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第11話 シルフィードと呼ばれた女


 王国歴999年、3月17日――バースカリア大陸中部、フィレオの町。


 午後2時23分――フィレオの町、宿屋2階の客室。


 最初の審判から一週間。


 日々の厳しい修行や、ときより与えられる魔族退治の任務(対魔王戦のための実戦訓練も兼ねているのだろう)をこなしながら、ラムたちは一歩、また一歩と魔王イシュカリテの元へ迫っていた。


 と、これはそんな日々の合間に訪れた、心底どうでもいい、気の抜けるエピソードのひとつである。

 

「なあーーッ! どんだけバカなのよ、あんたは!?」


 叫んで、ルルゥが勢いよくテーブルを叩く。


 と同時に、向かいの席に座るステラの身体がビクッと強張(こわば)る。


 ラムはそのやり取りを、ベッドの上から細めた両目で見つめていた。


()()、ってどういうこと!? これ、百点満点のテストなのよ! あたしが今まで教えてきたこと、ほとんど全部余すところなく忘れてんじゃないの!」


「……べんきょうは、苦手で……」


 蚊の鳴くような声でつぶやき、ステラがしょんぼりと下を向く。


 ルルゥはでも、それを許さなかった。


 即座にステラの髪をつかんで、強引に顔を上げさせると、


「苦手、って次元じゃない! あんたはそもそも考えることを放棄してる! 解答を見れば、一目瞭然よ! 例えば、問七の問題っ!」


 問七。


 ルルゥは、声に出して問題(それ)を読んだ。


「かごの中にりんごが十六個ありました。そのうちロゼが六つ、ラムが七つ取って食べました。残りのりんごはいくつでしょう?」


 それに対するステラの答えは――。


「『()()()()』ってなに!? せめて数字を書きなさいよ! 正解する気ゼロじゃない!」


 それにどちらかと言えば、残っているのは『たくさん』ではなく『ちょっと』である。何もかもが間違っていた。


 ラムは短く嘆息した。


 と、ルルゥが軽く息を整え、


「それから、問九の問題」


 厳しい目つきで、次なる問題点を指摘する。


「王国歴、320年――超資源フレア黒石のエネルギーを巡って、ガルアース帝国とカイゼル王国とのあいだで大規模な戦争が勃発した。終結までに十七年もの歳月を要した、この戦いを何というか? この超絶有名な戦い。ロゼより小さい子だってほとんどみんな答えられるだろうってこの問題! なのに、あんたの答えときたら――」


 正答は、大陸覇権戦争。または大覇の役である。


 この戦いに勝利したカイゼル王国は、高エネルギー源『フレア黒石』の最大所有国となり、実質、バースカリア大陸を統べる存在となった。


 この、バースカリア大陸の歴史において最も有名だという戦い。乳を離れて大覇を知る、と詠われるほどに周知されたこの戦争。


 ステラの答えは――。


「『()()()()()』ってナメてんの!? そりゃ確かに、すごい戦いだったとは思うけど!」


 目も当てられないほど、ひどい解答だった。


 だが、頭の痛くなる解答はそれで終わりではなかった。


「問十一から二十までの四択問題はさらにひどい!」


 極めつきの、四択エリア。


 ルルゥは、解答用紙をテーブルに叩きつけ、


「答え、()()()()()()()!? なにこの『サッパリ分かんないけど、とりあえず全部同じにしとけば一個くらい合ってんだろ?』的なセコい考え! 典型的な馬鹿の発想じゃない!」


「でも……一個、合っていましたわ」


「焼け石に水!」


 ルルゥはステラの頭を思いっきり引っぱたいた。乾いた、良い音がした。


「ったく、二時間以上かけて三十問も作ったのに。明日(あした)から時間を倍に増やすわよ」


「ば、倍……」


 ステラが、絶望の表情で固まる(瞬間、心なしか、かけている丸メガネがズルッとズレ動いたようにラムには感じられた)。


 ルルゥは、じと目で言った。


「なんなのよ、その青ざめた顔は。あたしはあんたに頼まれたからやってんのよ。それも無償(タダ)で。無理やり教えてるわけじゃないんだからねっ」


 ルルゥは毎日一時間、空いた時間を利用してステラに勉強を教えている。


 見た目によらず、ルルゥは博識である。それを知った、ステラのほうから懇願してきたというわけだが、よもや受けたルルゥもこれほどの高難度ミッションになるとは想像だにしていなかっただろう。


 ――博識にしてくださいとは言いません。わたくしにほんの少し、お勉強を教えてくださるだけで良いのです。紅茶などを頂きながら、気楽にご教授頂ければと思います。


 ステラ・リード、十七歳。


 クルーティア家、ストロス家、フィス家と並ぶ、四大名門リード家の長女にして、シルフィードと呼ばれるほどの天才的な風魔法の使い手。


 容姿端麗、スタイル抜群、非の打ちどころのない外見とは裏腹、だが彼女には致命的な弱点があった。


 馬鹿。


 恐ろしいまでに勉強ができない。


 しかも、()()()()()()()()()()()()()()、である。

 

 眼鏡をかけている=賢い。


 ラムの中の、その絶対的な認識を根底から叩き壊した女である。 


「とにかく、死ぬ気で頑張りなさいよ。あたしのプライドにかけて、あんたを人並み程度には賢くする。このミッションは、何がなんでも成功させるわ!」


「……できれば、もう少し緩く……」


 馬鹿そうに見えて賢いルルゥと、賢そうに見えて頭悪いステラのどうでもいい二人三脚は、そうして明日以降も続いていく……。


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