるその荒波を、ラムはすんでのところで回避した。


 否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ジャスト回避。


 自身の放った魔法が直撃したと勘違いしたリックは、反撃(カウンター)への反応をワンテンポ遅らせた。


 そのわずかな遅れが、だが命取りとなる。


「ゲイル・ファング!」


 風系上級魔法、ゲイル・ファング。


 ラムは覚えたばかりのその魔法を、第一槍から惜しげもなく披露した。


「くっ……!」


 思わぬタイミングでの反撃に、リックの回避が後手に回る。


 彼は首の皮一枚でその攻撃をかわしたが、ラムの追撃は迅雷だった。


 魔法を捨て、握った剣と共にリックとの距離を一気に縮める。


 ラムはそのまま、手にした刃を横なぎに振るった。


 ピュッ!


 風を切る音を鳴らし、その一刀が空を切る。


 だが、ラムの攻撃はその一刀だけでは終わらなかった。


 連撃。


 反撃のいとますら与えず、ただ無心のままに剣撃と打撃の雨を降らせる。


 決着がついたのは、それから三十七秒のあとだった。


「ぐ……ッ!!」


 ラムの連撃をいなしきれずに、リックが情けなくその場にドテンと尻もちをつく。


 と、ラムは勝利のまなこで、見上げるリックの眼前に刃の切っ先を突きつけた。


 言う。


「その場所にふかふかのソファーでも置いとくべきだったか? 謝るよ。エリート様に対する気遣いが足らなくて、悪かった」


「勝者、ラム!」


 完全無欠の、大勝利だった。



      ◇ ◆ ◇



 同日、午後3時6分――レリーク地方、ヘルムッセン荒野。


「お見事です。完勝でしたね。正直、でも予想外の結果でした」


 戻ると、真っ先に反応したのはロゼだった。


 次いで、間を置かずにルルゥが得意げに言ってくる。


「あたしは予想してたけどね。本気のあんたが強いのは、この前の件で分かってたし。まさかリック相手にここまで圧勝するとは思わなかったけど」


 圧勝と言うには、少し語弊があるのだが。


 確実に実力差が縮まってきているという実感はあるが――でも、それでもまだ『人間』、特にリックやルルゥたちのようなエリート魔導士相手に(まさ)っているとはとても言えない。


 いくつかの条件が重なったうえでの圧勝だ。


 もっとも、その条件も自分の頭を使って生み出したものだし、リックの甘さが招いたものでもある。まあ今回に限っては、完勝と自負してもいいかもしれない。


 が。


「待て! 戻れ、ラム! 僕はまだ戦える! あんな序盤の、たまたまハマっただけの攻防で、勝った気になるな!」


 対戦相手のほうは(想像通り)、そうは思ってないらしかった。


 ラムは、ゆっくりと彼のほうを向いた。


 と、だがラムが口をひらくよりも先に、リーナの口がひらく。


 彼の言葉はにべもなかった。


「リック、間抜けな発言はテメエの価値を落とすぞ? 相手が魔族だったら――魔王だったら、おまえさんはもう生きてこの場に立っちゃいねえ。魔王との戦いに、待ったも再戦も存在しねぇんだよ」


「…………ッ」


 リックの口が、その瞬間に言葉を失う。


 リーナはもう一度、今度は全員に向かって同じ言葉を繰り返した。


「いいか、おまえさんがたも覚えておけ。魔王との戦いに、二度目はない。二度目はないと、強烈に意識しろ」


 (ぬる)い覚悟は、荒野に捨てねば先はない。

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