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第1話 序列最下位からのスタート


 ラムはその日、生まれて初めて恐怖した。


「おいおい、なんだそのへっぴり腰は? そんなんじゃあ、魔王はおろか、このわしのしなびた身体にさえ切り傷ひとつ付けられんぜ?」


 しなびた身体?


 冗談じゃない。


 筋骨隆々を絵に描いたような、この出鱈目でふざけた肉体のどこにしなびた要素があるってんだ?


 ラムは、悪夢を振り払うように首を大きく一度左右に振った。


 どこをどう探しても、七十代の要素エレメントは見当たらない。実は二十代の身体に首から上だけをつなげたキメラなんだと説明されても、なんの疑いもなく容易に信じてしまえるだろう。


 希代の天才魔導士、リーナ・フォルツ。


 白髪、白眼。


 190センチを優に超える大柄な体躯は、これ以上は鍛えようがないといったレベルにまで見事に鍛え上げられている。人間離れしている、というちゃちな表現では足りないほど、それは完璧な肉体だった。


「かーっ、見てらんねえぜ! クソダッセェダンスかまして、情けなく逃げ回るのがテメエのアピールかよ? 何しに来たんだ、テメエはよ!? この地の土でも記念に持って帰れりゃあ満足ってか?」


「同意だね。情けない奴だ。あの程度の力で弟子入りを志願するなんて、僕だったら恥ずかしくてそんな感情はとても湧かない。湧いたとしても、分をわきまえて押し殺すのがまともな人間だ。脱落者一号、妥当すぎてなんの面白みもないね」


「確かに。単勝1倍台の大本命がそのまま、なんて意外性ゼロでつまんない。覆して見せなさいよ」


「と、単勝2倍台の圧倒的な対抗馬が言っています」


「……いやロゼ、それ聞こえたら今度は鼻パンじゃすまされんぞ?」


「……くだらない」


「…………」


(……好き放題言ってくれるぜ。誰もやりたがらなかった一番手を引き受けてやったのによ。それにおまえらだって、自分の番がくれば嫌でも分かる。この爺さんがどれだけヤバいか。見るのとやり合うのとでは大違いだ。この試しの模擬戦は、自尊心をへし折られて醜態さらすまでがセットだぜ)


 好き放題に並べ立てる『外野』の面々を一瞥すると、ラムは前のめりになりながら森の中へと駆け込んだ。


 数秒ののち、真横を炎の一閃が突き抜ける。


 火属性の下級魔法、スモールファイアである。


 ラムは、ごくりと唾を飲み込んだ。


(……今の、スモールファイアだよな? スモール感ゼロだったけど。下級魔法が、上級魔法並みにえげつない。泣きたくなるぜ。泣いたら許してくれるかな?)

 

 一瞬、そんな冗談じみた思考が脳裏を駆け抜け、だがすぐに論外とかぶりを振る。


 それをやったら、次の日には荷物まとめて故郷に帰るはめになる。憧れの大魔導士の教えをいっさい受けることなく。


(……冗談じゃない。ここまで来て、そんなもったいない真似できるかっ。俺は何がなんでも、リーナ・フォルツの弟子になる。弟子になって、強くなって、魔王の首を掲げて故郷に凱旋するんだ。そのための、この『特殊体質』だろうがっ!)


 ()()()()


 持って生まれたこの唯一無二の特殊体質レアアビリティで、大陸に永久とわの平穏をもたらす。


 そのためには――。


「首から上だけになったって、弟子の称号を勝ち取る! 前座で落ちるわけにはいかないんだよ!!」


 ラムは吠え、そうして魂の一歩を踏み出した。


 全ての始まりにして、終わりに向けてのファーストステップ。


 運命の歯車が今、ゆっくりと回り始める。


  

      ◇ ◆ ◇



「はぁ!? ふざけんじゃねーぞ! なんで俺様が脱落なんだ!? おかしいだろ!」


 茶髪ロンゲの青年の、激しい怒号が周囲に轟く。


 冷たい土の地面にひざを落とし、ラムはとある作業をしながら、そのやりとりに耳を傾けていた。


「ムカつくが、元女将軍様やクルーティア家の坊主より劣ってたのは認めるぜ! だがそのほかの奴らより低評価だってのは納得できねえ! 特にこの、ツンツン頭のボンクラ野郎に劣る要素なんざ何ひとつなかったはずだ!」


 ツンツン頭のボンクラ。


 ひどい言われようだ。確かにツンツンヘアーであることは否定できないが。


「なるほど。このわしの判断が間違っていると、おまえさんはそう言いたいのか?」


「ああ、そうだ! あんたは確かに偉大な魔導士だが、ヒトを見る目はゼロだぜ!」


「……なんと不遜な。それ以上の侮辱は、マスターが許してもこの私が許さん!」


「かまわねえよ、セシリア。なあ、ロイド。理由を説明すれば納得すんのかい?」


「……ああ、納得させるだけの理由があんならな。この名門ストロス家の次期当主である俺様を、弟子にすら選ばなかった正当な理由があるってんならよぉッ!」


「分かった。じゃあ、理由を教えよう。一度しか言わねえから、聞き逃さねえように気ぃつけろよ?」


 ごほんっ、とそこでわざとらしく咳ばらいを一度落とし――。


 そうして白髪の大魔導士リーナ・フォルツは、その『理由』を乾いた空気に滔々(とうとう)と流した。


「おまえさんが一番、役に立ちそうになかったからだ。現時点の強さもたいしたことないうえ、何より伸びしろがなさそうだと判断した。鍛えてやったところで、時間と労力の無駄だ。わしは無駄が嫌いなんでな。それが理由だ」

 

「……なっ!?」


 茶髪ロンゲの青年—―ロイド・ストロスの表情が、見る間に凍りつく。


 が、リーナはにべもなかった。


 話はこれで終わり、と言わんばかりに、問答無用で踵を返す。


 彼はそのまま、


「そいじゃ、宿屋に戻るぜ。ほかはみんな合格だ。とりあえずはこの七人で、魔王討伐の旅を始める。が、まだサバイバルは始まったばかりだ。死ぬ気でついてこねえと次の脱落者はテメエになんぜ?」


 誰にともなくそう言って、だだっ広い、草原のその先へと姿を消した。


 ラムは、そこでようやくと立ち上がった。


 茫然自失のていで立ち尽くすロイドに、そうしてゆっくりと近づく。


 彼の真後ろまで近寄ると、ラムはその肩をポンと叩いた。


「ほら、袋に詰めといてやったぜ。遠慮せずに持って帰れよ」


「……あ? んだよ、こりゃ?」


()()()。この地の土。記念に持って帰れば、()()()()()になるだろ?」


「…………っ!?」


 希代の大魔導士、リーナ・フォルツ。


 ラムはこの日、弟子候補から正式に彼の弟子へと昇格した。


 が、最終的に彼の横に並び、共に魔王討伐に迎える人間はただ一人。


 その狭き一枠をかけての――。


 序列最下位からの、過酷な弟子サバイバルがそうして始まる……。


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