第12話 ド畜生極まりない女
王国歴999年、3月23日――バースカリア大陸中部、レリーク地方。
午後2時17分――レリーク地方、ヘルムッセン荒野。
「模擬戦、ですか? この荒野で? 今から?」
リックが、確認するように訊く。
リーナは確かな口調でハッキリとそれに答えた。
「ああ、そうだ。来週に迫った二度目の審判に向けて、おまえさんがたの現時点での実力を正確に把握しておきてぇと思ってな。最初に言っとくが、勝敗は評価に直結しない。儂が見るのはそんなところじゃあねえからな」
勝敗は関係しない。
ラムは『その言葉』を強く胸に刻んだ。
「んじゃ、説明を終えたところで、さっそく対戦カードの発表を――」
「お、お待ちください、リーナ先生! そこで説明を終えないでください! ルールなどの細かな説明がまったくなされていませんわ! わたくしの聞き逃しでは断じてありません!」
と、ステラが慌てたように口を挟む。
リーナは「ふん」と軽く鼻息を落とすと、彼女の疑問に短く答えた。
「ルールなんざねぇよ。一対一で、どちらかが戦闘不能になるまで戦うだけだ。戦闘不能かどうかの判断は儂が下す。以上だ」
「…………」
ステラが、黙る。
どうやら納得したらしい(もしかしたら呆気に取られたのかもしれないが)。
いずれ、それを納得の意と取ったリーナは、
「ほんじゃ、ほかに質問がねえならさっさと対戦カードを発表するぞ。儂はちんたらするのが大嫌いだからな」
「先生、質問はないのですが、お願いがあります!」
リックが、空気を読まずに腰を折る。
彼はリーナからの返答を待たずに、
「僕の対戦相手はラムにしてください。彼とは因縁があります。決着をつけなければならない」
(……コイツ、まだあのときのことを根に持ってやがるのか?)
あれから三週間近くも経つというのに、執念深い男だ。
ラムはあきれたが、でも思いのほか彼の要望はスムースに通る。
リーナは「了解した」とばかりにリックの言葉に頷くと、そのまま流れるリズムでラストを締めた。
「んじゃ、一回戦はローフィ対レプ。二回戦はルルゥ対ステラ。三回戦はラム対リックだ。予定していた時間を二分もオーバーしちまった。三時のおやつに間に合うように、とっとと始めるぞ」
二度目の審判に向けての、最後のアピールの機会がそうして訪れる。
◇ ◆ ◇
同日、午後2時23分――レリーク地方、ヘルムッセン荒野。
ラムは、観ていた。
観客の体で、ロゼとローフィの戦いを。
「ローフィさん、場所を交換してください。北側は縁起が悪いので」
離れた位置から、ロゼが言う。
十数メートルの距離を離れて、二人は北と南にそれぞれ位置していた。
北側に位置していたロゼが、つまりはそう切り出したわけだが、戦いが今にも始まろうとしていたタイミングで言うべきセリフではとてもない。
ローフィもそう思ったのだろう――彼は面倒くさそうに後頭部を掻くと、
「……あのな。そういうのはもうちょい早く言えや。それに交換したら、オレがその縁起の悪い北側に行くってことじゃねぇか? まあ、いいけどよ……」
「感謝します」
渋々頷くローフィと、悪びれた様子もなくペコリと頭を下げるレプ。
緩い始まり方だな、とラムは思った。
と、同様に思ったらしいルルゥが、つまらなそうに言う。
「退屈な試合になりそうね。あの二人が本気で戦うはずないし」
「二人は仲良しですものね。同部屋になることも多いですし、いつも一緒にいるイメージがあります。ルルゥさんの言うとおり、なあなあの塩試合になる可能性が高そうですわ」
「ふん、好きにすればいいさ。そんな退屈な試合を見せて、先生がどう思うかは知らないけどね。僕には関係ない」
まあ、確かにリックの言うとおりだ。
二人がどんな試合をしようが、自分たちには関係ない。
二人がどんな、緩い塩試合をしようが――。
「ダム・ブラスト」
「…………は?」
その瞬間、だがラムたちの時間は止まった。
不意に鳴った爆音が、間抜けに固まったローフィの身体を彼方へと吹き飛ばす。
その間、わずかゼロコンマ数秒。
何が起こったのか分からず、ラムはポカンと固まった。
若干と遅れて、ステラの説明が入る。
「……ロゼちゃんが、すれ違いざまにローフィさんを攻撃しました。隙だらけだったローフィさんの背中に、火属性上級魔法をぶち当てましたわ……」
ぶち当てた。
位置交換のため、お互いが無防備のまますれ違った瞬間、背後からロゼが問答無用でローフィを攻撃した。
つまりは、そういうことらしかった。
(……え、嘘だろ? マジで? マジでそんなド畜生なことしたの、あのガキ……)
澄ました顔して。
ド畜生極まりない行為を。
ラムたちは全員、その瞬間に前言をクルリと撤回した。
「勝者、ロゼ!」
過酷な模擬戦が、ド派手に幕を開ける。




